豊穣神楽

鳥柄ささみ

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豊穣神楽

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「もー無理ですー!!」
「あほんだら!無理だとか無理じゃないとかじゃないんじゃ!いいからさっさとやる!!」
「はひーーーーー!!」

先程からペシペシと、しなる棒で臀部でんぶや背中を叩かれる。……地味に痛い。

「そんなんじゃ豊穣神楽なぞ踊れんぞ!もっと腰を入れて!!」
「だから、私には無理ですってぇー!!あう……っ」
「しのごの言わずにさっさとやるんじゃ!……全く、誰かさんと同じで、才能はあるのに無駄口叩きじゃのう……」

豊穣神楽ほうじょうかぐら
数年ごとに行われるお祭りの中での最も重要な催しであり、今後の國の豊穣を祝う舞である。

今年は15年ぶりのお祭りで、さらに歴代最高の豊穣巫女と言われている月野木つきのき様の退位をお祝いしての豊穣神楽なので、失敗は許されない。

なのに、なぜかこの神楽をこのへっぽこ巫女である私、もみじが指名を受けてしまい、この目の前にいる神楽婆こと指南役の七五三しめ様にご指南いただくことになってしまったのだが、かなり、……いや、かなーり手厳しい。

というか、今まで最高難易度じゃない?ってレベルで厳しいし難しい。

手を伸ばせば、すぐさま腕に棒が振り上げられ、さらに脚を伸ばせば太腿に棒が振りきられ……。巫女装束は分厚いとはいえ、それでも痛いのだから、七五三様はおばあちゃんのわりに相当な腕力の持ち主だと思う。……てか、素直に恐い。

「ほれほれ、そんなんじゃ月野木様にお見せできんぞ」
「もー、結構いっぱいいっぱいなんですけどぉーーーー!!」
「泣き言はいらぬ。月野木様自身のご指名なのじゃ、シャキっとせい!」

なぜ、月野木様は私なんかを指名したのか。

絶世の美女。まるでお淑やかが歩いているような優美な佇まい。ふわっと微笑む姿はお美しく、同性である私でさえ、思わず惚れてしまいそうなほどの破壊力がある。

「ひん……っ!さっきから叩かないでくださいーーー!」
「ぼんやりする暇があったら、さっさと踊りんしゃい!」
「はいぃぃぃーーーー!」

真っ直ぐ手を伸ばす。指先まで真っ直ぐに、風を斬るかのように鋭く伸ばしたあと、足を力強く踏み込み雷神の強さを表す。その後、今度は首をゆっくりと回らせて、しなやかに柔和になぎを表現する。

その際は、ゆっくりと手先や足先まで美しく見せる。でも、力は抜くことなく、全部の神経を研ぎ澄ませて指先から髪の流れまで全てを集中させねばならない。

「まぁまぁ見れるようにはなったか。今日は終いじゃ。あと残り期間も少ないのじゃ、自主的に精進するのじゃぞ」
「はふぅ……」
「……返事は?」
「は、はい!!!」

七五三様は呆れた様子で私を見下ろしたあと、きびすを返して背を向ける。その様子をぼんやりと見つめる。

……相変わらず動作が美しい。元豊穣の巫女だったそうだが、確かに月野木様より多少劣るものの、年齢を感じさせない美しさだ。

「七五三様っておいくつなんだろう……」

ぼそりと呟くと、自分目掛けて棒が飛んでくる。はっ!っと思い切り避ければ、棒は勢いよく背後の壁に当たり、そのまま重力に従い床に落ちていった。

「……人の年齢を勘繰かんぐるんではないぞ」
「も、申し訳ありませんんんー」

し、死ぬかと思った。地獄耳恐い……。

下手なことは口にしないようにしようと、椛は固くその場で誓った。








「ほれ!そこ!息を切らすな!」
「はい!」
「もっと鋭く!断ち切るように!!」
「はい!!」

その後も七五三様にビシバシと扱かれ、指南終了後はまるでボロ雑巾のようにボロボロであったが、最近では呼吸や力の入れ具合、立ち回りのリズムや雰囲気が掴めてきた。

「椛。湯殿へ向かえ」
「はぇ?湯殿、ですかぁ?」
「いいから向かえと言ったら向かうのじゃ!さっさと支度しろっ!」
「終わったのに理不尽ですぅーーーー!!」

ぶーぶーと文句を言いながらも、着替え等々持ってきてやってきたのはおやしろで一等いい湯殿である。普通の巫女は使ってはいけない場所であり、もちろんへっぽこの私も許されてはいないはずなのだが。

「七五三様の計らい、ってことかしら」

あのおばあちゃんもたまにはいいところあるなぁ、なんて物凄い失礼なことを考えながら中に入る。すると、今まで見たことがないくらい美しく整えられた脱衣所に恐れ慄く。

調度品だけでなく、季節の花々なども生けられていて、匂いもとてもいい。普段入っている湯殿とは、月とスッポンほどの差がある。

下手に汚したり壊したりなどしたらどうしようと、おっかなびっくり着替えると、浴室へと入る。

さすが浴室も脱衣所同様の美しさで、まるでここは桃源郷か?とでも言いたくなるほど美しく、大中小様々な風呂が用意されていた。

「やっときたわね。もう、のぼせちゃうところでしたよ?」
「は!月野木様!??」
「ほらほら、早く入って入って」

訳もわからず、促されるままに月野木様がいらっしゃる浴槽に向かう。……直視できない。だが、自然と視線は豊満な胸部のほうに行ってしまう。

色が白い。キメが細かい。胸が大きい。腕細い……。

見える部分でも圧倒的に違う。対する私は貧乳。身体はゲソゲソ。腕は細いが全部が細い。色黒。いいところが何もない。

「ほら、ぼんやり突っ立ってないで。椛も入った入った」
「ふぇ?ちょっ……!ぶは……っ」

腕を引かれてそのまま浴槽にダイブする。思いのほか深かったらしくて、一瞬溺れるかと思った。案外、月野木様は強引な方のようだ。

「豊穣神楽はどう?」
「え……っと」
「楽しみにしてるわよ?あの七五三が楽しみにしてろって言ってたから」
「え、七五三様が?」

いつも罵倒しかされてないけど、まさか期待されてるだなんて。思ってもない言葉に、ちょっとだけ嬉しくなる。まだまだ満足いくレベルではないものの、多少は七五三様にも私の努力が伝わっているということだろうか。

「ふむふむ。手もだいぶできあがってるわね。どれどれ……」
「あ、ひゃ……っく、くすぐったいですぅー!」
「うんうん。悪くはないわね」

月野木様は私の身体を隅々触ったり見たりすると、満足気に頷いた。

「豊穣神楽まであともうちょっとだからしっかり頑張ってね」
「は、はい。でも……」
「でも?」
「私にできるでしょうか……」

だいぶ自分でも上達したとは思う。最初こそしょっちゅう泣き言を言ってたし、今もまだたまには言ってるけど、それでもだいぶ少なくなってきた。

でも、急に不安になる瞬間があるのだ。

大勢、いや國中の人達が見るといる豊穣神楽。それをたった1人で踊るなんて。しかも、歴代最高の巫女と呼ばれる月野木様に捧げる舞として。

たまに急に不安になるのだ。私に本当にできるのか、と。当日転んだり間違えたり、失敗しないかと。1人でいると、ふとした瞬間に恐怖に囚われてしまうときが最も恐かった。

「なぜ私が椛を選んだと思う?」

思ってもみない質問に、口籠る。それは、私が一番聞きたいことだった。

「巫女の中で一番ダメダメだったから、ですか……?」
「ぶっぶー、はずれ。正解は、椛が私に似てるから」
「は、え……?」

まさか、と思って顔を上げると、ふふふ、とあの柔和な笑みを浮かべる月野木様。全然想像がつかなくて、いぶかしげな顔をしてしまう。

「嘘……」
「こう見えて、私もネガティブでね。よく泣き言を言っては七五三にどやされてたわ。あぁ、あとあの棒で叩かれてた」
「月野木様も……?」
「痛いわよね、あれ。もう、しょっちゅうペシペシしてくるもんだから、私は虫じゃなーい!って騒いだくらいよ」

そう言いながら色々と思い出したのか、口元を緩ませる月野木様。その姿は今まで見た中で一番美しかった。

「だから大丈夫。ダメダメの泣き虫巫女がこうして歴代最高の巫女と呼ばれるくらいなんだから。椛、貴女もきっとやれるわ」







豊穣神楽当日。
舞台の周りにはたくさんの人。人。人。ザワザワとした音が、なんだか慣れない雰囲気に、心臓がムズムズしてくる。

すると後ろで待機していた七五三様が、珍しくギュッと抱き締めてくださった。

「呼吸をしっかりするのじゃぞ。あとは、今まで通りにすればよい」
「はい」

すーはー……

ゆっくりと深呼吸をする。先程まで強張っていた筋肉が緩み、幾ばくか楽になった気がした。

「いってきます」
「あぁ、楽しんでくるんじゃぞ」

正直、足がすくむ。でも、今まで頑張ったぶん、私は私のできることをしようとしっかりと前を向く。

りーんりーん

神楽の開始の音を聴くと、私は大きく息を吸いこんだのだった。
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