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第四十三話 歓待
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ある昼下がりのことだった。
久々に仕事が片付き、手隙になったときに雪梅の女官から声がかかる。
「本日、どうしてもお越しいただきたいと雪梅さまがおっしゃってまする。どうか陛下には雪梅さまの私室にお越しいただきたく存じます」
「陛下、いかが致しますか?」
良蘭が探るようにこちらを見つめてくる。
視線から察するに、判断は任せるといったところだろうか。
「そうか、わかった。では、参ろうか」
腰を上げ、雪梅の女官には準備ができ次第行くと伝えてくれと先に帰し、花琳たちは支度を始める。
「今まであれだけ来るなとおっしゃっていたのに、もういいんですかね?」
「さぁ? 何か私に頼みごとでもあるのかしら」
雪梅から声がかかるのは久々だった。
普段であれば毎日といっていいほど部屋に来いとの催促があるのだが、ここ数日は逆に「来ないでくださいと厳命されております」と雪梅の女官から花琳も峰葵も雪梅の部屋に近づくことすら拒絶されていた。
花琳は一体どういう風の吹き回しかと訝しんだが、今のところ手隙であるのとたまには顔を出して様子を見ねばいけないと、あまり気乗りはしないものの彼女の元へと行くことにしたのだ。
「お待ちしておりました、陛下」
「あ、あぁ、わざわざ出迎え感謝する」
珍しく歓待されて面食らう。
あまりに驚きすぎて良蘭を見ると、彼女も同様だったのか、驚いた表情をしたあとキュッと眉を顰めていた。
(妙だな)
なぜ急にこんな態度が変わったのか。
今までであれば、延々と世間話を聞かせてくるだけだったというのにと不信感が頭の中でぐるぐると駆け巡る。
「油断なさらないように」
こそっと声をかけられて小さく頷く。
ここまであからさまだと逆に警戒心が高まっていった。
「どうぞ、こちらへ」
「あぁ、感謝する」
勧められたのは雪梅の隣。
そこには色とりどりの菓子や飲み物が並べられていた。
「随分と大盤振る舞いだな」
「えぇ、陛下に久々にお会いできたのですもの。これは吉紅海から取り寄せたのです。どれもこれも美味ですので、ぜひ陛下にも味わってもらいたくて」
にっこりと人の良さそうな笑みを浮かべる雪梅。
男ならばきっとイチコロであろう天女の微笑みだろう。
だが、花琳は静かに首を振った。
「悪いが、予め身内が用意したものでないと食べないことにしている」
「……え、なぜです? 酷い。ワタシが信用ならぬのですか? ワタシは陛下の身内になったのでは?」
「察しのいい雪梅ならわかるだろうが、我は王という身分ゆえに毒を盛られることがある。そのため、毒見が済んだもの以外は口にすることはできぬ」
「そんな、ワタシがわざわざ取り寄せたというのに!? ワタシが陛下に危害を加えるとお思いなのですか!?」
「あぁ、悪いな。何と言われようが無理なものは無理だ。我が食べられないぶん女官たちにでも振る舞ってくれ」
先程まで綺麗な笑みを浮かべていたはずが、サッと表情に影を落とす。
気分を害してしまった自覚はあるが、花琳にとって命に関わることなので譲ることはできなかった。
「では……ではっ! こちらの茶ならいかがでしょうか? 新茶でしてとても甘くて美味でございます」
「雪梅。口に入れるもの全て……ここにあるもの全て我は食べることはできぬ。諦めてくれ」
「そんな……っ」
雪梅が絶望したかのように項垂れる。
(さっきから一体何なのかしら)
今までこんな歓待されたこともなかったのに、急に大盤振る舞いで菓子や茶を食えや飲めやなどと、何かあるとでも言わんばかりの雪梅の言動。
不信感を抱くなというほうが無理である。
「他に用事がないのなら、我は帰るぞ」
「待ってください!」
「他に何かあるのか?」
「それは……」
雪梅の目が泳ぐ。
何か言わねばならぬと無理矢理話題を探しているような仕草に、ますますわけがわからなかった。
(いつもであれば散々嫌味や惚気を言うはずなのに)
そんなことを考えていると、不意に部屋の外から慌ただしい足音が聞こえる。
後宮でこのようにはしたなく走り回る音など珍しかった。そのため、余計に耳についた。
ガタンッ!
大きな音を伴い部屋に入ってきたのは明龍だった。
「いきなり入ってくるだなんて、無礼ですわよ!?」
雪梅の女官が声を荒げて抗議するが、そんなものお構いなしに明龍は慌てた様子で花琳に近寄ってくる。
「陛下!」
「明龍か。どうした、そんなに急いで」
明龍のあまりに険しい表情に何かあったのかと、花琳はすぐに察した。
「市井で火が出ました……っ」
「何だと?」
「しかも複数。同時にいくつもの家屋が燃えているとのことです! 火の回りも早く、燃え移っているとの報告も受けております!! さらに、春匂国と冬宵国が現在我が国へと侵攻中とのこと! まっすぐこちらに向かって来ているそうです!!」
「何!? とにかく、すぐに消火に当たるよう官吏たちに伝えろ! 民たちは安全な場所へ避難を! 城を解放できるなら解放してもよい! 二国に関しては迎撃準備だ! 集められるだけ兵をかき集めろ!! 先日徴兵した者たちも含めて手分けして消火と迎撃に当たれ!」
「はっ!」
明龍が走り出す。
それに続いて花琳も腰を上げた。
「ということで悪いな、雪梅。我は行かねばならぬ」
そう言って足早に部屋を出ようとすると、背後から「陛下……!!」という良蘭の切羽詰まった声が聞こえる。
振り返るとそこにはドス黒く血気迫る顔で刃物を持った雪梅。
そして、彼女はキッと睨みつけると、こちらに向かって刃先を向けて勢いよく駆けてくるのだった。
久々に仕事が片付き、手隙になったときに雪梅の女官から声がかかる。
「本日、どうしてもお越しいただきたいと雪梅さまがおっしゃってまする。どうか陛下には雪梅さまの私室にお越しいただきたく存じます」
「陛下、いかが致しますか?」
良蘭が探るようにこちらを見つめてくる。
視線から察するに、判断は任せるといったところだろうか。
「そうか、わかった。では、参ろうか」
腰を上げ、雪梅の女官には準備ができ次第行くと伝えてくれと先に帰し、花琳たちは支度を始める。
「今まであれだけ来るなとおっしゃっていたのに、もういいんですかね?」
「さぁ? 何か私に頼みごとでもあるのかしら」
雪梅から声がかかるのは久々だった。
普段であれば毎日といっていいほど部屋に来いとの催促があるのだが、ここ数日は逆に「来ないでくださいと厳命されております」と雪梅の女官から花琳も峰葵も雪梅の部屋に近づくことすら拒絶されていた。
花琳は一体どういう風の吹き回しかと訝しんだが、今のところ手隙であるのとたまには顔を出して様子を見ねばいけないと、あまり気乗りはしないものの彼女の元へと行くことにしたのだ。
「お待ちしておりました、陛下」
「あ、あぁ、わざわざ出迎え感謝する」
珍しく歓待されて面食らう。
あまりに驚きすぎて良蘭を見ると、彼女も同様だったのか、驚いた表情をしたあとキュッと眉を顰めていた。
(妙だな)
なぜ急にこんな態度が変わったのか。
今までであれば、延々と世間話を聞かせてくるだけだったというのにと不信感が頭の中でぐるぐると駆け巡る。
「油断なさらないように」
こそっと声をかけられて小さく頷く。
ここまであからさまだと逆に警戒心が高まっていった。
「どうぞ、こちらへ」
「あぁ、感謝する」
勧められたのは雪梅の隣。
そこには色とりどりの菓子や飲み物が並べられていた。
「随分と大盤振る舞いだな」
「えぇ、陛下に久々にお会いできたのですもの。これは吉紅海から取り寄せたのです。どれもこれも美味ですので、ぜひ陛下にも味わってもらいたくて」
にっこりと人の良さそうな笑みを浮かべる雪梅。
男ならばきっとイチコロであろう天女の微笑みだろう。
だが、花琳は静かに首を振った。
「悪いが、予め身内が用意したものでないと食べないことにしている」
「……え、なぜです? 酷い。ワタシが信用ならぬのですか? ワタシは陛下の身内になったのでは?」
「察しのいい雪梅ならわかるだろうが、我は王という身分ゆえに毒を盛られることがある。そのため、毒見が済んだもの以外は口にすることはできぬ」
「そんな、ワタシがわざわざ取り寄せたというのに!? ワタシが陛下に危害を加えるとお思いなのですか!?」
「あぁ、悪いな。何と言われようが無理なものは無理だ。我が食べられないぶん女官たちにでも振る舞ってくれ」
先程まで綺麗な笑みを浮かべていたはずが、サッと表情に影を落とす。
気分を害してしまった自覚はあるが、花琳にとって命に関わることなので譲ることはできなかった。
「では……ではっ! こちらの茶ならいかがでしょうか? 新茶でしてとても甘くて美味でございます」
「雪梅。口に入れるもの全て……ここにあるもの全て我は食べることはできぬ。諦めてくれ」
「そんな……っ」
雪梅が絶望したかのように項垂れる。
(さっきから一体何なのかしら)
今までこんな歓待されたこともなかったのに、急に大盤振る舞いで菓子や茶を食えや飲めやなどと、何かあるとでも言わんばかりの雪梅の言動。
不信感を抱くなというほうが無理である。
「他に用事がないのなら、我は帰るぞ」
「待ってください!」
「他に何かあるのか?」
「それは……」
雪梅の目が泳ぐ。
何か言わねばならぬと無理矢理話題を探しているような仕草に、ますますわけがわからなかった。
(いつもであれば散々嫌味や惚気を言うはずなのに)
そんなことを考えていると、不意に部屋の外から慌ただしい足音が聞こえる。
後宮でこのようにはしたなく走り回る音など珍しかった。そのため、余計に耳についた。
ガタンッ!
大きな音を伴い部屋に入ってきたのは明龍だった。
「いきなり入ってくるだなんて、無礼ですわよ!?」
雪梅の女官が声を荒げて抗議するが、そんなものお構いなしに明龍は慌てた様子で花琳に近寄ってくる。
「陛下!」
「明龍か。どうした、そんなに急いで」
明龍のあまりに険しい表情に何かあったのかと、花琳はすぐに察した。
「市井で火が出ました……っ」
「何だと?」
「しかも複数。同時にいくつもの家屋が燃えているとのことです! 火の回りも早く、燃え移っているとの報告も受けております!! さらに、春匂国と冬宵国が現在我が国へと侵攻中とのこと! まっすぐこちらに向かって来ているそうです!!」
「何!? とにかく、すぐに消火に当たるよう官吏たちに伝えろ! 民たちは安全な場所へ避難を! 城を解放できるなら解放してもよい! 二国に関しては迎撃準備だ! 集められるだけ兵をかき集めろ!! 先日徴兵した者たちも含めて手分けして消火と迎撃に当たれ!」
「はっ!」
明龍が走り出す。
それに続いて花琳も腰を上げた。
「ということで悪いな、雪梅。我は行かねばならぬ」
そう言って足早に部屋を出ようとすると、背後から「陛下……!!」という良蘭の切羽詰まった声が聞こえる。
振り返るとそこにはドス黒く血気迫る顔で刃物を持った雪梅。
そして、彼女はキッと睨みつけると、こちらに向かって刃先を向けて勢いよく駆けてくるのだった。
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