上 下
45 / 53

第四十二話 騒めく

しおりを挟む
「一体どういうことですか!」

 仲考が珍しく怒りを隠さずに声を荒げる。

 いつにも増して騒めく朝議。
 それもこれも、花琳の「夏風国と同盟を組むことになった」という言葉がきっかけだった。

「どういうこと、とは? 何だ、我の言葉がよく聞き取れなかったか? ならば、もう一度言おう。我は夏風国と同盟を組んだと言ったのだ」

 言い放つ花琳に再び騒めく上層部たち。
 そして、仲考の顔色を窺いながら自分のほうに飛び火せぬように距離を置き始めていった。

「そんな……我々の承諾もなく勝手に!!」
「勝手に、だと? 我が言ったところでどうせずるずると決断を引き伸ばすだけだろう? それか、頑なに反対するかのどちらかだ。違うか? そもそもまず、我の話を聞いてから文句をつけよ」

 そう言って花琳が夏風国との同盟内容について、書簡を見せつつ粗方の説明をする。

 交易物の内容や法権、軍備のことや助力のことなど、その内容は互いの国にとって申し分ないものだった。
 仲考たちは何かしら指摘しようと粗探しをするが、もちろん花琳がそんな下手を打つはずがない。

 そのため、仲考は苦虫を噛み潰したような表情で書簡を睨んだまま動かなかった。

「これでもまだ何か文句があるというのか?」

 文句があるなら言ってみろと言いたげな様子の花琳。
 すると、仲考が何かを思いついたのか口を開いた。

「差し出がましいようですが、陛下。夏風国が裏切る可能性は? そもそもこのような都合のいい約束をどのようにこぎつけたのか、はなはだ疑問でございます」
「ほう、なるほど。では、そなたは我が騙されていると?」
「恐れながら」

 うたぐるような目で花琳を見つめる仲考。

 難癖をつけないと気が済まないというのは花琳もわかっていた。
 だからこそ、懐から新たな書簡を出して掲げる。

「これでもまだ我が騙されていると?」
「な……っ! これ、は……」

 そこには今回の同盟に関して反故事項があった場合のことが書き記してあり、それには大きく夏風国の印が入っていた。

 つまり、この書簡が偽ではないことを証明するものである。

「そんなバカな……どうやって……」
「我を見くびるでない。全て今後のことを想定して行動しておる。今回同盟に踏み切ったのも、春匂国と冬宵国がよからぬ動きをしていると耳にしたからに他ならない。最近では病も流行っているというからな。もしかしたら、我を殺めようとした毒も、彼らの手先の可能性もあるかもしれんな」
「それは……っ、あれは陳の仕業だとお伝えしたはず!」
「あぁ、朝議での逆恨みだとかどうとか? だが、我は陳に直接聞いてはおらぬし、ヤツが彼の国の手先であった可能性が皆無でもないだろう? 我は念には念を入れないと気が済まないたちなものでな。よからぬ芽は摘めるうちに摘んでおくほうがいい」

 仲考に釘を刺すように、花琳はにっこりと微笑んで言いのける。

 まるで、お前の悪事はお見通しだとでも言うように。

 仲考も誤魔化している手前、あまり強くできることはできず「左様ですか」と、苦々しい表情をしつつもあえて引き下がった。

「あぁ、そうだ。ところで、世継ぎの件はどうなっている?」

 まさか花琳にその話を振られるとは思わなかった仲考が、驚いた表情で彼女を見る。

 花琳にとって世継ぎのことは鬼門だったはずと己の読みが外れたせいか、珍しく動揺していた。

「……まだ確認が取れておりませぬが、恐らくもうすぐ……」
「もうすぐ、何だ? 子ができているのであれば祝福せねばならぬが、まだそのような話は聞いておらぬが? まさか、憶測で我に言ったのではなかろうな」
「それは……」
「何だ。いつになくはっきりしない口ぶりだな。もうよい。では、聞く相手を変えよう。峰葵、世継ぎの件はどうなっている?」
「雪梅さまにはまだ懐妊の兆候はございませぬ」
「ほう? あれだけ我に大見えを切っていたわりに、まだ子をなせぬのか」
「申し訳ありません」

 峰葵はハッキリと謝罪しながら深々と頭を下げる。
 花琳はそれを一瞥すると、今度は仲考に視線を移した。

 仲考は二人のやり取りに何がどうなっているのかと内心困惑しながらも、何も言うことができずに花琳と視線も合わさずに俯く。

「雪梅を召喚したのは仲考、貴様だと聞いているが?」
「間違いありません」
「そうか。このまま成果がないようでは、色々と考えねばならんな。なぁ、仲考?」
「…………っぐ、はい」

 花琳の言葉に、歯を食いしばりながら返事をする仲考。

 想定外のことばかり起きる怒りで震えそうになるのをどうにか堪えているようだが、仲考が憤っているのは誰の目から見ても明らかだった。

「さて、他に報告のあるものはいるか? ないなら失礼する。我はなさねばならぬことが多いからな」
「はっ」
「あまり時間はないかもしれぬが、成果を期待しておるぞ。……なぁ、仲考?」
「…………ご期待に添えるよう努めます」

 仲考を散々煽った花琳はそのまま部屋を出て行く。
 部屋を出た瞬間に背後から何かが割れるような音を聞いた気がするが、そのまま自室へと戻っていくのであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

【完結】殺されたくないので好みじゃないイケメン冷徹騎士と結婚します

大森 樹
恋愛
女子高生の大石杏奈は、上田健斗にストーカーのように付き纏われている。 「私あなたみたいな男性好みじゃないの」 「僕から逃げられると思っているの?」 そのまま階段から健斗に突き落とされて命を落としてしまう。 すると女神が現れて『このままでは何度人生をやり直しても、その世界のケントに殺される』と聞いた私は最強の騎士であり魔法使いでもある男に命を守ってもらうため異世界転生をした。 これで生き残れる…!なんて喜んでいたら最強の騎士は女嫌いの冷徹騎士ジルヴェスターだった!イケメンだが好みじゃないし、意地悪で口が悪い彼とは仲良くなれそうにない! 「アンナ、やはり君は私の妻に一番向いている女だ」 嫌いだと言っているのに、彼は『自分を好きにならない女』を妻にしたいと契約結婚を持ちかけて来た。 私は命を守るため。 彼は偽物の妻を得るため。 お互いの利益のための婚約生活。喧嘩ばかりしていた二人だが…少しずつ距離が近付いていく。そこに健斗ことケントが現れアンナに興味を持ってしまう。 「この命に代えても絶対にアンナを守ると誓おう」 アンナは無事生き残り、幸せになれるのか。 転生した恋を知らない女子高生×女嫌いのイケメン冷徹騎士のラブストーリー!? ハッピーエンド保証します。

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

不器用騎士様は記憶喪失の婚約者を逃がさない

かべうち右近
恋愛
「あなたみたいな人と、婚約したくなかった……!」 婚約者ヴィルヘルミーナにそう言われたルドガー。しかし、ツンツンなヴィルヘルミーナはそれからすぐに事故で記憶を失い、それまでとは打って変わって素直な可愛らしい令嬢に生まれ変わっていたーー。 もともとルドガーとヴィルヘルミーナは、顔を合わせればたびたび口喧嘩をする幼馴染同士だった。 ずっと好きな女などいないと思い込んでいたルドガーは、女性に人気で付き合いも広い。そんな彼は、悪友に指摘されて、ヴィルヘルミーナが好きなのだとやっと気付いた。 想いに気づいたとたんに、何の幸運か、親の意向によりとんとん拍子にヴィルヘルミーナとルドガーの婚約がまとまったものの、女たらしのルドガーに対してヴィルヘルミーナはツンツンだったのだ。 記憶を失ったヴィルヘルミーナには悪いが、今度こそ彼女を口説き落して円満結婚を目指し、ルドガーは彼女にアプローチを始める。しかし、元女誑しの不器用騎士は息を吸うようにステップをすっ飛ばしたアプローチばかりしてしまい…? 不器用騎士×元ツンデレ・今素直令嬢のラブコメです。 12/11追記 書籍版の配信に伴い、WEB連載版は取り下げております。 たくさんお読みいただきありがとうございました!

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

ハズレ嫁は最強の天才公爵様と再婚しました。

光子
恋愛
ーーー両親の愛情は、全て、可愛い妹の物だった。 昔から、私のモノは、妹が欲しがれば、全て妹のモノになった。お菓子も、玩具も、友人も、恋人も、何もかも。 逆らえば、頬を叩かれ、食事を取り上げられ、何日も部屋に閉じ込められる。 でも、私は不幸じゃなかった。 私には、幼馴染である、カインがいたから。同じ伯爵爵位を持つ、私の大好きな幼馴染、《カイン=マルクス》。彼だけは、いつも私の傍にいてくれた。 彼からのプロポーズを受けた時は、本当に嬉しかった。私を、あの家から救い出してくれたと思った。 私は貴方と結婚出来て、本当に幸せだったーーー 例え、私に子供が出来ず、義母からハズレ嫁と罵られようとも、義父から、マルクス伯爵家の事業全般を丸投げされようとも、私は、貴方さえいてくれれば、それで幸せだったのにーーー。 「《ルエル》お姉様、ごめんなさぁい。私、カイン様との子供を授かったんです」 「すまない、ルエル。君の事は愛しているんだ……でも、僕はマルクス伯爵家の跡取りとして、どうしても世継ぎが必要なんだ!だから、君と離婚し、僕の子供を宿してくれた《エレノア》と、再婚する!」 夫と妹から告げられたのは、地獄に叩き落とされるような、残酷な言葉だった。 カインも結局、私を裏切るのね。 エレノアは、結局、私から全てを奪うのね。 それなら、もういいわ。全部、要らない。 絶対に許さないわ。 私が味わった苦しみを、悲しみを、怒りを、全部返さないと気がすまないーー! 覚悟していてね? 私は、絶対に貴方達を許さないから。 「私、貴方と離婚出来て、幸せよ。 私、あんな男の子供を産まなくて、幸せよ。 ざまぁみろ」 不定期更新。 この世界は私の考えた世界の話です。設定ゆるゆるです。よろしくお願いします。

目が覚めたら異世界でした!~病弱だけど、心優しい人達に出会えました。なので現代の知識で恩返ししながら元気に頑張って生きていきます!〜

楠ノ木雫
恋愛
 病院に入院中だった私、奥村菖は知らず知らずに異世界へ続く穴に落っこちていたらしく、目が覚めたら知らない屋敷のベッドにいた。倒れていた菖を保護してくれたのはこの国の公爵家。彼女達からは、地球には帰れないと言われてしまった。  病気を患っている私はこのままでは死んでしまうのではないだろうかと悟ってしまったその時、いきなり目の前に〝妖精〟が現れた。その妖精達が持っていたものは幻の薬草と呼ばれるもので、自分の病気が治る事が発覚。治療を始めてどんどん元気になった。  元気になり、この国の公爵家にも歓迎されて。だから、恩返しの為に現代の知識をフル活用して頑張って元気に生きたいと思います!  でも、あれ? この世界には私の知る食材はないはずなのに、どうして食事にこの四角くて白い〝コレ〟が出てきたの……!?  ※他の投稿サイトにも掲載しています。

処理中です...