37 / 53
第三十四話 秀英
しおりを挟む
「もしかして、君ってお姫さま?」
「違います」
「あぁ、じゃあ女官さんかな? 最近、後宮に美人な妃が来たんだってね。そこの女官さんでしょ」
「まぁ、そんなものです」
「どうりで。随分と別嬪さんだと思ったんだ。さすが、美しい妃の女官さんは美しいね」
道中、明龍を背負いながら足早に城へと向かっているはずなのに重そうな素振りも見せずにペラペラと喋る男。
だが、嫌な軽薄さはなかった。
花琳も身の内を明かすわけにはいかないので適当に事実とは違うことを言っているが、それに対しても別に深掘りするわけでもなく、しつこく聞いてくるわけでもなくて内心ホッとする。
「いやぁ、でもまさかこんなに可愛い子ちゃんに会えるとは。オレも運がいい。余計なことに首を突っ込んでみるもんだ」
「あの、あまりこのことは……」
「もちろん。こういうのは他言しないで秘密にするんだろ? オレと君の秘密ね。いいね、二人だけの秘密って。あ、そういえば名前は何て言うの?」
「えーっと、花琳です」
名前を聞かれて本名を言うのはどうかとも逡巡したが、この名前は一般には知られてないため言ったところで支障はないだろうと判断した。
「花琳! 可愛い名前だね。うん、君の美貌に合った素敵な名前だ」
「どうも」
(嫌な気はしないけど、調子が狂う)
こんなに褒められることなどなく、花琳は動揺する。正直、何度も可愛いだの綺麗だのと言われて満更でもない。
とはいえ、早く明龍を連れ帰らなければ、という焦りの気持ちもあって、気持ちは落ち着かなかった。
「貴方の名前は?」
「ん? あぁ、名乗りそびれてたね。オレは秀英だよ」
(あれ、その名前どこかで……)
何かの報告書で読んだ記憶があると花琳は思い出す。
秀の字は確か、どこかの国で継承する字ではなかったかと思いつつも、気が急いている状態ではすぐには思い出せそうにない。
そもそも同一人物ではないかもしれないが、花琳の中で何かが引っかかっていた。
「秀英さまですね。助けていただき、どうもありがとうございます」
しかし、そんな気持ちを表には出さずに何もないフリをして笑顔で取り繕う。
秋王として、顔に出すわけにはいかなかった。
「いやいや。花琳の助けになれてよかったよ。おや、彼女は知り合いかな? では、この辺りでいいかい?」
「あ、はい。彼を運んでくださり、ありがとうございました」
案内した城の裏門までやってくると、良蘭が血相を変えてこちらに駆け寄ってくる。
「花琳さま!? ご無事ですか……って明龍!??」
「良蘭。私は無事だから明龍を早く連れていって処置してあげて」
「わかりました。えっと、その方は……?」
「オレはただの行商人さ。じゃあ、オレはここにいたら邪魔だろうからこれで。もし機会があったらぜひ声をかけてくれ」
「すみません、助けていただいたのに何もお礼ができず。後日改めてお礼を」
「花琳は義理深いね。お声がかかるのを楽しみにしてるよ。では」
秀英はそのまま立ち去り、花琳は明龍のあとを追うように城の中へ入っていった。
◇
明龍を医師に預け治療をお願いしたあと、花琳は私室へと戻って手早く着替えを済ませようと身支度をする。
だが、部屋についた途端、先程まで張っていた気が抜けると、身体が震え出した。
(あぁ、どうしよう……っ。明龍に何かあったら私……)
自分のせいで明龍が死んでしまうかもしれないと思うと恐怖で身体が震える。
自分が市井に行くと言わなければと後悔しても遅く、涙が溢れてきた。
すると、良蘭が優しく花琳を包み込むように抱きしめる。
「大丈夫ですから。花琳さま」
「でも、私が……っ」
「明龍は貴女を守ることが仕事ですから。それに、明龍はこのくらいで死ぬような柔な男ではありませんよ。ですから、ご自分を責めないでください」
「良蘭……」
本来なら責められて然るべきなのに、と思いつつも良蘭の優しさが身に沁みる。
それと同時に、常に命を狙われているのだと確信し、花琳は身の危険をヒシヒシと感じた。
「それで、何があったんです?」
「諜報したあと城に戻ろうとしたら……刺客に襲われたの」
「それは、見張られていたということですか」
「恐らく」
あの刺客の口ぶり的に前々から誰かに依頼されていたことはわかる。
目的は花琳の殺害。
彼らは任務を遂行したら謝礼がたんまりと出るということも口にしていた。
「それで、刺客は?」
「さっきの行商人を名乗る秀英が追い払ってくれた。それぞれ矢傷を負っているはずだけど」
「そうですか。念のため探させますが、任務失敗となると恐らくその刺客は……」
「えぇ、始末されていると思う」
情報を持った彼らは任務を遂行しようが失敗しようがきっと殺されているだろう。
仲考はそういう部分に余念のない男だ。
「それと、女将さんに秘密裏に護衛をつけておいて。情報源だと恐らくバレただろうから、彼女にも身の危険があるかも」
「承知しました」
「それと、先程の秀英についても調べておいて。行商人とのことだけど、身なりもいいし佇まいも綺麗だったからちょっと気になるのよ」
「はい。早急に調べるよう手配します」
良蘭が足早に部屋を出て行く。
部屋に残された花琳は胸につかえていた息をゆっくりと吐き出した。
(はぁ、何やってるんだか)
後悔したって仕方ない。
だが、後悔しかなかった。
あれだけ言われていたのに、この不甲斐ない結果に自分で自分が嫌になってくる。
(くよくよしてても仕方ない。私は私にできることをしないと)
気持ちを切り替えるようの自分を叱咤する。
まずは服を着替えねばと服に手をかけたとき、部屋の外から足音が聞こえる。
てっきり良蘭が忘れ物でも取りに戻ってきたのかと顔を上げると、そこには予想外の人物が立っていた。
「違います」
「あぁ、じゃあ女官さんかな? 最近、後宮に美人な妃が来たんだってね。そこの女官さんでしょ」
「まぁ、そんなものです」
「どうりで。随分と別嬪さんだと思ったんだ。さすが、美しい妃の女官さんは美しいね」
道中、明龍を背負いながら足早に城へと向かっているはずなのに重そうな素振りも見せずにペラペラと喋る男。
だが、嫌な軽薄さはなかった。
花琳も身の内を明かすわけにはいかないので適当に事実とは違うことを言っているが、それに対しても別に深掘りするわけでもなく、しつこく聞いてくるわけでもなくて内心ホッとする。
「いやぁ、でもまさかこんなに可愛い子ちゃんに会えるとは。オレも運がいい。余計なことに首を突っ込んでみるもんだ」
「あの、あまりこのことは……」
「もちろん。こういうのは他言しないで秘密にするんだろ? オレと君の秘密ね。いいね、二人だけの秘密って。あ、そういえば名前は何て言うの?」
「えーっと、花琳です」
名前を聞かれて本名を言うのはどうかとも逡巡したが、この名前は一般には知られてないため言ったところで支障はないだろうと判断した。
「花琳! 可愛い名前だね。うん、君の美貌に合った素敵な名前だ」
「どうも」
(嫌な気はしないけど、調子が狂う)
こんなに褒められることなどなく、花琳は動揺する。正直、何度も可愛いだの綺麗だのと言われて満更でもない。
とはいえ、早く明龍を連れ帰らなければ、という焦りの気持ちもあって、気持ちは落ち着かなかった。
「貴方の名前は?」
「ん? あぁ、名乗りそびれてたね。オレは秀英だよ」
(あれ、その名前どこかで……)
何かの報告書で読んだ記憶があると花琳は思い出す。
秀の字は確か、どこかの国で継承する字ではなかったかと思いつつも、気が急いている状態ではすぐには思い出せそうにない。
そもそも同一人物ではないかもしれないが、花琳の中で何かが引っかかっていた。
「秀英さまですね。助けていただき、どうもありがとうございます」
しかし、そんな気持ちを表には出さずに何もないフリをして笑顔で取り繕う。
秋王として、顔に出すわけにはいかなかった。
「いやいや。花琳の助けになれてよかったよ。おや、彼女は知り合いかな? では、この辺りでいいかい?」
「あ、はい。彼を運んでくださり、ありがとうございました」
案内した城の裏門までやってくると、良蘭が血相を変えてこちらに駆け寄ってくる。
「花琳さま!? ご無事ですか……って明龍!??」
「良蘭。私は無事だから明龍を早く連れていって処置してあげて」
「わかりました。えっと、その方は……?」
「オレはただの行商人さ。じゃあ、オレはここにいたら邪魔だろうからこれで。もし機会があったらぜひ声をかけてくれ」
「すみません、助けていただいたのに何もお礼ができず。後日改めてお礼を」
「花琳は義理深いね。お声がかかるのを楽しみにしてるよ。では」
秀英はそのまま立ち去り、花琳は明龍のあとを追うように城の中へ入っていった。
◇
明龍を医師に預け治療をお願いしたあと、花琳は私室へと戻って手早く着替えを済ませようと身支度をする。
だが、部屋についた途端、先程まで張っていた気が抜けると、身体が震え出した。
(あぁ、どうしよう……っ。明龍に何かあったら私……)
自分のせいで明龍が死んでしまうかもしれないと思うと恐怖で身体が震える。
自分が市井に行くと言わなければと後悔しても遅く、涙が溢れてきた。
すると、良蘭が優しく花琳を包み込むように抱きしめる。
「大丈夫ですから。花琳さま」
「でも、私が……っ」
「明龍は貴女を守ることが仕事ですから。それに、明龍はこのくらいで死ぬような柔な男ではありませんよ。ですから、ご自分を責めないでください」
「良蘭……」
本来なら責められて然るべきなのに、と思いつつも良蘭の優しさが身に沁みる。
それと同時に、常に命を狙われているのだと確信し、花琳は身の危険をヒシヒシと感じた。
「それで、何があったんです?」
「諜報したあと城に戻ろうとしたら……刺客に襲われたの」
「それは、見張られていたということですか」
「恐らく」
あの刺客の口ぶり的に前々から誰かに依頼されていたことはわかる。
目的は花琳の殺害。
彼らは任務を遂行したら謝礼がたんまりと出るということも口にしていた。
「それで、刺客は?」
「さっきの行商人を名乗る秀英が追い払ってくれた。それぞれ矢傷を負っているはずだけど」
「そうですか。念のため探させますが、任務失敗となると恐らくその刺客は……」
「えぇ、始末されていると思う」
情報を持った彼らは任務を遂行しようが失敗しようがきっと殺されているだろう。
仲考はそういう部分に余念のない男だ。
「それと、女将さんに秘密裏に護衛をつけておいて。情報源だと恐らくバレただろうから、彼女にも身の危険があるかも」
「承知しました」
「それと、先程の秀英についても調べておいて。行商人とのことだけど、身なりもいいし佇まいも綺麗だったからちょっと気になるのよ」
「はい。早急に調べるよう手配します」
良蘭が足早に部屋を出て行く。
部屋に残された花琳は胸につかえていた息をゆっくりと吐き出した。
(はぁ、何やってるんだか)
後悔したって仕方ない。
だが、後悔しかなかった。
あれだけ言われていたのに、この不甲斐ない結果に自分で自分が嫌になってくる。
(くよくよしてても仕方ない。私は私にできることをしないと)
気持ちを切り替えるようの自分を叱咤する。
まずは服を着替えねばと服に手をかけたとき、部屋の外から足音が聞こえる。
てっきり良蘭が忘れ物でも取りに戻ってきたのかと顔を上げると、そこには予想外の人物が立っていた。
0
お気に入りに追加
39
あなたにおすすめの小説
【完結済】姿を偽った黒髪令嬢は、女嫌いな公爵様のお世話係をしているうちに溺愛されていたみたいです
鳴宮野々花@軍神騎士団長1月15日発売
恋愛
王国の片田舎にある小さな町から、八歳の時に母方の縁戚であるエヴェリー伯爵家に引き取られたミシェル。彼女は伯爵一家に疎まれ、美しい髪を黒く染めて使用人として生活するよう強いられた。以来エヴェリー一家に虐げられて育つ。
十年後。ミシェルは同い年でエヴェリー伯爵家の一人娘であるパドマの婚約者に嵌められ、伯爵家を身一つで追い出されることに。ボロボロの格好で人気のない場所を彷徨っていたミシェルは、空腹のあまりふらつき倒れそうになる。
そこへ馬で通りがかった男性と、危うくぶつかりそうになり──────
※いつもの独自の世界のゆる設定なお話です。何もかもファンタジーです。よろしくお願いします。
※この作品はカクヨム、小説家になろう、ベリーズカフェにも投稿しています。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
嫌われ女騎士は塩対応だった堅物騎士様と蜜愛中! 愚者の花道
Canaan
恋愛
旧題:愚者の花道
周囲からの風当たりは強いが、逞しく生きている平民あがりの女騎士ヘザー。ある時、とんでもない痴態を高慢エリート男ヒューイに目撃されてしまう。しかも、新しい配属先には自分の上官としてそのヒューイがいた……。
女子力低い残念ヒロインが、超感じ悪い堅物男の調子をだんだん狂わせていくお話。
※シリーズ「愚者たちの物語 その2」※
ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる
Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした
ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。
でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。
彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。
身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~
椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」
私を脅して、別れを決断させた彼の両親。
彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。
私とは住む世界が違った……
別れを命じられ、私の恋が終わった。
叶わない身分差の恋だったはずが――
※R-15くらいなので※マークはありません。
※視点切り替えあり。
※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる