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第三十話 愚痴聞き

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 雪梅のところに行ったあと早速峰葵には公務はこちらで預かるから、雪梅のところへと通えと通達する。
 もちろんすぐに抗議が来たが、世継ぎを用意する云々を言ったのは誰だと言って黙らせた。

 その後、花琳自身は隔日で雪梅のところに行き、世間話という名の愚痴聞きをする。
 ほとんど聞き流してはいたものの、たびたび峰葵のことを根掘り葉掘り聞かれるのは非常に面倒であった。

 「それでそれで?」「まぁ、ワタシならきっとこうしますわ」「峰葵さまも大変ですのね。ワタシがもっと早く出会っていれば、癒やして差し上げたのに」

 花琳が何を話そうにも掘り下げて聞いてきて、それに対して感想を言われる。
 恐らく雪梅に悪気はないのだろうが、花琳には自分の思い出を穢されるようであまりよいものではなかった。

 しかもどれもこれもダメ出しで、花琳としても過去のことにケチをつけられていい気はしない。

 だが、下手に窘めたら被害者ぶってしくしくと泣くそぶりを見せられるのも面倒なので、ひたすら受け流すように徹した。

(女は面倒って言ってたのは、こういうことだったのね)

 かつて余暉と峰葵が「女は面倒だ」というような会話をしているところに出会して、自分も女なのにそういうことを言われるのは心外だと抗議したことを思い出す。

 当時は雪梅のような女が周りにいなかったから知らなかったが、実際に遭遇するとかなり面倒というのは今更ながら理解した。

(そりゃ、女官達はワガママ言うわけないものね。あまり後宮に出入りしたことなかったけど、当時はこういう雪梅のような妃がいっぱいいたということかしら)

 本来なら後宮に妃がたくさんいて、彼女達は寵愛を競い、自分の美しさや豪奢さを誇示するなど激しい争いをしていたはずだ。

 そのぶん妃達は王に目を向ける機会も減り、おかげで王も公務に専念でき、お互いに不必要に干渉し合うことがなくて理にかなっていたのだろう。

(とはいえ、無駄なお金をかけて新たに妃を囲うわけにもいかないし。だからってこれ以上助長させるのも……)

 雪梅に世継ぎができなければ今後新たな妃を迎えるなどの話が出てくるだろうが、今はどう考えても時期尚早だ。

 今のところ懐妊の兆しはないが、峰葵も足繁く通うように申し伝えをしているから、きっとそのうちできるだろうと考えて花琳は胸を痛める。

(はぁ。まだ分別がつかないなんて)

 それもこれも相手が雪梅だからかもしれない、などと勝手に心の中で言い訳する。

 雪梅は見た目は可愛らしい。
 だが、その見た目ゆえか中身も拙い。

 政治のことなどもちんぷんかんぷんで、ただ自分が楽しいかどうかの物差しで判断する。
 それが妃として花琳が納得できない部分でもあった。

 常に愚痴を言い、自分の否は認めず。
 遠回しに相手を責め、責められていると思ったら泣き出す。

 自分は弱い立場で守られて当たり前。
 自分は可愛いのだからみんなが自分の言うことを聞いて当たり前。

 あまりに異次元の主張に、今までにないほど頭が痛くなる。

 雪梅の前で頭を抱えなかった自分を褒めたくなるくらい、雪梅の訴えは常軌を逸していた。

(仲考以上に手がかかりそうだわ)

 どうにかここ数日で対処法を編み出そうと試みた、どれもこれも不発。

 何かしらの助言をしようとも「ワタシには難しいです」「優秀な陛下ならできるのでしょうが、か弱いワタシにはできません」と拒絶される。
 かと言って現状維持は不満だそうで「陛下がどうにかしてください」「どなたか使って改善なさっていただきたいです」「何もしてくださらないの? 酷い」などと他力本願でありながらも自己主張は立派であった。

 正直、「それだけ言えたら何も怖くないでしょうに」と花琳は思ったが、口には出さずに押し留める。

(雪梅には「ワガママ」という概念はなさそうね)

 自分がいかに人生を謳歌できるかにしか興味がなく、自分以外のものは遣えて当たり前の存在であり、自分の言うことを聞いて当たり前。
 雪梅にとっては花琳でさえも、従うフリはすれど、意のままに動かしたいという意思は感じ取れた。

(全く、勘弁してほしい)

 毎日ではないとはいえ、話を聞くと約束してしまった手前、反故にするのは自分の矜持として許せなかったが、それでも連日の愚痴聞きは辟易していた。

 峰葵をなるべく雪梅のそばにいるよう手配したはずなのに、それでもここまで延々とお喋りできるのは、ある意味才能であると感心してしまう。

 何より最も花琳にとって負担だったのは雪梅と峰葵とのやりとりを聞かされることだった。

 花琳はわざと峰葵から離れようとしているのに、何をもらった、このようなことを言われた、今日はここを褒められた、どれほど一緒にいられた、などを雪梅は逐一報告してくる。

 特に閨での出来事を言われるのは花琳にとっても最もつらい会話であった。

 峰葵からの睦言やどのように愛されたか、そして「素敵なひとときでしたわ」で締め括られる一連の報告は花琳に焦燥感や嫌悪感を抱かせるには十分だ。

 さすが稀代の色男だと言われていただけあって、雪梅に接するときの峰葵の手管は彼女の話を聞く限り圧巻ではあったが、それを雪梅含めて自分ではない誰かに向けて散々使ってきたと思うと嫉妬で気が狂いそうだった。

「連日何度も求められて……思ったよりも早く子が成せそうです」
「そうか。それはよかったな」

(私は秋王。私は秋王。私は秋王)

 自分に何度も言い聞かせて笑顔を装う。

 泣きそうに身体が震えそうになるのを必死で抑えた。

(いつまでこの地獄を味わわなければならないのかしら。兄さま……)

 花琳は静かに心の中で涙を流した。
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