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第二十五話 厄介

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「早速ですが、国民には秋王が一度体調を崩して国へ返していた妃を再び呼び戻したというていで、お披露目の儀を明日執り行います」
「承知した」

 花琳が頷くと、雪梅が困った様子で首を傾げ「まぁ、どうしましょう」と眉を下げた。

「どうかしたか?」
「えぇと、お披露目は明日ですか……? ワタシ、長い船旅でしたものであまり体調が優れないので、できれば一日延ばしていただくことは可能でしょうか」
「そうか。峰葵?」
「承知しました。日程を変えるよう手筈して周知しておきます」

 峰葵を見ずに声だけかけると、呼応するようにすぐさま返事が返ってくる。

 今までは峰葵とこのような些細なやりとりが嬉しかったが、今では言葉を交わすのが苦しく、花琳にとって毒でしかなかった。

「お気遣い、ありがとうございます。あぁ、貴方が峰葵さまですね。ワタシのこと、覚えていらっしゃるでしょうか?」
「失礼。今は謁見中ですので、私との個人的な私語は……」
「あら、謁見中は峰葵さまとお話してはいけないのでしょうか?」

 雪梅が可愛らしい顔でこちらを向く。
 その姿はまるで親に許可をせがむ子供だ。
 彼女は年上であるはずなのに、振る舞いはまるで幼な子のようだった。

「いや、いい峰葵。雪梅殿もお疲れのようだし、その儀が明後日になるのであればこれで謁見は終了としよう。我も仕事があるゆえ」
「まぁ、陛下はお忙しいのですね」
「えぇ。ですからあまり雪梅殿に構えぬと思いますが、そこの峰葵が雪梅さまの用件を聞きますので、彼に何でも言ってください」
「陛下……っ」
「いいな?」

 峰葵が何か言いたそうにしているのはわかったが、あえて強めに念押しをする。
 みんながいる手前、そうするしかなかった。

「……御意」
「早速、雪梅殿に後宮の案内をしてくれ。当時とあまり変わってはいないが、彼女が離れてだいぶ日も経つ。不自由がないようにくれぐれも配慮してくれ。では、我は先に下がるぞ」
「はい」
「まぁ、嬉しい。ありがとうございます。陛下」

 ニコニコと愛らしい笑みを浮かべて恭しく頭を下げる雪梅。
 そのままにっこりと微笑むと、彼女は峰葵の腕にしがみついた。

「これから仲良くしてくださいね、峰葵さま。よろしくお願いします」
「……こちらこそ」

 自分ができなかったことをしてのけ、目の前であどけなく振る舞う雪梅の姿に、花琳は胸がギュッと押し潰されそうになる。

「ワタシ、できれば城下も見たいのですが。ここに来るまでに寄り道しちゃダメだと言われたから。だから峰葵さま、連れてってくださらない?」
「今すぐというわけには参りませんが、雪梅さまがお望みになるのであれば、できるだけ意に添えるよう努めます」
「まぁ、嬉しい! ありがとう、峰葵さま」

(苦しい。嫌だ。見たくない)

 花琳はそんな彼らの姿が見ていられなくて、サッと彼らに背を向けるとそのまま謁見の間をあとにする。

 一刻も早くこの空間から出たくて、花琳は足早に私室へと戻ったのだった。


 ◇


「なんなんですか、あの女!」
「良蘭。聞こえるから大きな声で言わないの」

 夕食を終え、遠征の報告や各国の情報などの書かれた書簡を見ていると、珍しく良蘭が声を荒げて憤っていた。

 もちろん、あの女というのは雪梅のことである。

「食事が合わないから変えて、盛り付けが気に食わないから変えて、食材を吉紅海のものも使って、従者にも人数分おかわりができるように振る舞えって、さすがにおかしくありません!?」
「そう怒らないの。彼女は今度こそここで一生過ごさなきゃいけない人だし、そもそも二度目の召喚で世継ぎを産むためだけに全てを捨ててきた人なのだから」
「全然捨ててきてないじゃないですか! 今までこんなに持ち込んだ妃を見たことないですし! そもそも、我が国の財政を何だと思っているのでしょうか!」
「良蘭」

 窘めるように名を呼ぶと、「うぐぐぐ」と唸る良蘭。

「それにしても、以前来たときと態度が雲泥の差ですっ」
「以前は他の妃もいたからね。当時、彼女は最年少だったし、配慮したのでは?」
「だからと言って、今回傍若無人に振る舞っていいわけではないじゃないですか。花琳さまが今まで質素倹約されてたからこそ財源確保してたのに、それを食い潰そうとして……っ」
「こら、口が悪いわよ。とはいえ、あまり度が過ぎても困るからある程度釘は刺しておかないとだけど、仲考が出てくると厄介ね」

 今朝の出来事を思い出す。
 なぜか雪梅の肩を持っていたけど、ただの気まぐれか、それとも花琳への嫌がらせか。

(嫌がらせだったら面倒だなぁ)

 今後も釘を刺そうとすると横槍を入れられるかもしれない。

 事実、今日も入れられたわけだし、そもそも心象的に美人の前では何をやっても勝てないというのは今日の空気感から理解した。
 下手に花琳が口を出せば上層部の反感を買い、ただでさえ低下した士気をより下げることになるだろう。

(厄介だなぁ……)

 味方を増やせと余暉に言われたのに、このままでは敵を増やすばかりだ。
 どうにか……せめて民意だけでもこちらにつけておきたいと花琳は悩むもすぐに答えは出せそうにもなかった。

「花琳さま、お疲れです? 大丈夫ですか?」
「えぇ、平気。ちょっと考えごとしてただけ。難しいわね、人の心って」
「花琳さま……」
「秋王として民を導かないといけないのだから、上層部にも雪梅にも構ってる場合ではないのだけど、凡人の私にはなかなか兄のように思う通りにはいかないわ」

 決して取捨選択ができていないわけではないが、花琳は優しすぎるきらいがある。
 そのせいで損切りが上手くできておらず、変に反感を買ってしまってそれで落ち込むといったことも多々あった。

 まだ十八の娘に感情を殺して割り切れというのもなかなか難しく、どうしても余暉のような判断ができずに自己嫌悪する。

「お兄さまならもっと上手くできただろうな……」
「何をおっしゃっているのです。花琳さまは余暉さまと比べる必要などございません。今までだって花琳さまだからこそできていることがたくさんあります。余暉さまとは方向性が違うとは思いますが、花琳さまなりの良い国づくりをしようと奮闘されていると私は思いますよ」

 良蘭に熱く語られて面食らう。
 彼女は冷静沈着であまりこのようなことを言うような気質ではないのだが、だからこそ花琳が気負わないようにと配慮してくれるのがありがたかった。

「全く、良蘭は私に甘いのだから。でも、ありがとう」
「甘いわけではありません! 事実ですから。それに何でも鞭ばかりではよろしくないかと。人間には飴も必要ですから」
「なるほど」

(甘やかしと厳しさとの兼ね合いが大事)

 ふむふむ、と一人唸る花琳。
 そういえば、市井の女将さんも亭主を手の平で転がすには厳しいことばかりは言わずに甘い言葉で褒めるのも大事だと言っていたことを思い出した。

「ありがとう、良蘭。おかげで、いいことを思いつきそうな気がする」

 何やらいい考えが浮かびそうだと、机に向かう。
 そして書簡を広げながら筆を持ち、花琳はさらさらと草案を書き始めるのであった。
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