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第二十四話 雪梅
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あれから花琳は寝たきりだったときの遅れを取り戻すように積極的に公務に取りかかった。
毎日毎日、朝早くから夜遅くまで、公務に雑事に武芸まで。
病み上がりなのだからそのうち倒れてしまうのではないかと良蘭と明龍が心配するくらい、花琳は休みなく忙しくしていた。
(多忙であれば考える時間がなくなる。峰葵と会わなくて済む)
花琳の考えなど手に取るようにわかる良蘭は、彼女の働きぶりに思うところはあったが、咎めることができず。
ただ見守るしかできなかった。
「陛下はご公務中ですので、お引き取りください」
「なぜだ。陛下に用事があると言っているだろう」
「では、その用件はこちらで伺いますので。どのようなご用件でしょうか?」
「もういい」
それはもちろん峰葵も同じで、いつぞやのようにあまりの花琳の無茶な働きぶりに苦言を呈そうと足繁く彼女の私室に通うも、ことごとく明龍に邪魔をされる。
また、こっそりと花琳の部屋に行こうとしても良蘭に追い返されてしまい、人の目がないところ以外で彼女に会うことは全くできなくなっていた。
一目でいいから会わせてくれ、体調は問題ないのか、と何度も尋ねても返ってくるのは定型文のみ。
そのため、花琳と峰葵が顔を合わせることは朝議などくらいしかなく、峰葵はこの状況に苛立っていた。
花琳に避けられているということは峰葵自身わかっていたが、だからと言って彼ができることは何もない。
明龍も良蘭も懇願しても脅しても首を縦に振らず、もどかしく感じるもなす術がなく、お互いすれ違う日々を過ごすしかできなかった。
そして、あっという間に時が過ぎ、吉紅海から雪梅がやってくる日になった。
その日は冬晴れで空気が澄んでいて、波も高くはなく、吉紅海からの航路も安定していたはずだった。
だが、想定よりも時間がかかり、待てど暮らせど登城しない雪梅を花琳達はひたすら待ちぼうけ。
花琳は心を落ち着けつつも、ある人物からの痛いくらいに浴びる視線を感じて、それが気になって仕方なかった。
(お願いだからこちらをずっと見ないでよ)
峰葵からの視線をまっすぐ感じる。
だからこそ、待っているままでは居た堪れなかった。
できることなら早くこの場から去りたいと思いつつも、今席を立てば確実に峰葵に声をかけられると思い、花琳は雪梅が来るまで席を外すことができずにひたすら彼女の到着を待った。
そして、ようやく雪梅が着いたのは到着予定していた朝よりもだいぶ陽が高くなった昼の頃で、その頃には誰もがピリピリとピリついていた。
唯一、仲考だけは花琳を見ながらニヤついていていたが。
「吉紅海の雪梅さま、ご到着でございます」
(なんなの、これ……)
雪梅がやっと登城して来たはいいが、想定以上にたくさんの女官などをわらわらと引き連れていた。
花琳もここまで多くの女官や従者を引き連れてくるとは思わず、面食らう。
事前に聞いていた搬入した荷物の量もだいぶ違っていて、かなりの大荷物になっており、花琳は大いに困惑したが、それを顔に出さないよう努めた。
「ご無沙汰しております。陛下」
鈴のような声音に、ピリついていたはずの空気が和らぐ。
以前会ったときも綺麗な人物だと思っていたが、年を重ねてさらに美しくなった雪梅に上層部の男達は目を奪われていた。
長い黒髪は濡鴉のように艶やかで、小さな顔は色白でほっそりとしていて、声も可憐で可愛らしく、礼装で綺麗に着飾った姿は誰が見てもうっとりしてしまうほどの美しさ。
女である花琳でさえ、あまりの見目麗しさについまじまじと見てしまった。
(私より幾分か年上なはずだけど、誰もが惚けてしまうほどの美人ね。……きっと峰葵も)
自分で考えて自分で勝手に傷つく。
(女の私が見惚れるくらいだもの、モテる峰葵だって目を奪われているに違いないわ)
好奇心が勝ってちらっと密かに花琳が彼を見る。
すると、なぜか彼はこっちを向いていて、花琳は慌てて視線を逸らした。
(何でまだこっちを見てるのよ)
まさか目が合うとは思わず、想定外のことに胸が騒つく。
しかし、彼への気持ちは断ち切ると決めたのだから、とグッと揺れ動いていた心を抑えた。
「久しいな、雪梅。あのときは兄の余暉が世話になった」
「そんな、滅相もございません。当時ワタシは何もすることができず、そのことを不甲斐なく思っておりましたので、この度陛下のお役に立つ機会を設けてくださり、嬉しく思います」
雪梅の言葉に何とも言えない心地になる。
(私のため? どこが? どこが私のためなの。国のためじゃない)
八つ当たりに近いぐらぐらとした想いが募るも、それを表には出さずに花琳はにっこりと微笑んで見せた。
「本日は遠路遥々我が国までよく来てくれた。ご足労感謝する。……だが、随分と荷物や人員が多いように思うが」
「申し訳ありません。ワタシにはどうも選びきれませんで、環境が変わるゆえになるべく吉紅海のものをこちらに持って参りたかったものですから」
「とはいえ」
「まぁまぁまぁまぁ、よいではございませんか。後宮は今誰もおりませんし、今後も増える予定がございませぬ。ですから、雪梅さまの従者や荷物が増えたところでさして問題ないでしょう」
仲考がすかさず横槍を入れてくるのに眉を顰める。
(どういう風の吹き回し?)
仲考がこのように手助けをするように口を挟むのは珍しいと思うも、きっと雪梅の美しさによるものだろうと納得する。
美人の前で見栄を張りたがるのはどんな男もきっとそうなのだろう。
「ありがとうございます。えっと……」
「仲考と申します。雪梅さま」
「仲考さまですね。秋波国にはご寛大な方がいらっしゃってワタシは嬉しく思います」
(私は何も許可してないけどな)
本来予定していたもの以外を持ち込んだり入れたりすると検査や確認が行き届かず、厄介なことになりがちだ。
だからこそ、わざわざ苦言を呈したわけだが、このまま追及しても自分の立場が悪くなるであろうことくらい花琳も想像できた。
(思ったより厄介かも)
以前会ったときはもっとお淑やかで自己主張をするような気質ではないと思っていたが、どうやら見込み違いらしい。
考えてみたら当時はやたらと自分に媚びを売っていたと思い出し、それはあのとき余暉の妹だからこそかと合点がいった。
(兄さまに媚びを売るために私をダシにしようとしていたということかしら。当時はだいぶ猫を被っていたのかもしれないけど、この変わりよう。案外強かな女なのかもしれない)
当時若かりし頃の花琳には女の争いなどあまり馴染みがなく、後宮の妃候補も皆なぜか花琳を目の敵にしていたフシがあったので雪梅のことを好意的に感じていた。
だが、こうして年や王としての経験を重ねたことで人の目を養う力がついてからよく見ると、花琳は当時の自分の目の節穴さに思わず溜め息を吐きたくなる。
(胃が痛い)
峰葵のことだけでなく、雪梅自身が面倒な存在だと感じて、大きく「はぁ」と溜め息がつきたくなるのを堪えながら、花琳は密かに痛むこめかみを押さえるのだった。
毎日毎日、朝早くから夜遅くまで、公務に雑事に武芸まで。
病み上がりなのだからそのうち倒れてしまうのではないかと良蘭と明龍が心配するくらい、花琳は休みなく忙しくしていた。
(多忙であれば考える時間がなくなる。峰葵と会わなくて済む)
花琳の考えなど手に取るようにわかる良蘭は、彼女の働きぶりに思うところはあったが、咎めることができず。
ただ見守るしかできなかった。
「陛下はご公務中ですので、お引き取りください」
「なぜだ。陛下に用事があると言っているだろう」
「では、その用件はこちらで伺いますので。どのようなご用件でしょうか?」
「もういい」
それはもちろん峰葵も同じで、いつぞやのようにあまりの花琳の無茶な働きぶりに苦言を呈そうと足繁く彼女の私室に通うも、ことごとく明龍に邪魔をされる。
また、こっそりと花琳の部屋に行こうとしても良蘭に追い返されてしまい、人の目がないところ以外で彼女に会うことは全くできなくなっていた。
一目でいいから会わせてくれ、体調は問題ないのか、と何度も尋ねても返ってくるのは定型文のみ。
そのため、花琳と峰葵が顔を合わせることは朝議などくらいしかなく、峰葵はこの状況に苛立っていた。
花琳に避けられているということは峰葵自身わかっていたが、だからと言って彼ができることは何もない。
明龍も良蘭も懇願しても脅しても首を縦に振らず、もどかしく感じるもなす術がなく、お互いすれ違う日々を過ごすしかできなかった。
そして、あっという間に時が過ぎ、吉紅海から雪梅がやってくる日になった。
その日は冬晴れで空気が澄んでいて、波も高くはなく、吉紅海からの航路も安定していたはずだった。
だが、想定よりも時間がかかり、待てど暮らせど登城しない雪梅を花琳達はひたすら待ちぼうけ。
花琳は心を落ち着けつつも、ある人物からの痛いくらいに浴びる視線を感じて、それが気になって仕方なかった。
(お願いだからこちらをずっと見ないでよ)
峰葵からの視線をまっすぐ感じる。
だからこそ、待っているままでは居た堪れなかった。
できることなら早くこの場から去りたいと思いつつも、今席を立てば確実に峰葵に声をかけられると思い、花琳は雪梅が来るまで席を外すことができずにひたすら彼女の到着を待った。
そして、ようやく雪梅が着いたのは到着予定していた朝よりもだいぶ陽が高くなった昼の頃で、その頃には誰もがピリピリとピリついていた。
唯一、仲考だけは花琳を見ながらニヤついていていたが。
「吉紅海の雪梅さま、ご到着でございます」
(なんなの、これ……)
雪梅がやっと登城して来たはいいが、想定以上にたくさんの女官などをわらわらと引き連れていた。
花琳もここまで多くの女官や従者を引き連れてくるとは思わず、面食らう。
事前に聞いていた搬入した荷物の量もだいぶ違っていて、かなりの大荷物になっており、花琳は大いに困惑したが、それを顔に出さないよう努めた。
「ご無沙汰しております。陛下」
鈴のような声音に、ピリついていたはずの空気が和らぐ。
以前会ったときも綺麗な人物だと思っていたが、年を重ねてさらに美しくなった雪梅に上層部の男達は目を奪われていた。
長い黒髪は濡鴉のように艶やかで、小さな顔は色白でほっそりとしていて、声も可憐で可愛らしく、礼装で綺麗に着飾った姿は誰が見てもうっとりしてしまうほどの美しさ。
女である花琳でさえ、あまりの見目麗しさについまじまじと見てしまった。
(私より幾分か年上なはずだけど、誰もが惚けてしまうほどの美人ね。……きっと峰葵も)
自分で考えて自分で勝手に傷つく。
(女の私が見惚れるくらいだもの、モテる峰葵だって目を奪われているに違いないわ)
好奇心が勝ってちらっと密かに花琳が彼を見る。
すると、なぜか彼はこっちを向いていて、花琳は慌てて視線を逸らした。
(何でまだこっちを見てるのよ)
まさか目が合うとは思わず、想定外のことに胸が騒つく。
しかし、彼への気持ちは断ち切ると決めたのだから、とグッと揺れ動いていた心を抑えた。
「久しいな、雪梅。あのときは兄の余暉が世話になった」
「そんな、滅相もございません。当時ワタシは何もすることができず、そのことを不甲斐なく思っておりましたので、この度陛下のお役に立つ機会を設けてくださり、嬉しく思います」
雪梅の言葉に何とも言えない心地になる。
(私のため? どこが? どこが私のためなの。国のためじゃない)
八つ当たりに近いぐらぐらとした想いが募るも、それを表には出さずに花琳はにっこりと微笑んで見せた。
「本日は遠路遥々我が国までよく来てくれた。ご足労感謝する。……だが、随分と荷物や人員が多いように思うが」
「申し訳ありません。ワタシにはどうも選びきれませんで、環境が変わるゆえになるべく吉紅海のものをこちらに持って参りたかったものですから」
「とはいえ」
「まぁまぁまぁまぁ、よいではございませんか。後宮は今誰もおりませんし、今後も増える予定がございませぬ。ですから、雪梅さまの従者や荷物が増えたところでさして問題ないでしょう」
仲考がすかさず横槍を入れてくるのに眉を顰める。
(どういう風の吹き回し?)
仲考がこのように手助けをするように口を挟むのは珍しいと思うも、きっと雪梅の美しさによるものだろうと納得する。
美人の前で見栄を張りたがるのはどんな男もきっとそうなのだろう。
「ありがとうございます。えっと……」
「仲考と申します。雪梅さま」
「仲考さまですね。秋波国にはご寛大な方がいらっしゃってワタシは嬉しく思います」
(私は何も許可してないけどな)
本来予定していたもの以外を持ち込んだり入れたりすると検査や確認が行き届かず、厄介なことになりがちだ。
だからこそ、わざわざ苦言を呈したわけだが、このまま追及しても自分の立場が悪くなるであろうことくらい花琳も想像できた。
(思ったより厄介かも)
以前会ったときはもっとお淑やかで自己主張をするような気質ではないと思っていたが、どうやら見込み違いらしい。
考えてみたら当時はやたらと自分に媚びを売っていたと思い出し、それはあのとき余暉の妹だからこそかと合点がいった。
(兄さまに媚びを売るために私をダシにしようとしていたということかしら。当時はだいぶ猫を被っていたのかもしれないけど、この変わりよう。案外強かな女なのかもしれない)
当時若かりし頃の花琳には女の争いなどあまり馴染みがなく、後宮の妃候補も皆なぜか花琳を目の敵にしていたフシがあったので雪梅のことを好意的に感じていた。
だが、こうして年や王としての経験を重ねたことで人の目を養う力がついてからよく見ると、花琳は当時の自分の目の節穴さに思わず溜め息を吐きたくなる。
(胃が痛い)
峰葵のことだけでなく、雪梅自身が面倒な存在だと感じて、大きく「はぁ」と溜め息がつきたくなるのを堪えながら、花琳は密かに痛むこめかみを押さえるのだった。
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