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第二十三話 本音
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花琳が朝議から私室に戻ってくるなり、良蘭が血相を変えて出迎える。
花琳の背後にいる明龍は険しい表情をしたまま彼女に距離を置いて俯いていた。
「花琳さまっ! 顔色が悪いようですが、やはり何かよからぬことが!?」
「どうもこうもないわ。世継ぎを作るのですって」
「お世継ぎ、ですか? どういうことです? 養子でも取れと? ……まさか、花琳さまがお産みに? まだ体調もお戻りになったばかりなのに……っ」
「違う。私が死にかけたから世継ぎが必要って話になって、表向きは私が吉紅海の雪梅さまと婚姻したことにして、峰葵と雪梅さまで子を作って私の子供として世継ぎにするんですって」
「そんな……なぜ……っ」
花琳が簡単に説明すれば、良蘭が絶句する。
「でも、それでは世継ぎは直系ではなくなるではありませんか!」
「それがそうでもないのよ。雪梅さまは私の再従姉妹に当たる方。だから血筋には問題ないとの見解だそうよ」
「だからといってなぜ雪梅さまが峰葵さまと……。林峰さまは!? 林峰さまがお許しになるはずが……っ」
「林峰も承知の案件だそうよ」
「そんな、どうして……」
「林峰は国家運営が安泰でありさえすれば問題ない人だもの。その決定はあり得ないことはないわ」
林峰は峰葵よりも国に対する意識が高い。
彼にとって国さえ守れれば、誰であっても駒にする男だと花琳も承知していた。
花琳のことを林峰が推しているのも、あくまで彼にとって花琳が使える手駒であるから、ただそれだけ。
花琳の気持ちなど、一切考えていないのは当然であった。
それに、花琳自身この気持ちが国家運営にとって足枷だということもわかっていた。
「いいのよ、別に。私は国のために生きると決めたのだもの。私は国のために生きて国のために死ぬの。そのためだけに生み出されたものよ。だから、良蘭もそのつもりで」
「花琳さま……」
(あの説明は正論だった。正論すぎてこちらが反論する余地がないくらい)
いずれ世継ぎ問題が発生することなどわかりきっていた。
花琳が子を産むのか、それなら相手は誰にするのか、という話が別のところに移行しただけの話である。
そうわかってはいたものの、心構えも何もしていなかった病み上がりの花琳にとって、大きな負担であることは間違いなかった。
苦しい。つらい。悲しい。
花琳の感情は大きく揺れ動き、立っているのでさえやっとだった。
「だから、私は望まれたように国家運営をするのみ。もう峰葵もいらない。私は私なりに頑張ってみせるわ。だから良蘭……明龍も、私についてきてくれる?」
良蘭は「もちろんです。この命が尽きるまで花琳さまのために尽くします」と頷く。
先程からそばで控えつつ一切だんまりだった明龍も静かに頷いた。
「明龍。貴方も何か言いなさいよ」
良蘭がせっつくように明龍を小突く。
彼は視線を何度か泳がせたあと、決意をしたのか花琳を見つめた。
「僕がどうこう言える立場ではないことはわかってます。でも、僕は陛下だからこうしてお仕えしようと思って今もいます。ですから、その……峰葵さまとは袂を分かつかもしれませんが、僕は、最期まで陛下にお仕えします」
明龍なりの花琳への気遣いなのだろう。
明龍は峰葵に雇われた花琳付きの護衛だ。
だから本来は峰葵に反旗を翻すことなどできない。
花琳もそれがわかっていたからこそ、明龍には強く何も言えなかった。
「ありがとう、良蘭。明龍。私は幸せ者ね、こんな素敵な二人がついていてくれていて」
「花琳さま。花琳さま。今日だけは……どうか今日だけは、自分のお心に忠実になってください」
「人払いは済ませてます。僕は外で人が来ないよう見張ってますので、どうか今日だけは包み隠さず全て彼女にお吐きください」
そう言って明龍は部屋を出る。
残された花琳は明龍の言葉に訳がわからず困惑していると、良蘭に「花琳さま」とギュッと抱きしめられて、そこで初めて自分が無意識にぽろぽろと涙を溢していたことに気づいた。
「あれ、私……っ」
「泣いていいのです。泣いていいのですよ。つらかったでしょう。お苦しかったでしょう。今だけはどうか、ただの花琳さまとして全部吐き出してください」
「良蘭……っ」
良蘭に促され、背をさすられる。
まるで幼な子をあやすかのようなそれは、今だけ花琳を秋王としてではなくただの娘としての花琳として彼女の本音を促した。
花琳は促されるまま、堪えていた涙が堰きを切ったようにぼたぼたと溢れ出させた。
「……っ、私……っ、私……好きだったの。峰葵のこと、好きだったの……っ」
「えぇ、えぇ」
「本当は、他の人に取られたくない! 今だって嫉妬で頭がおかしくなりそうなのに、子供もだなんて……っ」
「そうですね。苦しいですよね」
「好きなの。好きになっちゃダメなのに……好きなの」
「花琳さま……」
「わかってる。わかってる。秋王の私が峰葵と結ばれちゃいけないことくらい。この気持ちを断ち切らなきゃいけないことくらい。でも、それでも私は……っ、峰葵が好きだったの……誰よりも、峰葵のことが……っ!」
「存じております。花琳さまがどれほど峰葵さまのことを慕っていたか。貴女のことをずっとそばで見ておりましたから。ですから、今だけは心のままに素直になって、全部吐き出してから気持ちに決着をおつけください」
「今だけ、いっぱい泣かせて。泣いたらこの想いを全部断ち切るから」
「えぇ、もちろんですよ。ここには私しかおりませんから。全部全部吐き出してください」
「私……私……うわぁあああああああああ」
余暉が亡くなって以来泣いてなかった花琳が声を上げて泣く。
ずっとずっと溜め込んでいた想いを全て吐き出して、声を上げ、涙を隠すことすらせずに真っ赤な顔をして良蘭にしがみついて泣いた。
それを良蘭は優しく包み込むように抱きしめる。
席を外していた明龍も遠くから聞こえてくる主人の悲痛な泣き声に胸を痛めながら、何もできない自分を悔いつつ、花琳が泣き終わるのを静かに待っていた。
花琳の背後にいる明龍は険しい表情をしたまま彼女に距離を置いて俯いていた。
「花琳さまっ! 顔色が悪いようですが、やはり何かよからぬことが!?」
「どうもこうもないわ。世継ぎを作るのですって」
「お世継ぎ、ですか? どういうことです? 養子でも取れと? ……まさか、花琳さまがお産みに? まだ体調もお戻りになったばかりなのに……っ」
「違う。私が死にかけたから世継ぎが必要って話になって、表向きは私が吉紅海の雪梅さまと婚姻したことにして、峰葵と雪梅さまで子を作って私の子供として世継ぎにするんですって」
「そんな……なぜ……っ」
花琳が簡単に説明すれば、良蘭が絶句する。
「でも、それでは世継ぎは直系ではなくなるではありませんか!」
「それがそうでもないのよ。雪梅さまは私の再従姉妹に当たる方。だから血筋には問題ないとの見解だそうよ」
「だからといってなぜ雪梅さまが峰葵さまと……。林峰さまは!? 林峰さまがお許しになるはずが……っ」
「林峰も承知の案件だそうよ」
「そんな、どうして……」
「林峰は国家運営が安泰でありさえすれば問題ない人だもの。その決定はあり得ないことはないわ」
林峰は峰葵よりも国に対する意識が高い。
彼にとって国さえ守れれば、誰であっても駒にする男だと花琳も承知していた。
花琳のことを林峰が推しているのも、あくまで彼にとって花琳が使える手駒であるから、ただそれだけ。
花琳の気持ちなど、一切考えていないのは当然であった。
それに、花琳自身この気持ちが国家運営にとって足枷だということもわかっていた。
「いいのよ、別に。私は国のために生きると決めたのだもの。私は国のために生きて国のために死ぬの。そのためだけに生み出されたものよ。だから、良蘭もそのつもりで」
「花琳さま……」
(あの説明は正論だった。正論すぎてこちらが反論する余地がないくらい)
いずれ世継ぎ問題が発生することなどわかりきっていた。
花琳が子を産むのか、それなら相手は誰にするのか、という話が別のところに移行しただけの話である。
そうわかってはいたものの、心構えも何もしていなかった病み上がりの花琳にとって、大きな負担であることは間違いなかった。
苦しい。つらい。悲しい。
花琳の感情は大きく揺れ動き、立っているのでさえやっとだった。
「だから、私は望まれたように国家運営をするのみ。もう峰葵もいらない。私は私なりに頑張ってみせるわ。だから良蘭……明龍も、私についてきてくれる?」
良蘭は「もちろんです。この命が尽きるまで花琳さまのために尽くします」と頷く。
先程からそばで控えつつ一切だんまりだった明龍も静かに頷いた。
「明龍。貴方も何か言いなさいよ」
良蘭がせっつくように明龍を小突く。
彼は視線を何度か泳がせたあと、決意をしたのか花琳を見つめた。
「僕がどうこう言える立場ではないことはわかってます。でも、僕は陛下だからこうしてお仕えしようと思って今もいます。ですから、その……峰葵さまとは袂を分かつかもしれませんが、僕は、最期まで陛下にお仕えします」
明龍なりの花琳への気遣いなのだろう。
明龍は峰葵に雇われた花琳付きの護衛だ。
だから本来は峰葵に反旗を翻すことなどできない。
花琳もそれがわかっていたからこそ、明龍には強く何も言えなかった。
「ありがとう、良蘭。明龍。私は幸せ者ね、こんな素敵な二人がついていてくれていて」
「花琳さま。花琳さま。今日だけは……どうか今日だけは、自分のお心に忠実になってください」
「人払いは済ませてます。僕は外で人が来ないよう見張ってますので、どうか今日だけは包み隠さず全て彼女にお吐きください」
そう言って明龍は部屋を出る。
残された花琳は明龍の言葉に訳がわからず困惑していると、良蘭に「花琳さま」とギュッと抱きしめられて、そこで初めて自分が無意識にぽろぽろと涙を溢していたことに気づいた。
「あれ、私……っ」
「泣いていいのです。泣いていいのですよ。つらかったでしょう。お苦しかったでしょう。今だけはどうか、ただの花琳さまとして全部吐き出してください」
「良蘭……っ」
良蘭に促され、背をさすられる。
まるで幼な子をあやすかのようなそれは、今だけ花琳を秋王としてではなくただの娘としての花琳として彼女の本音を促した。
花琳は促されるまま、堪えていた涙が堰きを切ったようにぼたぼたと溢れ出させた。
「……っ、私……っ、私……好きだったの。峰葵のこと、好きだったの……っ」
「えぇ、えぇ」
「本当は、他の人に取られたくない! 今だって嫉妬で頭がおかしくなりそうなのに、子供もだなんて……っ」
「そうですね。苦しいですよね」
「好きなの。好きになっちゃダメなのに……好きなの」
「花琳さま……」
「わかってる。わかってる。秋王の私が峰葵と結ばれちゃいけないことくらい。この気持ちを断ち切らなきゃいけないことくらい。でも、それでも私は……っ、峰葵が好きだったの……誰よりも、峰葵のことが……っ!」
「存じております。花琳さまがどれほど峰葵さまのことを慕っていたか。貴女のことをずっとそばで見ておりましたから。ですから、今だけは心のままに素直になって、全部吐き出してから気持ちに決着をおつけください」
「今だけ、いっぱい泣かせて。泣いたらこの想いを全部断ち切るから」
「えぇ、もちろんですよ。ここには私しかおりませんから。全部全部吐き出してください」
「私……私……うわぁあああああああああ」
余暉が亡くなって以来泣いてなかった花琳が声を上げて泣く。
ずっとずっと溜め込んでいた想いを全て吐き出して、声を上げ、涙を隠すことすらせずに真っ赤な顔をして良蘭にしがみついて泣いた。
それを良蘭は優しく包み込むように抱きしめる。
席を外していた明龍も遠くから聞こえてくる主人の悲痛な泣き声に胸を痛めながら、何もできない自分を悔いつつ、花琳が泣き終わるのを静かに待っていた。
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