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第二十二話 世継ぎ
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「陛下がお戻りになられて、上層部一同大変喜ばしゅうございます」
「建前の挨拶などどうでもよい。それで、どういうことなのだ。我の婚姻が決まったというのは」
花琳が不機嫌を露わにしながら単刀直入に聞けば、仲考がニマニマとニヤつく。
その意地悪い笑みに反吐が出そうになったが、口を開いたのは仲考ではなく峰葵だった。
「陛下が倒れられたことで世継ぎの問題が生じたため、このような決定となりました」
「世継ぎ……だと……?」
知らない間にそんな話が進行していたこともそうだが、何よりそれを峰葵が知っていたことが衝撃だった。
あれだけ顔を合わせていたにも関わらず、花琳は何も知らされていなかったことに強い憤りと深い絶望感を感じる。
「なぜ我にもっと早く言わなかった」
「陛下には療養に専念していただきたかったからです」
「そうですぞ。峰葵殿なりの気遣いでございます。陛下のお耳には入れぬよう、箝口令まで出す徹底ぶりでしたからな」
仲考の言葉に、冷ややかな視線を送る峰葵。
本来であれば段階をおって説明するはずが、仲考の横槍によって意図せず花琳に伝えられることになってしまったからだ。
仲考はこの事態を表には出さぬとも楽しみ、ほくそ笑む。
花琳をいかに傷つけるか、どのようにすれば効率的に最も攻撃できるかを常に考えているだけあって、今回の一件は花琳の心を深く傷つけることに成功していた。
「それで、相手は?」
「吉紅海の雪梅さまです」
「吉紅海の雪梅とは、兄の後宮にいた……?」
「そうです。彼女です」
吉紅海は秋波国からそう遠く離れていない島国だ。
雪梅は余暉が秋王として君臨していたときに、彼の世継ぎを産むために後宮に呼ばれていた女性のうちの一人だった。
物腰は柔らかく、余暉の妹であった花琳にも優しく接し、とても美人な女性だったと花琳自身も記憶している。
「でも、なぜ我の伴侶に女性が……?」
「それ、は……」
峰葵が言い淀む。
こういうときの峰葵は何か隠しているときだと、長年の経験から花琳はわかっていた。
(嫌な予感がする)
ザワザワと再び胸騒ぎがして落ち着かない。
絶対に自分にとってろくでもないことだとわかってはいたが、このまま知らないままではいられないだろう。
「おや、峰葵殿が珍しいですねぇ。このような簡単なことに言葉を詰まらせるとは。では、代わりに陛下の質問に儂がお答え致しましょう」
「仲考」
峰葵が仲考の名を呼ぶが、彼はそんな峰葵の窘めなどに臆することなく嬉々として口を開いた。
「彼女はですね、陛下の表向きの相手だからですよ」
「表向き……?」
「えぇ、そうでございます。陛下は女性の身でありますが、表向きは男性としていらっしゃる。ですから、伴侶には女性を据えねばなりません」
「だが、それでは世継ぎとは誰との子を……」
「雪梅さまには峰葵さまの子を成していただこうかと」
「……は?」
仲考の言葉に時が止まる。
花琳は頭が真っ白になった。
(どういうこと……?)
理解できない。
いや、正確に言えば理解はできたが理解したくなかった。
(峰葵が他の女性と子を成す……)
花琳は目の前が真っ暗になって息が苦しくなる。
元々自分とは結ばれない運命だとわかっていた。
わかってはいたけれど、心構えもできぬまま不意打ちの知らせに、頭をガツンと鈍器で叩かれたような衝撃があった。
「雪梅さまは余暉さまと花琳さまの再従姉妹でいらっしゃいますので、王家の血筋としても問題ないかと。また、とても聡明で先代の余暉さまの正室候補であっただけあって、妃として申し分ないお方であると存じます」
「なる、ほど……」
「峰葵さまに関しても宰相というお立場から年齢も踏まえても相応であると判断しました。前宰相である林峰さまにもご納得いただきました采配です」
「林峰が……」
峰葵の顔を見ればサッと顔を逸らされる。
(何で、逸らすの?)
花琳の心がざっくりと抉られる。
味方だと思っていたはずの人物達がそのような暗躍をしていたなどとは思わず、あまりの動揺に花琳は俯いてしまった。
「おや、どうかされましたかな? 陛下」
仲考は花琳の気持ちを知っているとばかりに指摘してくる。
その表情は酷く歪んでいた。
花琳が動揺しているのを愉しむような、愉悦を含んだ顔だった。
(何をやっているの、私は秋王。秋王なのよ。動揺してどうするの。動揺してる場合じゃない。……そうよ。私は、兄さまが死んで花琳ではなく秋王になると決めたのでしょう。だからもう何も欲しがらない。何もいらない。私は国のために尽くすのみ。峰葵なんていらない)
ふぅ、と大きく息を吐く。
顔を上げるとそこにはもう動揺する少女の姿はなく、秋王の顔をした花琳がいた。
「わかった。世継ぎの件の詳細は書簡にまとめてあとで報告しろ。雪梅殿はいつ頃こちらに?」
「陛下が回復次第すぐに参るとのことです」
「そうか、到着次第歓待せよ。それと、後宮の整備も。早急に彼女が迎えられるよう用意しておけ」
「承知致しました」
「峰葵はなるべく公務のみならず、彼女と接する時間を作るように」
「ですが」
「いいな? これは、秋王命令だ」
「……御意に」
もう花琳は峰葵の顔を見ても何も感じなかった。
……感じようとしなかった。
「世継ぎの件はこれだけか? であれば、我は特に何もせず、雪梅殿と婚姻を結べと言うことで良いのだな」
「そうでございます」
「承知した。では、朝議を始めよう。我が不在のぶんの報告から聞こうか」
「建前の挨拶などどうでもよい。それで、どういうことなのだ。我の婚姻が決まったというのは」
花琳が不機嫌を露わにしながら単刀直入に聞けば、仲考がニマニマとニヤつく。
その意地悪い笑みに反吐が出そうになったが、口を開いたのは仲考ではなく峰葵だった。
「陛下が倒れられたことで世継ぎの問題が生じたため、このような決定となりました」
「世継ぎ……だと……?」
知らない間にそんな話が進行していたこともそうだが、何よりそれを峰葵が知っていたことが衝撃だった。
あれだけ顔を合わせていたにも関わらず、花琳は何も知らされていなかったことに強い憤りと深い絶望感を感じる。
「なぜ我にもっと早く言わなかった」
「陛下には療養に専念していただきたかったからです」
「そうですぞ。峰葵殿なりの気遣いでございます。陛下のお耳には入れぬよう、箝口令まで出す徹底ぶりでしたからな」
仲考の言葉に、冷ややかな視線を送る峰葵。
本来であれば段階をおって説明するはずが、仲考の横槍によって意図せず花琳に伝えられることになってしまったからだ。
仲考はこの事態を表には出さぬとも楽しみ、ほくそ笑む。
花琳をいかに傷つけるか、どのようにすれば効率的に最も攻撃できるかを常に考えているだけあって、今回の一件は花琳の心を深く傷つけることに成功していた。
「それで、相手は?」
「吉紅海の雪梅さまです」
「吉紅海の雪梅とは、兄の後宮にいた……?」
「そうです。彼女です」
吉紅海は秋波国からそう遠く離れていない島国だ。
雪梅は余暉が秋王として君臨していたときに、彼の世継ぎを産むために後宮に呼ばれていた女性のうちの一人だった。
物腰は柔らかく、余暉の妹であった花琳にも優しく接し、とても美人な女性だったと花琳自身も記憶している。
「でも、なぜ我の伴侶に女性が……?」
「それ、は……」
峰葵が言い淀む。
こういうときの峰葵は何か隠しているときだと、長年の経験から花琳はわかっていた。
(嫌な予感がする)
ザワザワと再び胸騒ぎがして落ち着かない。
絶対に自分にとってろくでもないことだとわかってはいたが、このまま知らないままではいられないだろう。
「おや、峰葵殿が珍しいですねぇ。このような簡単なことに言葉を詰まらせるとは。では、代わりに陛下の質問に儂がお答え致しましょう」
「仲考」
峰葵が仲考の名を呼ぶが、彼はそんな峰葵の窘めなどに臆することなく嬉々として口を開いた。
「彼女はですね、陛下の表向きの相手だからですよ」
「表向き……?」
「えぇ、そうでございます。陛下は女性の身でありますが、表向きは男性としていらっしゃる。ですから、伴侶には女性を据えねばなりません」
「だが、それでは世継ぎとは誰との子を……」
「雪梅さまには峰葵さまの子を成していただこうかと」
「……は?」
仲考の言葉に時が止まる。
花琳は頭が真っ白になった。
(どういうこと……?)
理解できない。
いや、正確に言えば理解はできたが理解したくなかった。
(峰葵が他の女性と子を成す……)
花琳は目の前が真っ暗になって息が苦しくなる。
元々自分とは結ばれない運命だとわかっていた。
わかってはいたけれど、心構えもできぬまま不意打ちの知らせに、頭をガツンと鈍器で叩かれたような衝撃があった。
「雪梅さまは余暉さまと花琳さまの再従姉妹でいらっしゃいますので、王家の血筋としても問題ないかと。また、とても聡明で先代の余暉さまの正室候補であっただけあって、妃として申し分ないお方であると存じます」
「なる、ほど……」
「峰葵さまに関しても宰相というお立場から年齢も踏まえても相応であると判断しました。前宰相である林峰さまにもご納得いただきました采配です」
「林峰が……」
峰葵の顔を見ればサッと顔を逸らされる。
(何で、逸らすの?)
花琳の心がざっくりと抉られる。
味方だと思っていたはずの人物達がそのような暗躍をしていたなどとは思わず、あまりの動揺に花琳は俯いてしまった。
「おや、どうかされましたかな? 陛下」
仲考は花琳の気持ちを知っているとばかりに指摘してくる。
その表情は酷く歪んでいた。
花琳が動揺しているのを愉しむような、愉悦を含んだ顔だった。
(何をやっているの、私は秋王。秋王なのよ。動揺してどうするの。動揺してる場合じゃない。……そうよ。私は、兄さまが死んで花琳ではなく秋王になると決めたのでしょう。だからもう何も欲しがらない。何もいらない。私は国のために尽くすのみ。峰葵なんていらない)
ふぅ、と大きく息を吐く。
顔を上げるとそこにはもう動揺する少女の姿はなく、秋王の顔をした花琳がいた。
「わかった。世継ぎの件の詳細は書簡にまとめてあとで報告しろ。雪梅殿はいつ頃こちらに?」
「陛下が回復次第すぐに参るとのことです」
「そうか、到着次第歓待せよ。それと、後宮の整備も。早急に彼女が迎えられるよう用意しておけ」
「承知致しました」
「峰葵はなるべく公務のみならず、彼女と接する時間を作るように」
「ですが」
「いいな? これは、秋王命令だ」
「……御意に」
もう花琳は峰葵の顔を見ても何も感じなかった。
……感じようとしなかった。
「世継ぎの件はこれだけか? であれば、我は特に何もせず、雪梅殿と婚姻を結べと言うことで良いのだな」
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