【完結】身代わりの男装姫

鳥柄ささみ

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幕間 林峰の叱咤

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 バシン……っ!

 室内に響く乾いた音。
 その音に見合うほどの威力があった平手打ちによって、峰葵の頬は真っ赤に染まり、口の端からは血が滲んでいた。

 目の前にいる峰葵の父、林峰は今まで見たこともない鬼のような形相をして目を真っ赤にさせ、怒りでぶるぶると震えている。

「お前は、一体何をしていたのだ!!」
「……申し訳、ございません」

 峰葵は弁明の余地もなかった。
 自分の失態によって花琳は毒を盛られ、生死の境を彷徨っている状態だ。

 取り返しもつかないことをしてしまった自覚があるからこそ、峰葵は大人しく父の平手や罵倒を受けていた。

 もっと確認をしておけば。

 もっと毒見役を増やしておけば。

 食器を別のものに変えていれば。

 人員の確認を隅々まできちんとしておけば。

 後悔は尽きない。
 何度後悔しても、過ぎたことは変えられない。

 だからこそ峰葵は歯痒かった。

 信頼されていたからこそ、宰相という大任を父から引き継ぎ、花琳のために彼女を近くで支えるためにこうして頑張っていたはずなのに。

 それが全て水の泡になるかもしれない。

 余暉だけでなく花琳も死んでしまうかもしれないという恐怖に震える。

「これで姫様が死んでしまったら我が国がどうなるかわかっているのか!?」
「……はい」
「それなのになぜこのような事態になったのだ! ただでさえ、他国の動向が気になる時期に、内々でこのような事態など目も当てられないぞ!!」
「全て、私の責任です」

 仲考が暗躍しているのはわかっていた。
 けれど、まだ仕掛けてこないだろうと楽観視していたのは否めない。
 まさかこの園遊会の時期に、あの公衆の面前でことを起こすとは思わなかったのだ。

 しかし、その考えこそが甘かったのだと自分でもわかる。

 国王が皆の前であのように容易く倒れる様を見せつけるというのはかなりの痛手だった。
 印象として最悪だ。

 この国は危ういのだと皆に知らしめたも同然である。
 花琳がもし一命を取り留めたとしても、新たな秋王を据えたほうがいいとの議論が勃発するのは必至だった。

「で、姫様の容態は」
「まだ予断を許さぬ状態だと。ですが、峠は越えたとのこと」
「そうか。姫様はまだ諦めておらぬか。強いお方だ」
「はい」

 花琳はあのとき吐けるだけ吐いたおかげか、取り込んだ毒物はだいぶ少なかったらしい。

 だが、それでも楽観視はできなかった。
 未だに意識はなく、ただ息をして横たわってるだけの状態。
 目を醒さなければ薬も飲ますこともできず、本人の治癒力のみが頼りの綱であった。

「それで毒物は」
「それが毒見役には異変はなく」
「ということは、仕込まれたのは食事ではないと」
「恐らく、箸かと。彼女の箸の先が些か変色しておりましたので確認したところ、何やら細工された様子でした。配膳の際に何者かによってすり替えられた可能性が高いと思われます」

 開催数日前に急遽食材の不備などによって食事内容が変更になり、販路や原産地、材料の確保や問題の洗い出しなどに気を取られていた。
 そのせいで食事にばかりに注視してしまい、食器類などの検査が甘かったのだと今更ながら反省する。

 恐らく仲考の策略だろうが、峰葵はまんまと騙されてしまい、結果このようなことになってしまった。

「容疑者は」
「配膳並びに食材管理の者など全て捕縛してあります。ですが、最も疑わしい仲考は……」
「ヤツめがそう軽々と尻尾を出すわけがなかろう、たわけ! どうせ後からそれらしき人物を贄に差し出し、自らの手柄にしようぞ。あやつの後手に回るなどと……っ」

 ギリギリと悔しげに歯噛みする林峰。
 彼は誰よりも秋波国のことを慮り、だからこそ花琳に忠義を尽くしていた。

 彼女ならばこの国をより良い国へと導いてくれるとそう確信していたからだ。
 それゆえ自分は表舞台から遠ざかり、裏で彼女が国家運営に支障がないように手を回していた。

 だが、彼にもできないことはある。
 表には出られないからこそ手が回らないこともあった。

 そのための息子、峰葵であったのにこのざまとはと林峰は頭を抱えた。

「誰も彼女に近づけさせるな。絶対にだ」
「はい。心得ております」
「世話は峰葵。お前がせよ。手が足りぬことがあれば良蘭と明龍を使え」
「はい」
「誰が敵かもわからぬ状況では気を抜くことは許されぬ。心せよ」
「はっ」
「絶対に死なせるな。何が何でもだ」
「御意」

 峰葵は深々と頭を下げると部屋を出る。
 長居をしていてはいらぬ諍いのタネになるからだ。
 それと、一刻も早く花琳の元に戻りたいという気持ちもあった。

(余暉に続いて花琳までも失うわけにはいかない。花琳は我が身を犠牲にしてでも……絶対に……)

 峰葵はギュッと拳を握ると、花琳の元へと向かうのであった。
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