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第九話 意味
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文机に置かれた書簡に一通り目を通したあと、峰葵は「ふむ」と納得したような声を出す。
そして、乗っていた書簡の山を二つほどズザーッとまとめて動かし始めた。
「こっちとそっちの仕事は俺がもらう」
指定した書簡の多さに思わず目を剥く花琳。
いくら手伝ってもらうことになったとはいえ、さすがに多すぎるのではないかと思って花琳は抗議の声を上げる。
「その案件はこれからやろうと……!!」
「何か言ったか?」
「ナンデモアリマセン」
峰葵の冷ややかな声に気圧されて、渋々ながらも大人しく従う。
とうとう峰葵の堪忍袋の緒が切れたらしい。
確かに、優先順位は高くても公務に忙殺されて持て余していた案件ばかりだったので、持っていってもらえるのは正直ありがたかったのだが、それはそれで自分の実力不足を見せつけられているようで花琳は悔しかった。
「花琳」
名前を呼ばれて顔を上げれば、思いきり額をデコピンをされる。
昔は花琳が何かやらかすたびに峰葵によくデコピンをされていたが、久々すぎて受け身が取れず、脳天が揺らぐほどの衝撃に自然と目尻に涙が滲んで花琳は額を押さえた。
「あいたっ! 何するのよ!?」
「最近いつ寝ている?」
「は、へ? 峰葵に関係ないでしょ」
「最近、いつ寝ている?」
同じ言葉を二度繰り返されて、花琳は目が泳ぐ。
「えっと……いつって言われても……」
「ほう? では、良蘭に聞くまでだぞ?」
「……た、多分、鶏鳴くらい……?」
「ほう、鶏鳴……?」
峰葵の声がいっそう冷ややかになる。
どうやらサバを読んだのがバレているらしい。
峰葵に上から見下ろされて圧力をかけられ、花琳は冷や汗をかきながら視線を彷徨わせたあと、降伏するように俯き観念したように小さな声で答えた。
「ごめんなさい、平旦辺りです」
「ほぼ朝じゃないか」
「だって、忙しくて……っ」
見回りや会議や書類整理や公務、それ以外にも剣術やら帝王学やらも入れると時間はいくらあっても足りなかった。
だからついつい寝る時間を削って少しでも長く起きて職務をこなしていたのだが、どうやら気づいていたらしい。
峰葵は「はぁぁぁ」と大きな溜め息をつくと、花琳の顎をクイっと持ち上げ、ついっと彼女の目元を優しく摩る。
あまりに優しく触れられ、不意打ちの出来事ということもあって花琳は羞恥でまるで石のように固まった。
「若いとはいえ、体力は無限ではないんだぞ。いくら体力自慢の花琳とはいえ、寝不足のままだと余暉よりも早く命が尽きることになる」
まっすぐ見つめられて言葉が詰まる。
ただの軽口ではなく、心配してくれているのが伝わってくる。
峰葵に心配してもらえるなんて、と内心嬉しく思いながらも今ここで喜びの感情を見せるわけにはいかず、花琳は伏目がちに自分の考えを答えた。
「そ、そうは言っても、兄さまのぶんも頑張らなきゃいけないし。……私が兄さまの代わりにこうして健康に生まれてきたのもきっとこういうためなのよ、きっと」
不健康な兄を支えるために産まれた妹。
本来であれば自分が弟として産まれていれば問題はなかったのだろう。
だが、こうして女として産まれ、しかも誰よりも健康でお転婆で、兄とは正反対だとよく揶揄されていたことを思い出す。
両親からもよく「お前は余暉のために産んだのだ。余暉のために忠義を尽くせ」と教え込まれていたし、そういうものだと思っていた。
上層部の面々からも「才のある兄君は病弱で、無能な妹君が健康だとは、ままならぬものだ」「何という天の配剤か。
不要な妹君に病が移ればよいのに」と口さがない者達の陰での言葉に奮起し、兄の代わりが果たせるくらい勉強し武術も習得するなどした。
だが、余暉が死に、彼に成り代わって秋王として過ごしていると、周りの皆から「ほら見ろ。無能」と現実を突きつけられているようで苦しくなってくる。
だからこそ仕事を詰め込み、余計なことを考えないように努めていたのだが、こうしてふとした瞬間に色々と考えてしまうのだ。
(私はどうするのが正解だったんだろう)
花琳がそんなことを考えていると、峰葵が大きな手を彼女に翳してそのまま鼻先を摘む。
思考に集中していたせいで花琳は避けられず、まるで豚のような声をあげてしまった。
「ふがっ……、ちょ、何するのよっ!」
「全く、どんな理屈だ。花琳は花琳だろう。余暉の代わりに生まれたわけでもないし、元々は成り代わる必要だってなかったのだから、そういう考えはよせ」
「だって……」
(それなら私のいる意味って)
兄の支えになるために産まれたのに、兄のためになれないのなら自分の存在意義とはなんだろうと思って思考を止める。
(ダメダメ。こういう自罰的にモノを考えては)
花琳は自分に言い聞かせて、それ以上考えるのをやめる。
こうして悪い考えに囚われていてはダメだとわかっていた。
わかっているのにその消極的な考えに囚われてしまうのは自身の弱さだということもわかっていた。
けれど、
(私は未熟だから、どうやっても切り離せない)
弱い心にフタをしつつも、どうしても拭い去ることはできないのだった。
そして、乗っていた書簡の山を二つほどズザーッとまとめて動かし始めた。
「こっちとそっちの仕事は俺がもらう」
指定した書簡の多さに思わず目を剥く花琳。
いくら手伝ってもらうことになったとはいえ、さすがに多すぎるのではないかと思って花琳は抗議の声を上げる。
「その案件はこれからやろうと……!!」
「何か言ったか?」
「ナンデモアリマセン」
峰葵の冷ややかな声に気圧されて、渋々ながらも大人しく従う。
とうとう峰葵の堪忍袋の緒が切れたらしい。
確かに、優先順位は高くても公務に忙殺されて持て余していた案件ばかりだったので、持っていってもらえるのは正直ありがたかったのだが、それはそれで自分の実力不足を見せつけられているようで花琳は悔しかった。
「花琳」
名前を呼ばれて顔を上げれば、思いきり額をデコピンをされる。
昔は花琳が何かやらかすたびに峰葵によくデコピンをされていたが、久々すぎて受け身が取れず、脳天が揺らぐほどの衝撃に自然と目尻に涙が滲んで花琳は額を押さえた。
「あいたっ! 何するのよ!?」
「最近いつ寝ている?」
「は、へ? 峰葵に関係ないでしょ」
「最近、いつ寝ている?」
同じ言葉を二度繰り返されて、花琳は目が泳ぐ。
「えっと……いつって言われても……」
「ほう? では、良蘭に聞くまでだぞ?」
「……た、多分、鶏鳴くらい……?」
「ほう、鶏鳴……?」
峰葵の声がいっそう冷ややかになる。
どうやらサバを読んだのがバレているらしい。
峰葵に上から見下ろされて圧力をかけられ、花琳は冷や汗をかきながら視線を彷徨わせたあと、降伏するように俯き観念したように小さな声で答えた。
「ごめんなさい、平旦辺りです」
「ほぼ朝じゃないか」
「だって、忙しくて……っ」
見回りや会議や書類整理や公務、それ以外にも剣術やら帝王学やらも入れると時間はいくらあっても足りなかった。
だからついつい寝る時間を削って少しでも長く起きて職務をこなしていたのだが、どうやら気づいていたらしい。
峰葵は「はぁぁぁ」と大きな溜め息をつくと、花琳の顎をクイっと持ち上げ、ついっと彼女の目元を優しく摩る。
あまりに優しく触れられ、不意打ちの出来事ということもあって花琳は羞恥でまるで石のように固まった。
「若いとはいえ、体力は無限ではないんだぞ。いくら体力自慢の花琳とはいえ、寝不足のままだと余暉よりも早く命が尽きることになる」
まっすぐ見つめられて言葉が詰まる。
ただの軽口ではなく、心配してくれているのが伝わってくる。
峰葵に心配してもらえるなんて、と内心嬉しく思いながらも今ここで喜びの感情を見せるわけにはいかず、花琳は伏目がちに自分の考えを答えた。
「そ、そうは言っても、兄さまのぶんも頑張らなきゃいけないし。……私が兄さまの代わりにこうして健康に生まれてきたのもきっとこういうためなのよ、きっと」
不健康な兄を支えるために産まれた妹。
本来であれば自分が弟として産まれていれば問題はなかったのだろう。
だが、こうして女として産まれ、しかも誰よりも健康でお転婆で、兄とは正反対だとよく揶揄されていたことを思い出す。
両親からもよく「お前は余暉のために産んだのだ。余暉のために忠義を尽くせ」と教え込まれていたし、そういうものだと思っていた。
上層部の面々からも「才のある兄君は病弱で、無能な妹君が健康だとは、ままならぬものだ」「何という天の配剤か。
不要な妹君に病が移ればよいのに」と口さがない者達の陰での言葉に奮起し、兄の代わりが果たせるくらい勉強し武術も習得するなどした。
だが、余暉が死に、彼に成り代わって秋王として過ごしていると、周りの皆から「ほら見ろ。無能」と現実を突きつけられているようで苦しくなってくる。
だからこそ仕事を詰め込み、余計なことを考えないように努めていたのだが、こうしてふとした瞬間に色々と考えてしまうのだ。
(私はどうするのが正解だったんだろう)
花琳がそんなことを考えていると、峰葵が大きな手を彼女に翳してそのまま鼻先を摘む。
思考に集中していたせいで花琳は避けられず、まるで豚のような声をあげてしまった。
「ふがっ……、ちょ、何するのよっ!」
「全く、どんな理屈だ。花琳は花琳だろう。余暉の代わりに生まれたわけでもないし、元々は成り代わる必要だってなかったのだから、そういう考えはよせ」
「だって……」
(それなら私のいる意味って)
兄の支えになるために産まれたのに、兄のためになれないのなら自分の存在意義とはなんだろうと思って思考を止める。
(ダメダメ。こういう自罰的にモノを考えては)
花琳は自分に言い聞かせて、それ以上考えるのをやめる。
こうして悪い考えに囚われていてはダメだとわかっていた。
わかっているのにその消極的な考えに囚われてしまうのは自身の弱さだということもわかっていた。
けれど、
(私は未熟だから、どうやっても切り離せない)
弱い心にフタをしつつも、どうしても拭い去ることはできないのだった。
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