【完結】身代わりの男装姫

鳥柄ささみ

文字の大きさ
上 下
6 / 53

第五話 密会

しおりを挟む
「峰葵、今いいかしら」
「どうぞ」

 夜更けすぎ、誰も周りにいないのを見計らって峰葵の部屋に忍び込む。

 いくら王と宰相とはいえ、男と女。
 下手にこの二人が睦んでると噂が立つと、花琳が余暉の身代わりの王として君臨していることをよく思っていない上層部が黙っていない。

 そのため、花琳と峰葵が会うときはいつもこのように夜更けだった。

 花琳は部屋の中に潜り込むと、足早に一番奥の衝立の裏にある峰葵の寝具のところまで行く。
 もし万が一誰かが部屋に侵入してきた場合に、すぐさま寝具に身を隠すためである。

 今までそのような事態になったことは一度もなかったが、念には念を入れておくに越したことはない。

「誰にも見られていないか?」
「私を誰だと思っているの。そんなヘマするはずがないでしょう?」
「……ほう。日中は俺に見つかったというのに?」
「そ、それは……っ! ただ、ちょっと……間が悪かっただけよ」

 寝具に寝転がりながら尋ねる峰葵に、花琳はコソコソと声を小さくして顔を近づけて話す。

 以前からお互いに何か用があれば、このように周りに漏れ聞こえないよう至近距離で話し合っているのだが、最近はなんだかこの距離感がむず痒いと思っている花琳。

 というのも、誰もが魅了されるほどの見た目と色気にあてられるのは花琳も例外ではない。
 いつからか密かに兄の幼馴染であり幼少期から親しい峰葵に淡い気持ちは抱いていた。

 だが、公私混同してはいけないとその気持ちを押し殺し、一切表に出さないように心掛けている。

 そもそも峰葵はこの見た目、美声と物腰の柔らかさから女官達に大人気であり、今はなき余暉の後宮の妃たちや女官たちからもコナをかけられていたくらいだ。
 噂には夜な夜な取っ替え引っ替え美人と睦んでいると聞くし、齢十八だというのに身長が伸びず、ちんちくりんな花琳など眼中外だろう。

 特に花琳に対しては女官たちへのような対応とは違って物腰が柔らかいどころか横柄な態度であるし、まるで妹のような身内の扱いをしてくるので脈なしだということは彼女自身もわかっていた。
 けれど、だからといって一度ついてしまった恋心は簡単には消えない。
 意識しないようにしても無意識に意識してしまうのが厄介であった。

「ちょっと近くない?」
「いつもと変わらんだろう。何だ、俺を意識しているのか?」
「べ、別にそんなんじゃないわよ。女たらし」
「随分な言いようだな。それで、何の用だ」

 灯りに照らされて輝く紺碧の瞳に見つめられる。
 寝る前だからか、夕闇に紛れるほどの美しい長い髪を下ろしていて彼の愛用の香油が花琳の鼻腔をくすぐり胸が疼いた。

 だが、花琳はその色気ある峰葵の姿に高鳴る鼓動を悟られないようにゆっくりと息を吐いて心を落ち着かせると、小さく口を開く。

「えっと、その、今日の日中のことを謝りたくて。あれは、ちょっと、やりすぎたというか……」

 ちらっと花琳が峰葵の頬を見ると、ほんのりと痣になっているようで胸がちくりと痛む。
 つい勢いで投げ飛ばしてしまったが、いくら頭に来たからと言ってもあれはさすがにやりすぎたと反省した。

 だが、峰葵は頬に視線を感じたからか首を傾げて長い髪で頬を隠すと、なぜか「はぁ」と小さく溜め息をついた。

「あぁ、何だ。そのことか」
「何だ、って何よ。人が謝りにきたというのに……!」
「別に気にしていない。不意打ちとはいえ、やられてしまった俺に落ち度がある。それよりも市井に行ったことのほうを謝ってほしいんだが」
「そ、そっちは謝らないわよ! おかげで色々情報収集できたのだし」
「ほう。例えば?」
「例えば……」

 今日収集したばかりの話をつらつらと話す。
 特に賭博の件と捨て子の件は早急に対処せねばならない案件であると力説した。

「なるほど。明日そちらに官吏を向かわせよう。だが、無茶は程々にしてくれ。明龍から聞いたぞ、危うく暴漢に襲われそうになったとか」
「いや、あれは、別にそういうんじゃなくて」

(明龍ったら余計なことを~!!)

 どうせ、峰葵に促されるまま報告と称して洗いざらい吐いたのだろう。
 こういうとき明龍の気の弱さは仇になるんだから、と花琳は内心で明龍に毒づく。

「何かあってからでは遅いと言っているだろう? とうぶんは市井に出るのは禁止だ」
「でも、仲考が暗躍してるのよ? 小競り合いだって、税収のことだって、密輸入だって、私は関知してないことだし、峰葵も許可してないとなるとどう考えても仲考がやってるとしか考えられないのに」
「それはわかっている。だからこそ言っているんだ。下手に動いて返り討ちにあったら困るだろう。今はまだいいが、そのうち追い詰めすぎるとあらぬほうに舵切りをする可能性もあるし、あまりヤツを煽るんじゃない。今日だって強気にヤツに仕掛けていてヒヤヒヤしたと良蘭から報告を受けているぞ」

(良蘭も! すぐに何でも峰葵に言うんだから!)

 だが、正論を言われてぐうの音も出ない。

 花琳はやられたらやり返したくなる性分なのだが、いざとなったら性差には勝てないのは事実だった。
 なりふり構わぬ彼の手先にやり込められる可能性もなくはない。いや、大いにあり得る。

 峰葵や良蘭が常に気を張って花琳に危害が加えられぬよう目を光らせているが、ここは良蘭が言ったように伏魔殿。
 誰がいつ寝返るかもわからぬ魔物の棲まう場所だ。

 だからこそ、峰葵は何度も何度も気をつけろと花琳に忠告していた。

「わかったわ。我慢するようにする」
「そうしてくれ。とはいえ、すまないとは思っている。いつも花琳には我慢ばかりさせて」

 珍しく峰葵が謝ることに花琳はドキリとする。
 いつも不遜で花琳に怒ってばかりの峰葵がまさか頭を下げるだなんて思わず、花琳は慣れない状況に戸惑った。

「な、何よ、急に今更。……別に大丈夫よ。兄さまが死んだときに覚悟したもの。それに、林峰リンポウも私ならやれるって言ってくれたでしょう?」
「それは……当時は父さんにはその選択しかできなかったからな」

 先代の秋王である花琳の兄、余暉が亡くなったのは十年前の春のことだった。

 季節の変わり目ということもあり、暖かかった前日から一転して急に冷え込んだ早朝、咳と共に吐血し、そこから一気に具合が悪くなり、帰らぬ人となったのだ。

 その前日は麗かな陽射しの出る穏やかな日で、余暉の非常に体調もよく、「ここのところ体調も安定してきたし、花琳の誕生日には乗馬で一緒に散策にでもしよう」と余暉から提案され、花琳は期待に胸を膨らませていたばかりだった。

 それなのに、翌日の急逝で気持ちがついていかず、ずっと放心状態だった花琳の代わりに奮闘してくれたのが当時の宰相で峰葵の父である林峰であった。
 恐らく彼がいなかったらきっとこの国は花琳の知っている代々の王が意志を継いできた秋波国ではなく、違った国となっていただろう。

 だからこそ、自分がこの国に縛られることになったとしても、林峰の決断は花琳にとって最善だと思っていた。

「だが、帝王学や戦術などもままならぬ花琳を王として擁立したことには未だに思うところがあるみたいだからな。俺に会うたびに花琳に不自由をさせてないかとしつこく聞かれる」
「ふふ、林峰は峰葵に輪をかけて過保護だものね。そういえば、以前……」

 花琳が昔話をしようとした瞬間、突然峰葵のすらっとした美しい手で口を塞がれる。

 突然のことに訳もわからず目を白黒とさせていると、「シッ、誰か来る。隠れろ」と言われて、慌てて峰葵の寝具に潜り込んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

不吉だと捨てられた令嬢が拾ったのは、呪われた王子殿下でした ~正体を隠し王宮に上がります~

長井よる
恋愛
 フローレス侯爵家の次女のレティシアは、この国で忌み嫌われる紫の髪と瞳を持って生まれたため、父親から疎まれ、ついには十歳の時に捨てられてしまう。  孤児となり、死にかけていたレティシアは、この国の高名な魔法使いに拾われ、彼の弟子として新たな人生を歩むことになる。  レティシアが十七歳になったある日、事故に遭い瀕死の王子アンドレアスを介抱する。アンドレアスの体には呪いがかけられており、成人まで生きられないという運命が待ち受けていた。レティシアは試行錯誤の末、何とか呪いの進行を止めることに成功する。  アンドレアスから、王宮に来てほしいと懇願されたレティシアは、正体を隠し王宮に上がることを決意するが……。  呪われた王子×秘密を抱えた令嬢(魔法使いの弟子)のラブストーリーです。  ※残酷な描写注意 10/30:主要登場人物•事件設定をUPしました。  

男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜

春日あざみ
キャラ文芸
<第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。応援ありがとうございました!> 宮廷で史書編纂事業が立ち上がると聞き、居ても立ってもいられなくなった歴史オタクの柳羅刹(りゅうらせつ)。男と偽り官吏登用試験、科挙を受験し、見事第一等の成績で官吏となった彼女だったが。珍妙な仮面の貴人、雲嵐に女であることがバレてしまう。皇帝の食客であるという彼は、羅刹の秘密を守る代わり、後宮の悪霊によるとされる妃嬪の連続不審死事件の調査を命じる。 しかたなく羅刹は、悪霊について調べ始めるが——? 「歴女×仮面の貴人(奇人?)」が紡ぐ、中華風世界を舞台にしたミステリ開幕!

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

果たされなかった約束

家紋武範
恋愛
 子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。  しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。  このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。  怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。 ※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

皇帝は虐げられた身代わり妃の瞳に溺れる

えくれあ
恋愛
丞相の娘として生まれながら、蔡 重華は生まれ持った髪の色によりそれを認められず使用人のような扱いを受けて育った。 一方、母違いの妹である蔡 鈴麗は父親の愛情を一身に受け、何不自由なく育った。そんな鈴麗は、破格の待遇での皇帝への輿入れが決まる。 しかし、わがまま放題で育った鈴麗は輿入れ当日、後先を考えることなく逃げ出してしまった。困った父は、こんな時だけ重華を娘扱いし、鈴麗が見つかるまで身代わりを務めるように命じる。 皇帝である李 晧月は、後宮の妃嬪たちに全く興味を示さないことで有名だ。きっと重華にも興味は示さず、身代わりだと気づかれることなくやり過ごせると思っていたのだが……

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

処理中です...