上 下
1 / 53

序章

しおりを挟む
 走る走る走る。
 息が上がりながらも足を止めることなく廊下を駆け抜け、少女は勢いのまま壁や人にぶつかりつつも目的地まで全速力で走った。

「兄さま……っ!!」

 少女が部屋に転がり込むように入室すると、そこには大勢の人に囲まれている彼女の兄がいた。
 布団や床が真っ赤に染まっていて、そのおびただしい量に絶句する。

 兄の目は既に虚ろとなっていて、息も絶え絶えの状態。今にも命の灯火が消えそうな姿に少女……花琳カリンはつんと鼻の奥が痛み、涙が迫り上がってきた。

「……その声は、花琳……か? どこに、いる……?」
「兄さま! 私はここよ!」

 すぐさま駆け寄り、花琳は兄である余暉ヨキの手を力強く握る。その手は以前にも増して肉も皮も薄く骨張っていて、弾力も力もなく、こんなにも痩せ細っていたのかと気づいて花琳は胸が苦しくなった。

「花琳、……約束が……守、れなく……て、すまない、な」

 視線が彷徨い、画策ない。
 恐らく余暉にはもう何も見えていないのだろう。声は擦れ、力もなく、まだ十六の青年の声とは思えないほど覇気がなかった。

「そんな、そんな……っ! 何を言っているのよ! 昨日約束したばかりじゃない! 体調も落ち着いてきたって! だから大丈夫よ! またきっと元気になるから……! だからお願いだから、そんなこと言わないでよ!!」
「花、琳……悪い。先に、逝く兄……を、許し……ておくれ……」

 どうにか絞り出している声に必死に耳を傾ける。今までにないほど苦しそうな声に、涙がとめどなく溢れてきた。

「嫌よ! やだやだ! 言ったじゃない! 私をひとりぼっちにはしないって! 病気を治して、二人で一緒に秋波国を守って行こうって言ったじゃない!!」
「花琳……すまない、すま……な……」

 握っていた余暉の手から力が抜ける。必死に握り返し、身体を叩いたり揺すったりするが余暉はもう動かなかった。

「いやぁ、いやぁあああああ、兄さま! 兄さまぁぁぁ!! 私を置いていかないでよぉぉ! ひとりぼっちにしないって言ったじゃない!!!! 嘘つき! 嘘つきぃいいいい!!」

 余暉の身体に縋りつく花琳。ぼろぼろと溢れ出す彼女の涙は、余暉の服を濡らしていく。
 まだ温かい身体に死んだ実感が湧かず、ただ眠ってるだけなのではないかと思いながらしがみつくも、一向に余暉は動かない。

峰葵ホウキ
「はい。……花琳。こっちに来い。邪魔になる」

 年輩の男が年若い男の名を呼ぶ。
 峰葵と呼ばれた男は小さく頷くと、彼女を引き剥がそうと腕を引いた。

「やだやだやだやだ!! 兄さまと一緒にいる!!!」
「花琳。余暉は死んだのだ。きちんと弔ってやらなければ」
「死んでないもん! まだ温かいもん! ……まだ、こんなに温かいのに……っ! だって、さっきまで……っう、う、うわぁあああああん」

 現実を突きつけられて、堰を切ったように泣き出す花琳を抱える峰葵。そして、あやすように背を撫でながらそのまま部屋を出る。

(この世は不条理だ)

 峰葵は苦々しく思いながら、花琳の涙が止まるまであやし続けるのであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

嫌われ女騎士は塩対応だった堅物騎士様と蜜愛中! 愚者の花道

Canaan
恋愛
旧題:愚者の花道 周囲からの風当たりは強いが、逞しく生きている平民あがりの女騎士ヘザー。ある時、とんでもない痴態を高慢エリート男ヒューイに目撃されてしまう。しかも、新しい配属先には自分の上官としてそのヒューイがいた……。 女子力低い残念ヒロインが、超感じ悪い堅物男の調子をだんだん狂わせていくお話。 ※シリーズ「愚者たちの物語 その2」※

【完結済】姿を偽った黒髪令嬢は、女嫌いな公爵様のお世話係をしているうちに溺愛されていたみたいです

鳴宮野々花@軍神騎士団長1月15日発売
恋愛
王国の片田舎にある小さな町から、八歳の時に母方の縁戚であるエヴェリー伯爵家に引き取られたミシェル。彼女は伯爵一家に疎まれ、美しい髪を黒く染めて使用人として生活するよう強いられた。以来エヴェリー一家に虐げられて育つ。 十年後。ミシェルは同い年でエヴェリー伯爵家の一人娘であるパドマの婚約者に嵌められ、伯爵家を身一つで追い出されることに。ボロボロの格好で人気のない場所を彷徨っていたミシェルは、空腹のあまりふらつき倒れそうになる。 そこへ馬で通りがかった男性と、危うくぶつかりそうになり────── ※いつもの独自の世界のゆる設定なお話です。何もかもファンタジーです。よろしくお願いします。 ※この作品はカクヨム、小説家になろう、ベリーズカフェにも投稿しています。

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

【完結】新皇帝の後宮に献上された姫は、皇帝の寵愛を望まない

ユユ
恋愛
周辺諸国19国を統べるエテルネル帝国の皇帝が崩御し、若い皇子が即位した2年前から従属国が次々と姫や公女、もしくは美女を献上している。 既に帝国の令嬢数人と従属国から18人が後宮で住んでいる。 未だ献上していなかったプロプル王国では、王女である私が仕方なく献上されることになった。 後宮の余った人気のない部屋に押し込まれ、選択を迫られた。 欲の無い王女と、女達の醜い争いに辟易した新皇帝の噛み合わない新生活が始まった。 * 作り話です * そんなに長くしない予定です

処理中です...