翠玉の魔女

鳥柄ささみ

文字の大きさ
上 下
3 / 22

3 伝説の魔女

しおりを挟む
伝説だと思っていた。まさか一国を滅ぼした魔女が目の前にいる可憐な少女だなんて。

しかし、魔女は罪を犯して城内奥に幽閉されていると聞いていたが、なぜここに?確かに以前翠玉の魔女は国王直属の宮廷魔法使いとして遣え、王城にいたから皇女殿下のことをご存知だというのは合点がいくが……。

勝手におとぎ話に出てくるような、極悪な老婆を想像していたアレスは、あまりにイメージとかけ離れていた事実についていけなかった。ぐるぐると思考が渦を巻き始めると、「アレス」と名を呼ばれる。

「もちろん、信じる信じないは貴方に任せますが、今このタイミングでこの家を出られると色々こちらにも不利益があるのです」
「不利益……?」
「ここは本来、人が入れないように森全体に結界を張っています。結界内は壮大な魔力を持ってしても他者から覗かれないようになっていますが、現在、貴方は何故か魔力がない状態。死者以外に魔力がないというのは異質ですし、その状態で結界外に出てうろうろされるとこの結界も貴方も存在がバレてしまいます。……こちらもまたアレス同様、身を隠す立場なんです」

すらすらと流れる清流のような声に聞き入る。まるで魅了されてしまったかのように、彼女の言葉はスーッと頭に入ってきた。

「ということで、暫くこちらに滞在していてください。客人としてではなく、居候として下働もしていただくことになると思いますが」
「ありがとうございます。もちろん匿っていただく身、何でも致します」

では、食事が冷める前に、と促され再び食事に戻るアレス。そのまま部屋を出て行くアリアとイミュに気づかれぬようにチラっと視線を向けるが、特に彼らの感情が読めぬまま出て行ってしまった。そして、1人残されたこの部屋でふぅ、と息を吐く。

翠玉の魔女という得体の知れない脅威と共にするのは少々気が引けたが、一度死んだような身、なるようにしかならぬだろう、と腹を括ったのだった。


******



「随分と饒舌でしたね。あんなに言って宜しかったんですか?」

イミュの言葉にアリアは目を閉じた。もし彼が宰相の刺客であるなら、手の内を晒すようなものだ。しかし、アレスはなぜだか信頼してもよいように感じた。

「いざとなったら私が殺すわ。それにある程度彼のことを知りたいし、人手も足りなかったのは否めなかったでしょう?私も力が不安定なときがあるし、私以外に人がいるのは心強いわ」
「あれ以来人を避けていた貴女がそんなことを言うなんてどういう風の吹き回しですか。明日は嵐ですね」
「……特に他意はないわ」
「そうですか。……あいつのように裏切らなければいいですが……」
「もう過ちは犯さない。あのときも私が流されず、きちんと判断できなかったから起こったこと。もう繰り返すつもりはないわ」

それ以上イミュは追及することなく、姿を消した。アリアは、過去の映像を振り払うかのように頭を振る。

(もう同じ過ちは繰り返さない)

宰相に騙され、一国を滅ぼした魔女は自らの罪の呪縛に苛まれていた。一瞬にして、塵も埃も跡形もなく消え去った国。彼らには逃げ惑うことは愚か、命を乞う時間すら与えられなかった。そして、それを実行したのは紛れもなく、私だ。

コンコン

小さくノックが聞こえる。このようにノックをするのはイミュではない……つまりアレスだ。
どうぞ、と返事をすると薄く開かれるドア。

「アリア、さん。ちょっとよろしいでしょうか?」
「えぇ、はい」

入室してきたアレスに椅子に座るよう促す。どこかぎこちない様子に、自然と口元が綻ぶ。

「……私が、恐いですか?」
「いや、あのそういうのではなくて……。おれ、いや私は今後どうすれば……」

彼が私を見つめる。彼の顔に、胸が高鳴るのを顔に出さないように気をつけながら、少し顔を伏せた。

「特にこれと言って今言えることはないのですが、……強いて言えば護衛ですかね。私は下手に外では魔法が使えないので」
「え、でも私に魔力がないから外には出られないのでは?」
「私の力で一時的に目眩しで魔力を纏わせることはできます。……ですがあまり長く保つものではないので、そのまま逃げても捕まりますし、下手に貴方が捕まるとこちらも面倒ですし。だからちょっとしたお出かけ程度ですが。……貴方もずっと引きこもっていてはつまらないでしょう?」
「そうですね、ご配慮ありがとうございます」
「魔力譲渡のことも含めて、今後のことは後々話します。聞きたいこともたくさんありますし、貴方も色々聞きたいのだろうけど、今日は起きたばかりで疲れてますでしょう?ゆっくりお休みください」
「ありがとうございます」
「あと、私のことはただアリア、で構いませんよ。私もアレス、でよろしいでしょうか?」
「え、あぁ、もちろんです。では、お休みなさい」
「はい、明日はこの家や辺りについてご説明しますね」

にっこりと微笑むとアレスは恭しく頭を垂れて、静かに退室して行った。

(さて、今後どうするか…)

色々と状況が変わったことへの戸惑いと共に、新たな変化に少し期待をしながらアリアも寝る準備を始めるのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】騎士たちの監視対象になりました

ぴぃ
恋愛
異世界トリップしたヒロインが騎士や執事や貴族に愛されるお話。 *R18は告知無しです。 *複数プレイ有り。 *逆ハー *倫理感緩めです。 *作者の都合の良いように作っています。

明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄
恋愛
 あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。  奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。  ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。  *BL描写あり  毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

5人の旦那様と365日の蜜日【完結】

Lynx🐈‍⬛
恋愛
気が付いたら、前と後に入ってる! そんな夢を見た日、それが現実になってしまった、メリッサ。 ゲーデル国の田舎町の商人の娘として育てられたメリッサは12歳になった。しかし、ゲーデル国の軍人により、メリッサは夢を見た日連れ去られてしまった。連れて来られて入った部屋には、自分そっくりな少女の肖像画。そして、その肖像画の大人になった女性は、ゲーデル国の女王、メリベルその人だった。 対面して初めて気付くメリッサ。「この人は母だ」と………。 ※♡が付く話はHシーンです

【R-18】喪女ですが、魔王の息子×2の花嫁になるため異世界に召喚されました

indi子/金色魚々子
恋愛
――優しげな王子と強引な王子、世継ぎを残すために、今宵も二人の王子に淫らに愛されます。 逢坂美咲(おうさか みさき)は、恋愛経験が一切ないもてない女=喪女。 一人で過ごす事が決定しているクリスマスの夜、バイト先の本屋で万引き犯を追いかけている時に階段で足を滑らせて落ちていってしまう。 しかし、気が付いた時……美咲がいたのは、なんと異世界の魔王城!? そこで、魔王の息子である二人の王子の『花嫁』として召喚されたと告げられて……? 元の世界に帰るためには、その二人の王子、ミハイルとアレクセイどちらかの子どもを産むことが交換条件に! もてない女ミサキの、甘くとろける淫らな魔王城ライフ、無事?開幕! 

転生お姫様の困ったお家事情

meimei
恋愛
前世は地球の日本国、念願の大学に入れてとても充実した日を送っていたのに、目が覚めたら 異世界のお姫様に転生していたみたい…。 しかも……この世界、 近親婚当たり前。 え!成人は15歳なの!?私あと数日で成人じゃない?!姫に生まれたら兄弟に嫁ぐ事が慣習ってなに?! 主人公の姫 ララマリーアが兄弟達に囲い込まれているのに奮闘する話です。 男女比率がおかしい世界 男100人生まれたら女が1人生まれるくらいの 比率です。 作者の妄想による、想像の産物です。 登場する人物、物、食べ物、全ての物が フィクションであり、作者のご都合主義なので 宜しくお願い致します。 Hなシーンなどには*Rをつけます。 苦手な方は回避してくださいm(_ _)m エールありがとうございます!! 励みになります(*^^*)

最愛の番~300年後の未来は一妻多夫の逆ハーレム!!? イケメン旦那様たちに溺愛されまくる~

ちえり
恋愛
幼い頃から可愛い幼馴染と比較されてきて、自分に自信がない高坂 栞(コウサカシオリ)17歳。 ある日、学校帰りに事故に巻き込まれ目が覚めると300年後の時が経ち、女性だけ死に至る病の流行や、年々女子の出生率の低下で女は2割ほどしか存在しない世界になっていた。 一妻多夫が認められ、女性はフェロモンだして男性を虜にするのだが、栞のフェロモンは世の男性を虜にできるほどの力を持つ『α+』(アルファプラス)に認定されてイケメン達が栞に番を結んでもらおうと近寄ってくる。 目が覚めたばかりなのに、旦那候補が5人もいて初めて会うのに溺愛されまくる。さらに、自分と番になりたい男性がまだまだいっぱいいるの!!? 「恋愛経験0の私にはイケメンに愛されるなんてハードすぎるよ~」

【R18】転生聖女は四人の賢者に熱い魔力を注がれる【完結】

阿佐夜つ希
恋愛
『貴女には、これから我々四人の賢者とセックスしていただきます』――。  三十路のフリーター・篠永雛莉(しのながひなり)は自宅で酒を呷って倒れた直後、真っ裸の美女の姿でイケメン四人に囲まれていた。  雛莉を聖女と呼ぶ男たちいわく、世界を救うためには聖女の体に魔力を注がなければならないらしい。その方法が【儀式】と名を冠せられたセックスなのだという。  今まさに魔獸の被害に苦しむ人々を救うため――。人命が懸かっているなら四の五の言っていられない。雛莉が四人の賢者との【儀式】を了承する一方で、賢者の一部は聖女を抱くことに抵抗を抱いている様子で――?  ◇◇◆◇◇ イケメン四人に溺愛される異世界逆ハーレムです。 タイプの違う四人に愛される様を、どうぞお楽しみください。(毎日更新) ※性描写がある話にはサブタイトルに【☆】を、残酷な表現がある話には【■】を付けてあります。 それぞれの該当話の冒頭にも注意書きをさせて頂いております。 ※ムーンライトノベルズ、Nolaノベルにも投稿しています。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

処理中です...