AT LONG LAST

伊崎夢玖

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第二章

side一縷 53

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病院に着いて、受付を済ませ、診察室に入る。
診察を受ける。
結果は即入院だった。
蒼は何となく分かっていたようだった。

Ωには個室が与えられる。
指定された個室に向かうと、まるでホテルのようだった。
最近はどこの病院もこうなのだと蒼は言う。
それにしても、かなり豪華な内装だ。
大型テレビにシャンデリア、アロマも焚いてある。
ちょっとしたホテルよりも待遇はいいのかもしれない。
周りをきょろきょろと見渡す俺と違って、蒼はさっさと荷物を解いていた。
「ちょっと、いち。これ、そっちに置いて」
まるで母親のようだった。
既に肝が据わっている。
それに比べて、俺はこれからどうなってしまうのか、と不安でいっぱいで、落ち着いてなんかいられなかった。
「少しは落ち着いてよ」
いい加減呆れ返った蒼が言い放った。
それくらい落ち着いていなかったらしい。
「ごめん…」
謝るしかできない。
あまりにも情けなくて、ベッド近くに置かれている椅子に腰かけた。
「いつ産まれるか心配で仕方ないんでしょ?」
蒼にズバリ言い当てられた。
「…うん。何かあった時、怖くて…」
「僕に何かあってもいちは大丈夫だから。ちゃんといちの元に戻ってくるから」
蒼は俺をふわりと優しく抱きしめてくれた。
それはまるで子供を宥める親のようだった。
「俺があおを不安にさせるような弱気なこと言ってちゃダメだよな。ごめんな。もう大丈夫だから」
どこか吹っ切れた。
俺が弱気になったら、蒼が出産に集中できなくなる。
それに、もうすぐ父親になるんだ。
産まれてくる子供に情けない姿は見せられない。

しばらくは蒼の体に変化はなく、二人きりで病室で過ごした。
夕方になって、蒼に変化が出てきた。
陣痛の間隔が短くなってきた。
病院に到着した頃は五分間隔くらいだったのが、夕方過ぎからは三分間隔くらいまで狭まってきた。
今まで見たことのないような蒼の姿に俺は慄いてしまった。
すごい痛がりようで、涙まで流している。
「いちぃ…助けてぇ…痛い…っ!!!」
こんな苦しそうな蒼の声を聞いたことがなかった。
子供の頃の誘拐事件の時ですら弱音を吐かなかった蒼。
そんな蒼が泣きながら俺に助けを求めている。
しかし、俺は何もできない。
助産師さんからは腰あたりを撫でてあげると割と楽になると聞かされていたので、一生懸命撫でた。
それでも、蒼は苦しそうだった。
泣いている蒼につられて、俺まで泣き始めてしまった。
それでも、ずっと腰を撫でていた。
蒼の苦しみが少しでも和らげぐようにと。

その後、蒼は助産師さんに連れられて分娩室に入って行った。
予め蒼に立ち会いだけはしないでほしいと言われていたので、分娩室の扉の前で待機する。
扉の向こうから蒼の苦しむ声が聞こえる。
廊下には俺以外誰もいないし、他の音が聞こえないので、苦しむ蒼の声がやたら大きく響いた。
(俺は何もしてやれなくて、すまない…)
蒼が苦しみ始めて、俺は何もできずにいた。
ただ腰を撫でていただけ。
(神様、仏様、どうかお願いです。蒼と子供が無事でありますように)
俺は初めて神に、仏に祈った。
普段は絶対しないこと。
俺は能力主義な部分があって、自分の能力以外は信用していない。
神や仏に頼むような時間があれば、その時間を能力向上に利用した方がよっぽど効率がいい。
しかし、今回は俺個人の能力ではできない範囲の出来事。
出産は命懸けだと言う。
先程の蒼の様子はその通りだと思った。
俺は医者ではない。
蒼の力になることは何もない。
藁をも縋る思いだった。
二人が無事であるようにと祈ることしかできなかった。

蒼が分娩室に入って一時間後、泣き声が聞こえた。
産まれたようだ。
中から助産師さんが出てきた。
『元気な男の子です。新生児室の方へ行けばもうすぐ対面できると思いますよ』
そう言うと、中に入っていった。
俺は膝から崩れ落ちて、安心して腰が抜けてしまった。
気持ちを落ち着かせてから、新生児室へ向かった。
そこにはたくさんの新生児が眠っていた。
その中にひと際かわいい子がいた。
ベッドネームに『東条ベビー』と書かれている。
やはり親だからだろうか。
自分の子を一目で見つけられた。
(起きないかな?)
さすがに俺の思いは届かなかったが、少し身じろいだ。
小さい手、小さい足、小さい口。
全部が小さくて、かわいい。
(蒼に似てるなぁ…)
そんな我が子と対面していて、蒼のことをすっかり忘れてしまっていた。

急いで蒼の病室に急いで向かう。
「あお、ごめん!」
応答がない。
恐る恐る中に入ると、蒼は疲れて寝ていた。
俺が声をかけたことにも気づかないくらいぐっすりと寝ている。
きっと俺が考えているよりずっと長い時間出産のことが気になっていたのは蒼自身だ。
(あお、お疲れ様)
そっと心の中で労いながら、蒼の寝顔を見ていた。
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