緋の英雄王 白銀の賢者

冴木黒

文字の大きさ
上 下
37 / 67

いつかどこかで見た光景

しおりを挟む
「だからさー」

 ベッドの端に座ってルフスが言った。
 宿の一階にある食堂で夕食を済ませ、部屋で休もうという時だ。女性だし、今はまだ金にも余裕があるということで、山吹とは部屋を分けてとった。
 水鏡はルフス達にずっとついてきていて、今も部屋の隅にいる。食堂に現れた時には騒ぎになるんじゃないかと焦ったが、幸い他の人間達には見えていないらしい。

「世界ってのは多構造になってて、妖っておれ達とは別の層にいるから通常は干渉できないとかってそういう話だったじゃん。でも今はなんか封印が解けかけてるから、妖がこっち側で色々怪異を引き起こしてるって。それがどういう原理かわかったらさ、ヒントになるんじゃないかなーって」
「そう言われてもおれも妖のことはわからんのやって」
「そうかー……」

 しょげるルフスに、先程から何か書き物をしていたティランは顔を上げてめんどくさそうに息を吐く。

「妖のことは全くわからんけど、おれが知っとる中でいい例が魔王や」
「魔王?」

 ティランは再び手元に視線を戻し、手を動かしながら言う。

「まずおまえさん、魔王ってのは世界そのものっていうんは知っとるか?」
「えっ?」
「魔王はこの世界の意思が具現化したもの。媒体は魔力そのものや」
「へー……」

 頷いてみるけど、実はよくわかっていない。
 世界の意思が具現化とか。
 バイタイ?
 もはやなんだそれって感じだ。
 ティランが目だけを動かし、こちらを一瞥する。

「要するに本来、実体のない奴が魔力を核として体作ってそれに宿っとるってこと。わかるか? わからんよな」
「うん」
「まあもっと噛み砕いて言えば、魔力を使って、そいつの体を作れるかもしれんってことや」

 最初からそう言ってくれればいいのにと心の中だけで呟きながら、ルフスはうんうん頷く。

「スゲー魔力スゲー」
「そうそう、すげーんだよ魔法は」
「で、ティラン作れんの?」
「できるか。簡単に言うなアホ」
「なんだー」

 ルフスは背中からベッドに倒れ込み、目を閉じて考える。
 魔法ならラータが専門だ。だがラータは今この世界にいない。
 魔王なんて、どうやって会えばいいかわからないし。
 英雄王の力とやらがまだどんなものか知らないが、少なくともこういうことには役に立たなさそうだと思う。
 何せ邪を祓い、闇を打ち破る力だ。
 考え込むルフスを睡魔が襲う。このまま眠ってしまおうか。体を拭くくらいはしておきたかったが、それすらもう面倒だ。
 明日でいいかと思いかけた時、物音がした。
 床に物が落ちる音だった。
 同時に気配を感じて目を開けると、ベッドの反対側から覗き込む顔があった。ティランだ。唇の片端を吊り上げ笑っている。

「うわ何!?」
「できねぇってんならコイツの姿をもらうだけだ。なあルフスよ。おまえにはおまえのやることがあるのか知らんが、そんなもんオレにゃ関係ねぇ」
「え、あ、水鏡!?」
「オレはいつでも姿を奪うことができる。そこのマヌケにもよく言い聞かせておけ」

 驚き飛び起きたルフスに、水鏡は顎で隣のベッドを示して言う。
 白い靄に変じたティランがジタバタしていた。その足元には紙束とペンが落ちていて、水鏡は目を細めてそれを見やり、ハッと笑う。

「才能だけは本物のようだからな」

 言い終えると同時に水鏡の姿は空中に溶けるように消え去り、ティランも元に戻った。
 ティランは悔しげに床を踏み鳴らし、この部屋のどこかにいるのだろう水鏡に向かって口汚く罵っていた。

「ティランってさー」

 床に散らばった紙を拾い、そこに書き込まれた文字を見ながらルフスが言う。

「なんかちょっとでも思い出したりしないの?」
「なん?」
「これ、魔法文字だろ。ラータさんのとこにもあった。おれには全然読めないけど。魔法も、すごいの使ってたけど、ラータさんから教えてもらった?」

 ティランは紙束を受け取って置き、壁に立てかけてある杖を手に持つ。
 やや間があって、ティランは言った。

「いや、多分元々知っとった……」
「そっか、他のことも早く思い出せるといいな」
「……どうやろうな」

 ティランの視線は杖を持つ手に向いていた。
 その横顔は、なんだかちょっと迷っているように見えた。

「思い出すことがええことなんかどうか……」
「こわい?」

 ルフスが言った。
 表情や声の調子から感じたことを、そのまま口にしただけだった。
 言ってしまってから怒られそうだなと思ったが、返ってきたのは勢いに欠けた声だった。

「わからん。けど思い出さんといかんやろ。あいつらがまた来たら」
「そうだ。あいつら、あの双子はティランを狙っていたな。銀色の賢者様って。あれってやっぱりティランの力を狙ってだよな」

 ティランは眉根を寄せて頷く。

「たぶん、いや、ほぼ確実にそうやろな」
「あの二人はなんなんだ、ティランの過去と何か関係があるのか? ティランが姿を変えてたのって、もしかしてあいつらから逃げる為?」
「さあなあ。ただ見た目をちょっと変えたところで、それに惑わされるような奴らでもなさそうやけど」

 それもそうかと思って、ルフスはなんとなく天井を仰ぐ。
 それからまた思い出す。

「そういやあいつら、あの方がどうとか言ってたよな。役に立つとかどうとか」
「ああ、気に入らんな。ひとを道具みたいに言いよって」

 不機嫌そうに言われ、ルフスはそれきり黙った。
 本当は、気になることはまだある。
 彼らはティランを連れ去ろうとした一方で、ルフスを邪魔者と呼び始末しようとした。あれは英雄王の力を持つルフスを邪魔だと言っていたに違いない。となると解けかかっているという封印と関係があるのだろうということくらいは、ルフスにも予想がつく。
 そうだ。
 だとしたら山吹が何か知っているかもしれない。
 明日聞いてみようと思って、ルフスはベッドに横になった。ティランはまた書き物を始めていた。
 ペンが紙を滑る音が、心地よくルフスの耳に届く。
 閉じた瞼の裏で、何か懐かしいような光景が見えた気がした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

倒したモンスターをカード化!~二重取りスキルで報酬倍増! デミゴッドが行く異世界旅~

乃神レンガ
ファンタジー
 謎の白い空間で、神から異世界に送られることになった主人公。  二重取りの神授スキルを与えられ、その効果により追加でカード召喚術の神授スキルを手に入れる。  更にキャラクターメイキングのポイントも、二重取りによって他の人よりも倍手に入れることができた。  それにより主人公は、本来ポイント不足で選択できないデミゴッドの種族を選び、ジンという名前で異世界へと降り立つ。  異世界でジンは倒したモンスターをカード化して、最強の軍団を作ることを目標に、世界を放浪し始めた。  しかし次第に世界のルールを知り、争いへと巻き込まれていく。  国境門が数カ月に一度ランダムに他国と繋がる世界で、ジンは様々な選択を迫られるのであった。  果たしてジンの行きつく先は魔王か神か、それとも別の何かであろうか。  現在毎日更新中。  ※この作品は『カクヨム』『ノベルアップ+』にも投稿されています。

【講談社大賞受賞作品】私を殺したのは、大魔法使い様ですか?

たんたん
ファンタジー
講談社マンガ原作賞 大賞作品🏆✨ド定番を読み飽きた方にお勧め ⚠️R15作品⚠️ 完結までもう書けてるので、完結保証あり✨️ ⚠️過激表現は付けていませんが、エロティックな結構きわどいシーンがチラホラある作品なので15歳以下の方は読まないでください。 15%の復讐劇、5%の笑い、10%のミステリー、70%のキュンキュン💖を詰め込みました。 【あらすじ】 結婚式当日に何者かに殺された主人公は、赤ちゃんになっていた。 早く大きくなって復讐したいと願っていた矢先に―― 謎のコスプレ集団に誘拐されてしまう。 でも誘拐された先は主人公の知る普通の世界ではなく、魔法が存在する世界が広がっていた。 全寮制の魔法学園に強制入学させられてしまった主人公は、父からの「この学園は表向きは魔法使いを育てる学校で、本来の目的は……」というメッセージに頭を悩ます。 本来の目的を知ることも、学園から脱出することも出来ない。 そんな中で、愛や恋を知らない主人公が成長して行くお話です。 【登場人物】 ・タチバナ・シエル 黒髪 黒目 可愛くて美人 復讐に燃える 学園最弱の魔力の持ち主 ・カミヅキ・ディオン 白銀 切れ長の蒼い目 この世のものとは思えない程の美しい容姿の持ち主 人を簡単に殺しそう、というか既に殺してそう シエルが一番会いたくない奴 ・サオトメ・ロレンツォ ふわっとしたアッシュブラウンの髪に、色素薄めの茶色い目 名家の一人息子 100年に1人の凄い魔力の持ち主 中性的で美しい美貌の持ち主で、学園のアイドル的存在 誰にでも優しい ・ジョウガサキ・アラン 突然転校してきた大阪弁の派手で女慣れしてるチャラいイケメン 元T大の医学部生 見た目とは想像できない程にIQが高く賢い ・今世のシエルの両親 優しく、たっぷりと愛情を与えてくれる親の鏡のような人達 異常な程にシエルの長生きを願う 本棚追加してもらえるとやる気がみなぎります🤗 表紙はpixivにあったフリーアイコンになります。 - ̗̀ 📢💭お知らせ 完結前に加筆修正します。こちらは加筆修正前の作品です。 狂愛 すれ違い 両片想い 両片思い

転生したら悪役令嬢の兄になったのですが、どうやら妹に執着されてます。そして何故か攻略対象からも溺愛されてます。

七彩 陽
ファンタジー
 異世界転生って主人公や何かしらイケメン体質でチートな感じじゃないの!?ゲームの中では全く名前すら聞いたことのないモブ。悪役令嬢の義兄クライヴだった。  しかしここは魔法もあるファンタジー世界!ダンジョンもあるんだって! ドキドキワクワクして、属性診断もしてもらったのにまさかの魔法使いこなせない!?  この世界を楽しみつつ、義妹が悪役にならないように後方支援すると決めたクライヴは、とにかく義妹を歪んだ性格にしないように寵愛することにした。 『乙女ゲームなんて関係ない、ハッピーエンドを目指すんだ!』と、はりきるのだが……。  実はヒロインも転生者!  クライヴはヒロインから攻略対象認定され、そのことに全く気付かず義妹は悪役令嬢まっしぐら!?  クライヴとヒロインによって、乙女ゲームは裏設定へと突入! 世界の破滅を防げるのか!?    そして何故か攻略対象(男)からも溺愛されて逃げられない!? 男なのにヒロインに!  異世界転生、痛快ラブコメディ。 どうぞよろしくお願いします!

逃げるが価値

maruko
恋愛
侯爵家の次女として生まれたが、両親の愛は全て姉に向いていた。 姉に来た最悪の縁談の生贄にされた私は前世を思い出し家出を決行。 逃げる事に価値を見い出した私は無事に逃げ切りたい! 自分の人生のために! ★長編に変更しました★ ※作者の妄想の産物です

チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!

芽狐@書籍発売中
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️ ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。  嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる! 転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。 新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか?? 更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!

辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~

雪月 夜狐
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。 他作品の詳細はこちら: 『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】 『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】 『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】

女子力の高い僕は異世界でお菓子屋さんになりました

初昔 茶ノ介
ファンタジー
昔から低身長、童顔、お料理上手、家がお菓子屋さん、etc.と女子力満載の高校2年の冬樹 幸(ふゆき ゆき)は男子なのに周りからのヒロインのような扱いに日々悩んでいた。 ある日、学校の帰りに道に悩んでいるおばあさんを助けると、そのおばあさんはただのおばあさんではなく女神様だった。 冗談半分で言ったことを叶えると言い出し、目が覚めた先は見覚えのない森の中で…。 のんびり書いていきたいと思います。 よければ感想等お願いします。

惣菜パン無双 〜固いパンしかない異世界で美味しいパンを作りたい〜

甲殻類パエリア
ファンタジー
 どこにでもいる普通のサラリーマンだった深海玲司は仕事帰りに雷に打たれて命を落とし、異世界に転生してしまう。  秀でた能力もなく前世と同じ平凡な男、「レイ」としてのんびり生きるつもりが、彼には一つだけ我慢ならないことがあった。  ——パンである。  異世界のパンは固くて味気のない、スープに浸さなければ食べられないものばかりで、それを主食として食べなければならない生活にうんざりしていた。  というのも、レイの前世は平凡ながら無類のパン好きだったのである。パン好きと言っても高級なパンを買って食べるわけではなく、さまざまな「菓子パン」や「惣菜パン」を自ら作り上げ、一人ひっそりとそれを食べることが至上の喜びだったのである。  そんな前世を持つレイが固くて味気ないパンしかない世界に耐えられるはずもなく、美味しいパンを求めて生まれ育った村から旅立つことに——。

処理中です...