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平穏の終わり
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むかしむかし、アルナイルという大きな国がありました。
アルナイルを治める王様はとても強く、優しく、勇敢だったので、人々からは英雄と呼ばれ、とても慕われていました。
ある日、黒くて恐ろしい闇が現れて、人々に襲いかかってきました。
王様は光の剣を手に闇に立ち向かい、邪悪な者たちは深い深い地の底に封印されました。
子供の頃、英雄や騎士の話が好きだった。
強くて優しいそんな姿に憧れた。
自分も英雄と呼ばれるような存在になりたいと思って、木の棒を振り回して真似事をしたこともあった。
物語に出てくる英雄は心も体も強くて、剣を取り戦っていた。
もう大丈夫だ。そう言って、人々を悪から救って。
そんな風になれたら。
けれど成長する中で理解し、思い知らされる。
物語に描かれるような人間は特別で、特別な力を持つのは、ほんの一握り。選ばれた者だけ。
そしてそれは自分ではない。
落胆することもなく、自然と理解し受け入れていた。
だけど先刻、お前は英雄の魂を継いでいる、お前にはその力があると言われて、ただただ戸惑うばかりだった。
未だに信じられず、なんの冗談かと思う。
だって自分は田舎の村出身で、農作業や家畜の世話やそんなことばかりしていて、他の人よりは少し力が強いかもしれないけれど、それ以外に特別なことは何もない。剣など握ったこともない。
ルフスの戸惑いをよそに、神の御遣いであるという山吹は淡々と告げた。
英雄王の剣を手に入れ、どうかその力で邪悪なるものをうち滅ぼしてくださいませ。
五百年前、英雄と呼ばれたその人が滅することに失敗し、封印したもの。
偉大なる王が手に負えなかったものを、自分が?
そんなことができるのか?
「あなたにはその力があります」
山吹が。
誰もどうにもできなかった呪いをあっさりと解いてしまうような、不思議な力を持つ女性がそう断言した。
吸い込まれそうに美しく冷たく澄んだ、神秘的な二藍色の双眸が、深く覗き込んできて。
今は隣で甘い菓子を黙々と口に運んでいて、その様子はなんだか小動物のようだと思う。
正面の席ではラヴィが何か一生懸命話をしていて、ディアがそれに耳を傾けている。
ティランはまたラータと一緒に外に出て行ってしまった。
ルフスも何となく考えこんでしまっていて、山吹は無言で菓子を食べ続けている。
風があって窓を揺らし、音を立てる。陽射しは穏やかだ。
静かで、平穏だ。
封印が解けかけているとか、英雄の力だとか、そんなものはまるで現実のことではないようだ。
けれど、突然空気が変わった。
皿に伸ばしかけた山吹の指の動きがぴたりと止まる。
わけもわからず胸がざわついて、ルフスは視線をうろつかせる。すると家の外で何か物凄い音が轟いた。扉を開けて、飛び出す。
「ティラン、ラータさ……!?」
口の中に入り込んできた砂ぼこりに激しく噎せ返る。
視界はもうもうと舞う砂に塞がれて、目を開けているのも困難だ。
「みぃつけた」
どこからか聞こえてきたのは面白がるような声だ。高い、女の声だった。
「ダメだよコロネ、壊しちゃったら意味がない」
また別の声がして、それは落ち着いた男のものだった。
風に砂が流され、視界が少しずつはっきりしてくる。
ラータがティランを背に庇い、杖を持つ手を体の前に突き出しているのが見えた。彼らの周りには半円形のうっすらと光る膜のようなものがあって、それが二人を守っているのだとわかった。そして、前方には何か巨大な木の高さ程の化け物がいた。
化け物は、ごつごつとした灰色の岩をいくつも重ねて作られた人形のようだった。その肩に当たる部分に人らしき影が見える。若い女だ。足を組んで座り、こちらを見下ろしている。
女は謝肉祭で着飾った子供たちを思わせる奇抜な格好をしていた。オレンジと黒を基調にした縞模様のカボチャ型の帽子。
それからゆったりと広がった袖と、へその辺りまでしかない短い丈の上衣。太ももが露わになる短いスカート。それらはどちらも黒色だ。そして帽子と同色の膝上まであるソックスと短い茶色のブーツを履いていた。
反対側の肩には、女とそっくりな男がいた。こちらは纏う衣装がすべて黒色だった。魔法使いが着るローブのような、フード付きの長衣に膨らみのある裾のズボン。風にたなびく長いマフラーは、鳥の羽のようだ。
どちらも髪は鮮やかなオレンジ色で、伸びた前髪が、女は左側の、男は右側の目を隠していた。
女の艶やかな唇が笑みを形作る。
「うふふ綺麗な色。そうね、壊さないように大切に持ち帰らなくちゃね」
「そうそう、それと……」
男が視線を動かし、ルフスを見やる。
「厄介者は消しておかなくちゃ」
化け物の手が伸びてくる。
ラータが口早に呪文を唱え、小さな爆発を起こして化け物の手を砕く。小石が地面に散らばり、女が不愉快そうに顔を歪めた。
「いやだ、何するのよ。邪魔するならあなたも消しちゃうわよ? ねえクライ」
女の言葉に、男は黙ってラータを見下ろしていた。
ラータが言う。
「ここは僕の家で、二人は客人なんだ。用があるなら先に僕を通してくれるかな? 君たちは一体何者だ、どうしてこの二人を狙う」
アルナイルを治める王様はとても強く、優しく、勇敢だったので、人々からは英雄と呼ばれ、とても慕われていました。
ある日、黒くて恐ろしい闇が現れて、人々に襲いかかってきました。
王様は光の剣を手に闇に立ち向かい、邪悪な者たちは深い深い地の底に封印されました。
子供の頃、英雄や騎士の話が好きだった。
強くて優しいそんな姿に憧れた。
自分も英雄と呼ばれるような存在になりたいと思って、木の棒を振り回して真似事をしたこともあった。
物語に出てくる英雄は心も体も強くて、剣を取り戦っていた。
もう大丈夫だ。そう言って、人々を悪から救って。
そんな風になれたら。
けれど成長する中で理解し、思い知らされる。
物語に描かれるような人間は特別で、特別な力を持つのは、ほんの一握り。選ばれた者だけ。
そしてそれは自分ではない。
落胆することもなく、自然と理解し受け入れていた。
だけど先刻、お前は英雄の魂を継いでいる、お前にはその力があると言われて、ただただ戸惑うばかりだった。
未だに信じられず、なんの冗談かと思う。
だって自分は田舎の村出身で、農作業や家畜の世話やそんなことばかりしていて、他の人よりは少し力が強いかもしれないけれど、それ以外に特別なことは何もない。剣など握ったこともない。
ルフスの戸惑いをよそに、神の御遣いであるという山吹は淡々と告げた。
英雄王の剣を手に入れ、どうかその力で邪悪なるものをうち滅ぼしてくださいませ。
五百年前、英雄と呼ばれたその人が滅することに失敗し、封印したもの。
偉大なる王が手に負えなかったものを、自分が?
そんなことができるのか?
「あなたにはその力があります」
山吹が。
誰もどうにもできなかった呪いをあっさりと解いてしまうような、不思議な力を持つ女性がそう断言した。
吸い込まれそうに美しく冷たく澄んだ、神秘的な二藍色の双眸が、深く覗き込んできて。
今は隣で甘い菓子を黙々と口に運んでいて、その様子はなんだか小動物のようだと思う。
正面の席ではラヴィが何か一生懸命話をしていて、ディアがそれに耳を傾けている。
ティランはまたラータと一緒に外に出て行ってしまった。
ルフスも何となく考えこんでしまっていて、山吹は無言で菓子を食べ続けている。
風があって窓を揺らし、音を立てる。陽射しは穏やかだ。
静かで、平穏だ。
封印が解けかけているとか、英雄の力だとか、そんなものはまるで現実のことではないようだ。
けれど、突然空気が変わった。
皿に伸ばしかけた山吹の指の動きがぴたりと止まる。
わけもわからず胸がざわついて、ルフスは視線をうろつかせる。すると家の外で何か物凄い音が轟いた。扉を開けて、飛び出す。
「ティラン、ラータさ……!?」
口の中に入り込んできた砂ぼこりに激しく噎せ返る。
視界はもうもうと舞う砂に塞がれて、目を開けているのも困難だ。
「みぃつけた」
どこからか聞こえてきたのは面白がるような声だ。高い、女の声だった。
「ダメだよコロネ、壊しちゃったら意味がない」
また別の声がして、それは落ち着いた男のものだった。
風に砂が流され、視界が少しずつはっきりしてくる。
ラータがティランを背に庇い、杖を持つ手を体の前に突き出しているのが見えた。彼らの周りには半円形のうっすらと光る膜のようなものがあって、それが二人を守っているのだとわかった。そして、前方には何か巨大な木の高さ程の化け物がいた。
化け物は、ごつごつとした灰色の岩をいくつも重ねて作られた人形のようだった。その肩に当たる部分に人らしき影が見える。若い女だ。足を組んで座り、こちらを見下ろしている。
女は謝肉祭で着飾った子供たちを思わせる奇抜な格好をしていた。オレンジと黒を基調にした縞模様のカボチャ型の帽子。
それからゆったりと広がった袖と、へその辺りまでしかない短い丈の上衣。太ももが露わになる短いスカート。それらはどちらも黒色だ。そして帽子と同色の膝上まであるソックスと短い茶色のブーツを履いていた。
反対側の肩には、女とそっくりな男がいた。こちらは纏う衣装がすべて黒色だった。魔法使いが着るローブのような、フード付きの長衣に膨らみのある裾のズボン。風にたなびく長いマフラーは、鳥の羽のようだ。
どちらも髪は鮮やかなオレンジ色で、伸びた前髪が、女は左側の、男は右側の目を隠していた。
女の艶やかな唇が笑みを形作る。
「うふふ綺麗な色。そうね、壊さないように大切に持ち帰らなくちゃね」
「そうそう、それと……」
男が視線を動かし、ルフスを見やる。
「厄介者は消しておかなくちゃ」
化け物の手が伸びてくる。
ラータが口早に呪文を唱え、小さな爆発を起こして化け物の手を砕く。小石が地面に散らばり、女が不愉快そうに顔を歪めた。
「いやだ、何するのよ。邪魔するならあなたも消しちゃうわよ? ねえクライ」
女の言葉に、男は黙ってラータを見下ろしていた。
ラータが言う。
「ここは僕の家で、二人は客人なんだ。用があるなら先に僕を通してくれるかな? 君たちは一体何者だ、どうしてこの二人を狙う」
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