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魔王 十七夜
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和様式。
東の果ての島国にある事物を表す言葉。
それに対してローアルやソレイユなど、大陸の西部に位置する国々のそれらは西洋風、洋式などと言われる。
エルミネアが今いる部屋の様子は、それらとはまた少しだけ異なっていた。
床に敷かれた絨毯は円形模様や幾何学模様が細かく複雑に組み合わされて描かれている。その上に積まれた大量のクッション。これらもまた似た模様の刺繍がなされていて、思い出されるのは昔何かの資料で見かけたどこかの移動民族の民芸品だ。
なのにおかしなことに、壁や柱、天井は和様式のそれで、なんだかとても不釣り合いだと思った。
エルミネアの前には、まるで王族のようにクッションに寄りかかり、くつろぐ男がいた。まっすぐな長い黒髪を一つに束ねた、涼しげな切れ長の目の男。
カナキ。
さっき、エルミネアの視界からシオンが消えたように見えた。だが、消えたのは自分の方だったらしい。
エルミネアは跪き深々と頭を下げる。
「魔術の徒でありながら偉大なる御力に怯み、礼儀を欠いたことを心よりお詫びいたします、魔王陛下」
「やあ、気づいていたか。少々強引で乱暴な招き方をしてしまって済まなかったね。どうぞ楽にして。あのなんだっけ、眼鏡の彼がやってくるまで、少し僕と話でもして待つとしよう。君の見た目からすると、椅子とテーブルの方が落ち着くかい?」
言葉と同時にそれらの家具が現れ、カナキはすでにソファに腰かけた状態だった。
そして思い出したように手をひらめかせて言った。
「ええと、そうそうシオンだ、シオン・アルクトス。あの彼さ、ちょっと厄介なんだよね」
「そうですか? 確かにちょっとクセが強いですけど」
「性格的な話じゃないよ」
にこりと笑ってカナキが言い、向かいでエルミネアが小首をかしげる。カナキは茶器のセットを出して、二つのカップに茶を注ぎ、一つをエルミネアの前に置いた。
「砂糖とミルクはそれ。好きに入れてね」
指し示された白磁のポットの蓋を取ると、中に花の形の砂糖が入っていて、エルミネアは思わずうわ可愛いと呟いていた。
「喜んでもらえてよかった、君はそういうの好きだと思ったんだよ」
「え、え、なんでです?」
エルミネアがびっくりして目を見開き、カナキは何でもないことのようにつらつらと述べた。
「だってほら、その髪留めとか、そのベルトにつけてるポーチの留め具とか、耳飾りとか」
「これなら職場でも大丈夫かなってくらいのさりげないの選んだつもりだったんですけど」
「いいんじゃない? 綺麗なカッコして楽しそうにしてる女の子っていいよねー」
思っていたより随分気さくというか軽いなこの魔王と思って、エルミネアはハッとする。
「と、ところで話を戻しますけど」
「ああそうだ、時間が限られてるんだったな。あの眼鏡くんさ、思考とか精神部分に干渉できないようになっててね」
「え?」
魔王の力が及ばないという事実に、エルミネアはまた驚いた。
シオンは魔法使いでもない、ただの人間のはずだ。
「ほら君も聞いただろ、彼の昔の話」
「盗み聞きですか?」
「あの街、というかこの世界自体が僕の領域だから、その中で起こった出来事はすべて情報として僕のもとに入ることになるんだよ」
それを聞いて魔王というのは世界そのものという解釈があったことを思い出す。
「話を聞いて、ようやく理解したよ。あれは魔王の守護であると。クレピスキュル、夜明け或いは暮れたばかりの空か。あまり仲良くなれそうにはないな」
カナキは面白くなさそうにそう言い、鼻で笑う。
エルミネアも聞いた、薄明の名を冠する王の名。
魔術に携わる身として、魔王と面識があるなんて少し、いや正直なところかなり羨ましいと思った。
だが今エルミネアの目の前には魔王がいる。実際に対面して、思う。
意外と普通だ。
「普通に、気のいいひと、でしたけどね!」
「アルクトスさん!」
エルミネアが叫んで立ち上がる。
引き戸が開いて、全身で息をしながらシオンが入ってきた。やや前かがみで、わき腹を押さえて、痛そうな顔で無理に笑顔を作っているように見えた。
「なんだもう来ちゃったの? せっかく時間稼ぎ用のゲームまで用意してあげたのに」
「玄関のカギになってたあれですか? 一瞬でわかりましたよ」
眼鏡を外して目に入りかけた汗を手の甲で拭い、息を整えてからシオンが言う。
カナキが肩を竦める。
「へえやるじゃないか。問題文、こっちの文字で書いてたはずだけど、いつの間に読めるようになった?」
「いえ、全く読めませんでしたけど」
「読まずに解けたの?」
「あの手のパズルは大抵何をどうすればいいのか決まってますからね」
カナキは口の端を上げるが、目は笑っていなかった。
シオンは自身の頭を指さしながら言った。
「これが俺の唯一の武器なので」
東の果ての島国にある事物を表す言葉。
それに対してローアルやソレイユなど、大陸の西部に位置する国々のそれらは西洋風、洋式などと言われる。
エルミネアが今いる部屋の様子は、それらとはまた少しだけ異なっていた。
床に敷かれた絨毯は円形模様や幾何学模様が細かく複雑に組み合わされて描かれている。その上に積まれた大量のクッション。これらもまた似た模様の刺繍がなされていて、思い出されるのは昔何かの資料で見かけたどこかの移動民族の民芸品だ。
なのにおかしなことに、壁や柱、天井は和様式のそれで、なんだかとても不釣り合いだと思った。
エルミネアの前には、まるで王族のようにクッションに寄りかかり、くつろぐ男がいた。まっすぐな長い黒髪を一つに束ねた、涼しげな切れ長の目の男。
カナキ。
さっき、エルミネアの視界からシオンが消えたように見えた。だが、消えたのは自分の方だったらしい。
エルミネアは跪き深々と頭を下げる。
「魔術の徒でありながら偉大なる御力に怯み、礼儀を欠いたことを心よりお詫びいたします、魔王陛下」
「やあ、気づいていたか。少々強引で乱暴な招き方をしてしまって済まなかったね。どうぞ楽にして。あのなんだっけ、眼鏡の彼がやってくるまで、少し僕と話でもして待つとしよう。君の見た目からすると、椅子とテーブルの方が落ち着くかい?」
言葉と同時にそれらの家具が現れ、カナキはすでにソファに腰かけた状態だった。
そして思い出したように手をひらめかせて言った。
「ええと、そうそうシオンだ、シオン・アルクトス。あの彼さ、ちょっと厄介なんだよね」
「そうですか? 確かにちょっとクセが強いですけど」
「性格的な話じゃないよ」
にこりと笑ってカナキが言い、向かいでエルミネアが小首をかしげる。カナキは茶器のセットを出して、二つのカップに茶を注ぎ、一つをエルミネアの前に置いた。
「砂糖とミルクはそれ。好きに入れてね」
指し示された白磁のポットの蓋を取ると、中に花の形の砂糖が入っていて、エルミネアは思わずうわ可愛いと呟いていた。
「喜んでもらえてよかった、君はそういうの好きだと思ったんだよ」
「え、え、なんでです?」
エルミネアがびっくりして目を見開き、カナキは何でもないことのようにつらつらと述べた。
「だってほら、その髪留めとか、そのベルトにつけてるポーチの留め具とか、耳飾りとか」
「これなら職場でも大丈夫かなってくらいのさりげないの選んだつもりだったんですけど」
「いいんじゃない? 綺麗なカッコして楽しそうにしてる女の子っていいよねー」
思っていたより随分気さくというか軽いなこの魔王と思って、エルミネアはハッとする。
「と、ところで話を戻しますけど」
「ああそうだ、時間が限られてるんだったな。あの眼鏡くんさ、思考とか精神部分に干渉できないようになっててね」
「え?」
魔王の力が及ばないという事実に、エルミネアはまた驚いた。
シオンは魔法使いでもない、ただの人間のはずだ。
「ほら君も聞いただろ、彼の昔の話」
「盗み聞きですか?」
「あの街、というかこの世界自体が僕の領域だから、その中で起こった出来事はすべて情報として僕のもとに入ることになるんだよ」
それを聞いて魔王というのは世界そのものという解釈があったことを思い出す。
「話を聞いて、ようやく理解したよ。あれは魔王の守護であると。クレピスキュル、夜明け或いは暮れたばかりの空か。あまり仲良くなれそうにはないな」
カナキは面白くなさそうにそう言い、鼻で笑う。
エルミネアも聞いた、薄明の名を冠する王の名。
魔術に携わる身として、魔王と面識があるなんて少し、いや正直なところかなり羨ましいと思った。
だが今エルミネアの目の前には魔王がいる。実際に対面して、思う。
意外と普通だ。
「普通に、気のいいひと、でしたけどね!」
「アルクトスさん!」
エルミネアが叫んで立ち上がる。
引き戸が開いて、全身で息をしながらシオンが入ってきた。やや前かがみで、わき腹を押さえて、痛そうな顔で無理に笑顔を作っているように見えた。
「なんだもう来ちゃったの? せっかく時間稼ぎ用のゲームまで用意してあげたのに」
「玄関のカギになってたあれですか? 一瞬でわかりましたよ」
眼鏡を外して目に入りかけた汗を手の甲で拭い、息を整えてからシオンが言う。
カナキが肩を竦める。
「へえやるじゃないか。問題文、こっちの文字で書いてたはずだけど、いつの間に読めるようになった?」
「いえ、全く読めませんでしたけど」
「読まずに解けたの?」
「あの手のパズルは大抵何をどうすればいいのか決まってますからね」
カナキは口の端を上げるが、目は笑っていなかった。
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