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籠鳥
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八年。
ラムダが幽閉されていた時間だ。
七歳の頃に背中に痣が現れ、まだ幼く訳もわからないまま連れて来られた。
神殿から外に出ることは許されず、建物内の限られた空間での生活を強いられた。与えられた部屋の扉には格子が嵌められ、常に誰かに監視されていた。
それでもまだ自由があるほうなんだぜ?
教えてくれたのは、ラムダの見張りを任されていた神殿兵のうちの一人だった。若い男で、昔は父親や曾祖父も神殿に仕えていたらしく、彼の曽祖父が神官であった時代、忌み子は牢の中で一生を過ごしていたそうだ。上の方々の恩情で随分待遇が改善されたのだと、そう言っていた。
だからその恩に報いるためにも、ちったぁ役に立てよ坊主。
ラムダの肩に手を置いて、見張りの男は言った。
食事に困ることはなかった。
ベッドは清潔で、風呂もある。本や菓子等、望めば手に入った。
過去に比べれば自由も多くて、自分はずっと恵まれているのだと。
村で暮らすよりはずっと豊かな暮らしができているのだと。
幸せなんだと思っていた。
それでも―――
変化が訪れたのは二年前。
いつものように自室で本を読んでいると、滅多にない来客があった。格子越しに見えたのは、神官服に身を包んだ妹だった。
狼の印が体に現れ、神殿に召されることになったのだと妹は説明してくれた。
それから妹は毎日のように、ラムダの元を訪れた。
周囲の人々のこと、その日にあったこと、勉強のこと、修行のこと、何でも話してくれた。
両親のいないラムダにとって、妹は唯一の家族。
忌み子として神殿に召される時には、村の長が引き取ってくれた。
二度と会うことは叶わないだろうとそう思っていた。
もう一度会えるなんて夢にも思わなかった。
ところが、その妹がある日を境に姿を見せなくなった。
ここ数日見ていないが、何かあったのだろうか。勉強や修行で忙しいという理由であればいいが、体調を崩してはいないだろうかと気を揉むばかりの日々がしばらく続いた。
見張りの兵や神官に尋ねても、
お前には関係のないことだ。
と、皆口をそろえて言うばかりであった。
そんな時、見張りの兵達のひそひそ話す声が耳に届いた。
聞いたか、神子様が姿をくらまされたそうだ。
ああ、ここ数日お見掛けしないと思っていたら……そういえばこの前、賊が侵入しただろう? まさか……
賊は東の国の刺客だとか森の南の廃村を根城にする盗賊だとか噂が囁かれ、その真偽は定かでなかったが、妹が神殿にいないことだけは事実なようであった。
手掛かりといえば、聞こえてきた不確かな噂話のみ。
それでも何もしないでいるよりは、ましだった。
明るく、優しく、少し臆病なところのあるあの子が、どこかで恐ろしい目にあっているのかもしれないと思うと、いてもたってもいられなかった。
しかし忌み子は神殿から外に出ることを許されない。
逃げ出そうにも、常に誰かに見張られている。
八方ふさがりのラムダの前に現れたのがヘビだった。
「いいか、テメェが今思うとおりにできてンのはこのオレのおかげだ。それを忘れんじゃねぇ」
「うん、わかってるよ。ヘビのおかげで神殿から出られた。こうして自由に、テラを探すことができてるのはヘビが力を貸してくれるから」
「わかってるンならいいんだよ、わかってるンなら。それに比べてあのクソアマ」
「もういいじゃない、ヘビって結構根に持つタイプだよね」
服の胸元を整えながら、ラムダが言った。
いいわけあるかと舌打ち混じりの声が返ってくる。
ラムダは地面に置いた小刀を取る。
「もう出発すンのか?」
「うん、急がなきゃ」
森を南方に向かって歩く。
その先には廃れた村の跡があり、今では盗賊の根城になっているという。
盗賊の仕業か、それとも東の奴らに攫われたのか。
神殿兵達の話に出てきた根拠のない話。ただの憶測かもしれない。だが今ラムダが持つ手掛かりはそれだけだ。
それに近頃現れるようになったという盗人の集団は、街道や町で人を襲っては女子供を攫うのだという。確かめるだけの価値はある。
もしそこで妹が見つからなければ、次は東の国を目指すまでだ。
寂れているとはいっても、殆どの家屋は形を失っておらず、元は酒場であったらしいその建物に橙の光が灯っているのを見つけた。
内側からは人の声がする。
朽ちた板戸を押し開くと、珍客の姿に盗賊たちは目を丸くし、それからゲラゲラと笑い始めた。
男ばかり、ざっと二十人はいる。
「なんだ嬢ちゃん、こんな時間に物騒じゃないかい?」
杯を手に、赤ら顔の男がラムダの肩に手を置いて言った。
ラムダはちらりとその手を一瞥すると、室内にいる盗賊たちを見回して言う。
「女の子を探してる。年は十三で、神殿に仕えていた。あんたたちが攫ったというのは本当か?」
「え、お前、男か?」
肩を掴んだ男がちょっとびっくりした顔になる。
別の男が杯を置き、ニヤついた顔でラムダに近づいてきて言う。
「おう小僧。そいつはお前の恋人かなんかか? 悪いが、攫った人間のことなんていちいち覚えちゃいねぇよ。何せ女も子どもも腐るほど攫った。そいつらはみんな売り飛ばしたり殺したりで、ここにゃもういねぇ。その中にお前の探してるガキもいたかもしれんが、確かめようがねぇよ」
どっと沸き立つように男たちが笑った。
ただ一人を除いて。
先程まで饒舌だった男が息を呑み、瞠目したまま固まっている。
男の喉元には刃が突きつけられていた。
周囲の者たちは遅れてどよめく。少年の俊敏な動きを、その目で捉えることができた者はこの場にいなかった。子ども一人と、侮っていた大人たちは途端に身構える。
「答えろ、神殿に侵入したのはお前たちか。そこで人攫いをしたのか」
「……ッのガキ」
絞り出すような声で、男が言った。
だが、自分を見上げる少年の瞳を見て、思わず怯む。
睨まれているわけではない。ただ、向けられるだけの視線。だがその目に、温度はなかった。片側だけの深紅の瞳と、作り物めいた美しさが余計に不気味さを引き立たせている。
奇妙に静まり返った空間を、振動と衝撃が襲ったのはその直後のことだった。
ラムダが幽閉されていた時間だ。
七歳の頃に背中に痣が現れ、まだ幼く訳もわからないまま連れて来られた。
神殿から外に出ることは許されず、建物内の限られた空間での生活を強いられた。与えられた部屋の扉には格子が嵌められ、常に誰かに監視されていた。
それでもまだ自由があるほうなんだぜ?
教えてくれたのは、ラムダの見張りを任されていた神殿兵のうちの一人だった。若い男で、昔は父親や曾祖父も神殿に仕えていたらしく、彼の曽祖父が神官であった時代、忌み子は牢の中で一生を過ごしていたそうだ。上の方々の恩情で随分待遇が改善されたのだと、そう言っていた。
だからその恩に報いるためにも、ちったぁ役に立てよ坊主。
ラムダの肩に手を置いて、見張りの男は言った。
食事に困ることはなかった。
ベッドは清潔で、風呂もある。本や菓子等、望めば手に入った。
過去に比べれば自由も多くて、自分はずっと恵まれているのだと。
村で暮らすよりはずっと豊かな暮らしができているのだと。
幸せなんだと思っていた。
それでも―――
変化が訪れたのは二年前。
いつものように自室で本を読んでいると、滅多にない来客があった。格子越しに見えたのは、神官服に身を包んだ妹だった。
狼の印が体に現れ、神殿に召されることになったのだと妹は説明してくれた。
それから妹は毎日のように、ラムダの元を訪れた。
周囲の人々のこと、その日にあったこと、勉強のこと、修行のこと、何でも話してくれた。
両親のいないラムダにとって、妹は唯一の家族。
忌み子として神殿に召される時には、村の長が引き取ってくれた。
二度と会うことは叶わないだろうとそう思っていた。
もう一度会えるなんて夢にも思わなかった。
ところが、その妹がある日を境に姿を見せなくなった。
ここ数日見ていないが、何かあったのだろうか。勉強や修行で忙しいという理由であればいいが、体調を崩してはいないだろうかと気を揉むばかりの日々がしばらく続いた。
見張りの兵や神官に尋ねても、
お前には関係のないことだ。
と、皆口をそろえて言うばかりであった。
そんな時、見張りの兵達のひそひそ話す声が耳に届いた。
聞いたか、神子様が姿をくらまされたそうだ。
ああ、ここ数日お見掛けしないと思っていたら……そういえばこの前、賊が侵入しただろう? まさか……
賊は東の国の刺客だとか森の南の廃村を根城にする盗賊だとか噂が囁かれ、その真偽は定かでなかったが、妹が神殿にいないことだけは事実なようであった。
手掛かりといえば、聞こえてきた不確かな噂話のみ。
それでも何もしないでいるよりは、ましだった。
明るく、優しく、少し臆病なところのあるあの子が、どこかで恐ろしい目にあっているのかもしれないと思うと、いてもたってもいられなかった。
しかし忌み子は神殿から外に出ることを許されない。
逃げ出そうにも、常に誰かに見張られている。
八方ふさがりのラムダの前に現れたのがヘビだった。
「いいか、テメェが今思うとおりにできてンのはこのオレのおかげだ。それを忘れんじゃねぇ」
「うん、わかってるよ。ヘビのおかげで神殿から出られた。こうして自由に、テラを探すことができてるのはヘビが力を貸してくれるから」
「わかってるンならいいんだよ、わかってるンなら。それに比べてあのクソアマ」
「もういいじゃない、ヘビって結構根に持つタイプだよね」
服の胸元を整えながら、ラムダが言った。
いいわけあるかと舌打ち混じりの声が返ってくる。
ラムダは地面に置いた小刀を取る。
「もう出発すンのか?」
「うん、急がなきゃ」
森を南方に向かって歩く。
その先には廃れた村の跡があり、今では盗賊の根城になっているという。
盗賊の仕業か、それとも東の奴らに攫われたのか。
神殿兵達の話に出てきた根拠のない話。ただの憶測かもしれない。だが今ラムダが持つ手掛かりはそれだけだ。
それに近頃現れるようになったという盗人の集団は、街道や町で人を襲っては女子供を攫うのだという。確かめるだけの価値はある。
もしそこで妹が見つからなければ、次は東の国を目指すまでだ。
寂れているとはいっても、殆どの家屋は形を失っておらず、元は酒場であったらしいその建物に橙の光が灯っているのを見つけた。
内側からは人の声がする。
朽ちた板戸を押し開くと、珍客の姿に盗賊たちは目を丸くし、それからゲラゲラと笑い始めた。
男ばかり、ざっと二十人はいる。
「なんだ嬢ちゃん、こんな時間に物騒じゃないかい?」
杯を手に、赤ら顔の男がラムダの肩に手を置いて言った。
ラムダはちらりとその手を一瞥すると、室内にいる盗賊たちを見回して言う。
「女の子を探してる。年は十三で、神殿に仕えていた。あんたたちが攫ったというのは本当か?」
「え、お前、男か?」
肩を掴んだ男がちょっとびっくりした顔になる。
別の男が杯を置き、ニヤついた顔でラムダに近づいてきて言う。
「おう小僧。そいつはお前の恋人かなんかか? 悪いが、攫った人間のことなんていちいち覚えちゃいねぇよ。何せ女も子どもも腐るほど攫った。そいつらはみんな売り飛ばしたり殺したりで、ここにゃもういねぇ。その中にお前の探してるガキもいたかもしれんが、確かめようがねぇよ」
どっと沸き立つように男たちが笑った。
ただ一人を除いて。
先程まで饒舌だった男が息を呑み、瞠目したまま固まっている。
男の喉元には刃が突きつけられていた。
周囲の者たちは遅れてどよめく。少年の俊敏な動きを、その目で捉えることができた者はこの場にいなかった。子ども一人と、侮っていた大人たちは途端に身構える。
「答えろ、神殿に侵入したのはお前たちか。そこで人攫いをしたのか」
「……ッのガキ」
絞り出すような声で、男が言った。
だが、自分を見上げる少年の瞳を見て、思わず怯む。
睨まれているわけではない。ただ、向けられるだけの視線。だがその目に、温度はなかった。片側だけの深紅の瞳と、作り物めいた美しさが余計に不気味さを引き立たせている。
奇妙に静まり返った空間を、振動と衝撃が襲ったのはその直後のことだった。
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