81 / 84
番外編
とある忠臣の回想録1『忠臣と王となる子供の邂逅』
しおりを挟む書いてみたら、とても長くなってしまったので三話に分けます。
このお話だけ、書き方がちょっと変わっています。
宰相が誰かに語りかけているような形式です。
***
──ああ、お久し振りでございますね。
このような見苦しい姿で申し訳ありません。
事前にお伝えした通り、少しばかり私めの昔語りにお付き合い願えますかな?
あなたも聞いた事がある話があるかもしれませんが。
──恐らくは、最期の機会です。私も順を追って思い返したいのです。
***
「私が王子殿下の教育係に、ですか?」
私がラームニード様と関わりを持ったのは、あの方の教育係として任じられた事がきっかけでした。
まあ、これでも遠いとはいえ王家の血が流れるロージリエ公爵家の人間であり、自分で言うのもなんですが、そこそこ評判の良い文官でした。
王族の教育を任されても、おかしくはありません。
ですが、私は念の為に当時の国王陛下──ニルレド様に問いました。
「私は構いませんが……王妃陛下はこの事をご存知でいらっしゃいますか?」
当時、既に国王夫妻の不仲は王宮内では周知の事実となっておりました。
何故なら、王妃陛下──へレーニャ様は初夜の褥を共にした後に号泣し、やがて孕んだ際にも大暴れ。
嬉し泣きであれば良かったのかもしれませんが……「嫌よ、嫌よこんなの!」と完全拒絶の構えです。
そこまでされてもニルレド様はへレーニャ様を愛しておられたのですから、恋情とは難儀なものです。
そして、ご自身のご実家近くに建てられた離宮で御子を出産した後は産後の肥立ちが悪く、その後も体調が回復しないとして未だ王宮には戻られていません。
時たま王宮に帰られても、直ぐに離宮へと戻られて行く。その繰り返しです。
ニルレド様は足繁く離宮に通ってはいたそうですけれど……まあ、夫婦になった後も悲しい片思いが続いていたという訳です。
ニルレド様はこう仰いました。
「へレーニャは知らぬ。だが……恐らくはどうでも良い。好きにせよと言うだろう」
やはり、ニルレド様の独断だったのです。
へレーニャ様は生まれた御子の事は顔も見たくないご様子だったとか。
この子だけ居れば満足だろうと、一人の乳母に任せて馬車で王宮に送り付けて来る程です。生まれた我が子に興味すら抱いていらっしゃらなかったのです。
乳母……ええ、勿論、後に侍女長になるあのカロイエですよ。カロイエも困り顔でした。
少し迷って、私は教育係になる事を了承しました。
流石の国王陛下も罪悪感を抱いていらっしゃったのでしょう。
元々そこまで身体が強くないお方でしたし、「どうか、ラームニードを頼む」と何度も念を押されました。
───その時は、まさかここまで長く深い付き合いになろうとは思いもしていなかったのですがねぇ。
「よろしくおねがい、します」
「王子殿下、私はシルレアンと申します」
「しうれあん……?」
「シルレアンです」
「しうれあん!」
そして出会った王子殿下──ラームニード様はとても素直で可愛らしい御子でした。
……ええ、素直で可愛らしかったのですよ。今では少し信じられないでしょうが。
正直な事を言えば、今でも私にとっては素直で可愛らしい方ですがね。
ラームニード様は、とても利発な方でした。
打てば響くと言えば良いのでしょうか。教える側にとっては、とても良い生徒でした。
それと同時に、時たま不思議な事を仰るお方でもありました。
「あのひと、わらっているのにおこってる。こわい」
どうやら、他者の感情をとても敏感に感じ取っているご様子でした。
一度、聞いてみた事があるのです。何故、そう思うのかと。
「ようせいさんが、おしえてくれるんだ」
まあ、その事は成長する内に自然と言わなくなりました。
子供時代の特有の『何か』が見えていたのでしょうか。
他者の感情に敏感なのは大人になってからも変わらなかった……というよりも更に詳細に感じ取れるようになられたような気がするので、何かが本当にあるのかもしれません。
月日が経つに従い、呼び名が『しうれあん』から『シルレアン』に変わり、背丈もどんどん大きくなっていかれました。
「いつか、母上に褒めてもらうんだ」
あの頃のラームニード様は、いつもそう言って勉学に励まれていらっしゃいました。
私も……乳母だったカロイエも、いつも心を痛めておりました。
恐らく、その健気な想いをお母上が受け取る事はあるまい。そう、察していたからです。
そんな折、とうとう離宮からヘレーニャ様が王宮に帰還するという知らせを受けました。
──離宮に滞在していた数年の内に産んだ弟君を連れて。
「母上、久方振りに存じます。ご無事に戻られたようで何よりです」
数年振りの親子の再会の筈でした。
それにも関わらず、へレーニャ様は見事に挨拶をこなしたラームニード様を一瞥しただけでその場を後にしたのです。
「トロンジット、こちらにいらっしゃい。あなたは王宮に来るのは初めてですからね。色々見せたいものがあるの」
幼い弟君──トロンジット様には蕩けるほどの笑みを見せていたのにも関わらず!!
目の前が真っ赤に染まったような気持ちでした。噛み締めた唇に、いつしか血の味が滲んでいた程です。
ラームニード様の苦難は、ここから始まりました。
へレーニャ様はこの国で国王陛下の次に権力を握っているお方です。
王妃である事は勿論の事、ご実家である侯爵家も支持基盤の筆頭であるロンドルフ公爵家も飛ぶ鳥を落とす勢いがあったのです。
そして、惚れた弱みとでも言うのでしょうか。ニルレド様は実質へレーニャ様の意に背く事が出来ません。
そのへレーニャ様が、ラームニード様を疎んでいる。
そうなると、どうなるでしょう。
勿論、追従してくる輩が現れる訳ですよ。
唯一救いだったのは……弟君──トロンジット様がラームニード様を慕って下さった事でしょうか。
「あにうえ……とおよびしてもいいですか。いっしょにあそびましょう!」
愛くるしいお顔と幼い見た目に似合わず、護衛を撒いてラームニード様の宮に突撃して来るような行動的なお方でした。
その時は、何故か突然の弟の訪問に困惑していたラームニード様の方が叱られてしまったので、それからは護衛を撒かず、堂々と我が儘を言ってラームニード様の宮を訪ねていらっしゃったようです。
何とも図太……いえ、大胆なお方でした。
ラームニード様に無礼な態度を取った護衛を叱り付け、お母上がラームニード様を軽んじたと知れば飛んで行って真っ向から抗議する。
見た目はまるで清廉な聖人のようなのに、中身は一番槍を狙う猛将のような苛烈さを持った御仁でした。
当時から、怒らせたらラームニード様よりも頑固で面倒な方だと思っていましたよ、私は。
え? ラームニード様はそこまでの事は言ってなかった?
……兄君の前では、少し猫を被っておられたんですよ。実の所。
まあ、始まりは少しアレでしたが、それでもご兄弟の交流はとても和やかなものだったように思います。
互いに読んだ本を薦めてみたり、勉強してみたり、庭園で遊んだり、盤上遊戯を楽しんでみたり。
そうそう、丁度その辺りですね。
まだ新米騎士だったアーカルドが、ラームニード様の護衛騎士を務めるようになったのは。
二人の元気な王子殿下に振り回され、いつも途方に暮れたような顔をしておりました。
……途方に暮れたような顔は、ここ数年でも割としていますね。父親になったのだから、もう少ししっかりとして欲しいものです。
0
お気に入りに追加
44
あなたにおすすめの小説
美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛
らがまふぃん
恋愛
こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。
*らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。
溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~
夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」
弟のその言葉は、晴天の霹靂。
アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。
しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。
醤油が欲しい、うにが食べたい。
レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。
既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・?
小説家になろうにも掲載しています。
愛すべきマリア
志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。
学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。
家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。
早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。
頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。
その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。
体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。
しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。
他サイトでも掲載しています。
表紙は写真ACより転載しました。
困りました。縦ロールにさよならしたら、逆ハーになりそうです。《改訂版》
新 星緒
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢アニエス(悪質ストーカー)に転生したと気づいたけれど、心配ないよね。だってフラグ折りまくってハピエンが定番だもの。
趣味の悪い縦ロールはやめて性格改善して、ストーカーしなければ楽勝楽勝!
……って、あれ?
楽勝ではあるけれど、なんだか思っていたのとは違うような。
想定外の逆ハーレムを解消するため、イケメンモブの大公令息リュシアンと協力関係を結んでみた。だけどリュシアンは、「惚れた」と言ったり「からかっただけ」と言ったり、意地悪ばかり。嫌なヤツ!
でも実はリュシアンは訳ありらしく……
義母様から「あなたは婚約相手として相応しくない」と言われたので、家出してあげました。
新野乃花(大舟)
恋愛
婚約関係にあったカーテル伯爵とアリスは、相思相愛の理想的な関係にあった。しかし、それを快く思わない伯爵の母が、アリスの事を執拗に口で攻撃する…。その行いがしばらく繰り返されたのち、アリスは自らその姿を消してしまうこととなる。それを知った伯爵は自らの母に対して怒りをあらわにし…。
【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜
鈴木 桜
恋愛
貧乏男爵の妾の子である8歳のジリアンは、使用人ゼロの家で勤労の日々を送っていた。
誰よりも早く起きて畑を耕し、家族の食事を準備し、屋敷を隅々まで掃除し……。
幸いジリアンは【魔法】が使えたので、一人でも仕事をこなすことができていた。
ある夏の日、彼女の運命を大きく変える出来事が起こる。
一人の客人をもてなしたのだ。
その客人は戦争の英雄クリフォード・マクリーン侯爵の使いであり、ジリアンが【魔法の天才】であることに気づくのだった。
【魔法】が『武器』ではなく『生活』のために使われるようになる時代の転換期に、ジリアンは戦争の英雄の養女として迎えられることになる。
彼女は「働かせてください」と訴え続けた。そうしなければ、追い出されると思ったから。
そんな彼女に、周囲の大人たちは目一杯の愛情を注ぎ続けた。
そして、ジリアンは少しずつ子供らしさを取り戻していく。
やがてジリアンは17歳に成長し、新しく設立された王立魔法学院に入学することに。
ところが、マクリーン侯爵は渋い顔で、
「男子生徒と目を合わせるな。微笑みかけるな」と言うのだった。
学院には幼馴染の謎の少年アレンや、かつてジリアンをこき使っていた腹違いの姉もいて──。
☆第2部完結しました☆
「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~
卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」
絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。
だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。
ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。
なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!?
「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」
書き溜めがある内は、1日1~話更新します
それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります
*仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。
*ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。
*コメディ強めです。
*hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!
【完結済】姿を偽った黒髪令嬢は、女嫌いな公爵様のお世話係をしているうちに溺愛されていたみたいです
鳴宮野々花@軍神騎士団長1月15日発売
恋愛
王国の片田舎にある小さな町から、八歳の時に母方の縁戚であるエヴェリー伯爵家に引き取られたミシェル。彼女は伯爵一家に疎まれ、美しい髪を黒く染めて使用人として生活するよう強いられた。以来エヴェリー一家に虐げられて育つ。
十年後。ミシェルは同い年でエヴェリー伯爵家の一人娘であるパドマの婚約者に嵌められ、伯爵家を身一つで追い出されることに。ボロボロの格好で人気のない場所を彷徨っていたミシェルは、空腹のあまりふらつき倒れそうになる。
そこへ馬で通りがかった男性と、危うくぶつかりそうになり──────
※いつもの独自の世界のゆる設定なお話です。何もかもファンタジーです。よろしくお願いします。
※この作品はカクヨム、小説家になろう、ベリーズカフェにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる