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第三章 カーテンコールまで駆け抜けろ
76、カーテンコール
しおりを挟む夜明けも待たずに、ユーレイアを始めとした聖国使節団一同は王宮を後にした。
勿論、縁談の話も丁重に取り下げられた。
「全裸の呪いはわたくしには無理です……」
彼女はは既に王国への害意は無いようで、どこか殊勝な態度だった。
話に聞くのと実際に目の当たりにするのでは、インパクトが格段に違ったらしい。
その他の聖国の面々も、すっかり大人しくなっている。
出発前にユーレイアはこう語った。
どうやら聖国では聖教会や聖女を信奉しない人間が徐々に──特に若年層程、増えてきているらしい。
件の婚約破棄はその最たるものだ。
神への誓いである婚約の儀を軽んじ、神の代弁者である聖女をただの占い師や医者であるかのように扱う。
国民の宗教離れに危機感を覚えた結果、考えられたのが今回のラームニードへの婚姻の申し込みだ。
聖女への信仰心が薄れた人々の理由の一つに、王国の魔道具があった。
王国と交流を持つ上で、聖女の力に匹敵する奇跡を起こすそれらを目にした人々は、聖女とそれを仰ぐ聖教会は本当に特別な存在なのだろうか、と疑問を抱いたのだ。
「ですが、それもわたくし達の傲慢ゆえ……。主は驕れるわたくし達を戒める為に、託宣を下されたのでしょう」
今回の件で、聖国はもう二度と王国の起源を主張出来はしないだろう。
聖女が魔女に負けたと公になれば、余計に聖女の求心力が落ちてしまう。
この事実を公にしないという聖国との取引で、交易に関する幾つかの有利な条件を結ぶ事が出来て、宰相はホクホク顔だった。
ユーレイア達のその後は、知る由もない。
どちらにしろ、守護の結界の影響とはいえ、失態を犯して国に逃げ帰った彼女達は厳しい立場に置かれる事だろう。
彼女のその後についての詳細は王国には伝わってきてはいないが、真実を知る聖女として聖教会の改革に乗り出したとも、結婚して二度と表舞台には出て来なかったとも言われている。
***
「俺は、カルム子爵令嬢リューイリーゼを妻にする」
そんなこんなでリューイリーゼを妻にする事を公言したラームニードであったが、二人の婚約は思いがけず祝福された。
事前に聞いていた宰相と王付きは勿論の事ではあるが、まさかの全裸対策会議に参加していた上層部の面々も諸手を上げて喜んでいた。
それは、彼らのラームニードに対しての心象が徐々に変わっていた事も一つの要因だっただろう。
ラームニードは元王妃派閥であったリストラット家の娘アリーテを王付きとして側に置き、更には己の忠臣であるアーカルドとの婚約を認めている。
その全てが、ラームニードを誤解していた者達に、大きな衝撃を齎していた。
てっきりラームニードが元王妃派閥の者を目の敵にして遠ざけ、己を支持する者のみに利を配っていると思っていたのだ。
しかし、実の所はそうではなく、たとえ元王妃派閥の人間であろうとも能力がある者は認めるし、忠実な者は重宝している。
ラームニードは言われている程冷酷無比な暴君ではないのではないか。
実際関わってみると、そこまで無茶な事は言わないし。確かに暴言は凄いけど。
そんな論調が高まっていた矢先の、このラームニードの結婚話である。
「あの陛下が結婚を考えるとは思わなかったですし……」
「正直、直系の血が絶えるのではないかと危惧していました」
「あの陛下を『全裸の嘘発見器』って呼んでもクビにされない方なのですよ? そんな稀有な存在、そうそう居るものではないですよ」
「陛下を上手く扱える方ですから、そんな方が王妃になって下さるのであれば、こちらも物凄く助かります。色々な意味で」
あのパーティー会場でも、リューイリーゼは見事にラームニードの怒りを抑えてみせた。
彼の怒りをすぐさま笑いへと転じた彼女ならばと、リューイリーゼを認める声は思いの外多かった。
そして、それでも不満が残る人々の前で、ラームニードはこう宣誓した。
「リューイリーゼを妻に出来るのなら、どうしても必要に迫られた時以外は公務中に呪いは発動させない」
どうしても必要に迫られた時というのは、例の『全裸の嘘発見』が必要になった時や、聖女へそうしたようにある種の罰のような形で使う時のことである。
結局、ラームニードの呪いを解呪する方法は見つからなかった。
結婚を認める事で呪いが抑えられるのなら……と反対していた人々は渋々認めざるを得なかった。
リューイリーゼは一つだけ気になった事がある。
「『公務中に』って事は、私的な時には発動させても大丈夫って事ですか?」
宰相はこう答えた。
「流石に公務中は困りますが、私的な時間に服をハジけさせるのなら、それはもうそういう趣味のようなものなのでしょうし、まあ好きにすれば良いのではないかなと思いまして……」
(陛下、露出狂のように思われていますが、それは良いのでしょうか……)
リューイリーゼは宰相の答えを、そっと心の中に仕舞っておく事にした。
知らない方が良い事もある。これはきっとそういう事だ。
また、リューイリーゼの身分について煩く言う者も居たものの、これは直ぐに解決した。
ロンドルフ公爵家が、リューイリーゼを養女として受け入れると表明したのである。
「もしかして、あの時の顔合わせって……」
「そういう思惑に巻き込むなら、自分の目で確認させろと煩かったんだ」
「今更気付いたの? 『私の娘だ』って言っただろう?」
初めからそれを加味しての事だったのか、と恐る恐る尋ねれば、ラームニードとレジスは揃って悪戯げな笑みを浮かべてみせる。
その表情は、並べてみると驚く程よく似ていた。
***
この一連の出来事に一番驚いたのは、カルム子爵家の人々だっただろう。
突然王宮に呼び出されたカルム子爵夫妻とジュリオンは、ラームニードがリューイリーゼを娶るつもりであり、その為にロンドルフ公爵家が養女として迎える予定だという事を聞かされ、それは驚いた。
……それも、一瞬だけだったが。
「はっはっは、流石は我が娘! いつも斜め上を行く」
「あらまあ、リューイリーゼちゃん王妃になるの、凄いわねぇ」
「ええ……、望まれるのが嬉しいって、そういう事……?」
カルム子爵家の人々は割と直ぐに受け入れたし、それぞれ違った方向に図太かった。
父は豪快に笑い飛ばし、母はおっとりと全然驚いてもいない口調でニコニコと笑って。
弟だけは初めは困惑していたが、その内にカルム・レースを大々的に宣伝するチャンスだと理解したのだろう。静かに拳を突き上げていた。
「お前の家族だと言われて、物凄く納得する」
そうしみじみとラームニードに評されて、リューイリーゼは気不味げに視線を逸らした。
確かに側から見ると、変わり者一家と呼ばれても仕方がない反応かもしれない。
「念の為お伺いしますが……本当にうちの子で宜しいので?」
「リューイリーゼで良い訳ではない。リューイリーゼが良いのだ」
そうキッパリと言い切ったラームニードに、リューイリーゼの頬が真っ赤に染まる。
そんな彼女を見て、カルム子爵家一行は顔を見合わせて喜んだ。
「本当は少しだけ心配していたのですが、……娘が幸せそうで安心しました。どうか、娘をよろしくお願い致します」
「リューイリーゼちゃん、たとえ公爵家に行っても、あなたが私達の可愛い娘である事に変わりはないわ。幸せになってね」
「結婚式のドレスには、是非ともカルム・レースを使ってね。姉さんの為なら、子爵領の皆も張り切って針を刺すさ」
ラームニード王の結婚式で王妃リューイリーゼが着たドレスとヴェールは、社交界の話題となった。
ドレスとヴェールに揃いで施された刺繍は、裾になる程細かく繊細で、淡く不思議な光を放つ様はまさに幻想的といって良い程の出来だった。
また、当の国王夫妻がとても仲睦まじい結婚生活を送っている事も関係して、『幸せな花嫁になれる』というカルム子爵領に伝わる言い伝えも大々的に広まり、いつしかカルム・レースはウエディングドレスの代名詞だとまで言われるようになっていた。
式の直後から注文が殺到し、何年か先まで予約が埋まった事に、ジュリオンは嬉しい悲鳴を上げていた。
──そして、月日はまるで流星の如く流れていく。
「ねえ、ははうえ。ながれぼしはどこですか?」
「ほら、ガーティ、お空ばかり見ていないで、足元もちゃんと見なさい。転んでしまうわ」
ドレス姿の茶髪の女性の周囲を、茶髪の男の子がちょこまかと動き回っている。
ラームニードが抱えているのは、金髪の女の子の赤ん坊だ。まだ話す事が出来ない彼女は目をキラキラと輝かせて、夜空に向かって必死に手を伸ばしていた。
愛しい妻と、愛しい子供達。
何よりも愛すべき家族の姿に、ラームニードは優しい微笑みを浮かべる。
妻が頭上に流れる星に気付いて、こちらを振り返って笑った。
「ほら、ラームニード様。流星が今年も綺麗ですよ!」
***
かつて、フェルニス王国に『全裸王』と呼ばれた王が居たという。
一時期暴君とまで呼ばれたが、後に王妃となった女性と出会ってからは心を入れ替え、やがては賢君だと呼ばれるまでになった。
フェルニス王国では『暴虐な王と侍女の身分違いの恋物語』として有名な話である。
ただ、彼が何故『全裸王』と呼ばれているのかは、長年の謎とされていた。
確かに、彼の裸の肖像画が妙に多い。
式典などの公式の場ではちゃんと服を着て描かれているのに、私的な場……特に家族との団欒を描いているものはとにかく裸だ。本当に何故。
フェルニス王国では春の季語の一つに『裸』があったり、『悪口を言うと裸にされる』といったような謎の慣用句が用いられている事から考えると、『裸』という単語が何かしらのキーワードになっていると思われたが、その裸こそが人々を混乱に陥らせる諸悪の根源だった。
『全裸王』の謎は後世の歴史家の間で物議を醸し出し、あらゆる論争が行われたが、真実に辿り着いた者は誰も居なかったという。
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