75 / 84
第三章 カーテンコールまで駆け抜けろ
72、魔女はいつだって王国を守っている
しおりを挟む「……どういう事でしょうか」
休憩室に場所を移して早々、聖女は震える声でそう切り出した。
「わたくしは……わたくし達はあのような行いをするつもりはなかった! あのような下劣で、愚かな事を口にするだなんて……わたくし達を操ったのですか!?」
「他ならぬ使節団を謀り、罠に掛けるなどと何と卑劣な……! この事は国を通して厳重に抗議させて頂いても宜しいですかな?」
暗に魔法を使ったのだろうというユーレイアとニーダ公爵の抗議に、ラームニードがまさか、と肩を竦めた。
「こちらが自発的に魔法を掛けたという事実は無いが」
「ですが……!」
「そもそも、それが王国にあるという事はそちらも承知の上で入国したのだろう? てっきり、そうなる覚悟があって入国したものだとばかり思っていたが」
ラームニードの言葉に聖国の面々は唖然として、それでから思い出したようだった。
王国側が『自発的に』魔法を掛けた事実はないが、王国に掛けられていると公然の事実である魔法の存在を。
「……まさか『守護の結界』……?」
呆然と呟いたユーレイアに、ラームニードはニヤリと笑った。
「我が国を愛した魔女は悪戯好きでね。我々ですらどんな効果が及ぶか分からないが……とにかく国を害する思惑を持った者を、それを断念せざるを得ない状況に追い込む事を好むのだ」
『国を害する思惑』の部分で、ニーダ公爵がぐうと苦しげに呻いた。どうやらその自覚はあるらしい。
「そ、そんな……おかしいですわ。だって……」
「聖女の力で守護の結界を中和していたのに、ですか?」
宰相の言葉に、ユーレイアは口を噤んだ。
その表情は『聖女の力で守護の結界を中和しつつ、王国を害する思惑を持っていた』と認めたも等しい。
そんな聖女を、ラームニードが嘲笑った。
「そもそも、疑問には思わなかったのか? 王国と聖国との間に起こった戦争に、何故決着がつかなかったのか」
「……え?」
「王国の『守護の結界』と聖国の『聖女の守り』。……互いにそれをどうにかしようと考えた事があるとは思わなかったのか?」
魔法と聖女の力。
互いに互いの国を守っているものが邪魔だと思い、それを排除しようとした。
だが、出来なかった。
その事を身に沁みて理解したからこそ、平和条約が結ばれたのだ。
「我々王国側も、呪いの解呪をするのに聖女の力を検討した事はある。……まあ、結論としては、恐らく無理であろうという意見で一致したが」
「それは……何故ですか」
「過去の歴史を思い返せば、当然そうなるだろう」
何をバカな事をと言わんばかりのラームニードに、聖国側は納得がいかないような顔をしている。
「そうですねぇ。……ネルティエの戦いについてはご存知ですよね?」
宰相の問いに、ニーダ公爵が頷いた。
「平和条約が結ばれる前に行われた、最後の両国間の戦争でしょう」
聖国が王国最北部の都市ネルティエまで攻め込み、それを守る当時の辺境伯軍と約三日間刃を交えたとされる戦争である。
これまで聖国が王国内に攻め込む事はあっても、守護の結界の効果で都市の近辺まで到達された事は無かった。
それ故に、聖国との間で最も長い期間行われた、戦争らしい戦争だとして知られている。
「その詳細は、聖国ではどのように伝わっていますか?」
「……両国の争いに多くの血が流れる事を憂いた聖女が、聖王に戦争を止める事を懇願した。三日間の説得を受けてそれを受け入れた聖王が軍を引き、王国側に平和条約を結ぶ事を提案。王国もそれを受け入れた、と」
聖国では『慈愛の聖女』と『賢王』が結ばれた美談として有名な話だ。
勿論、本の中では二人の周りにはセイントリリーが咲き乱れている。
ラームニードはそれを鼻で笑った。
「我が国にある聖国の歴史書通りか。聖教会や聖王家の周辺ならばあるいはと思ったが、自国民の間でも都合の悪い部分を耳当たりの良い美談で誤魔化すか。……救いようがないな」
「……どういう、事ですか」
「なあ、聖女よ。……どうして聖国がネルティエまで攻め込めたと思う?」
その問いに、ユーレイアとニーダ侯爵が何を聞かれているか分からないとでも言うような顔をした。
「どうして……?」
「それまでの数百年もの間、聖国は決してそこに到達する事なく、守護の結界の効果に野望を邪魔され続けていたのです。しかし、その時だけは違った。……それをどうにかする手段を用いたと考えるのが自然ではないでしょうか?」
宰相の言葉に聖国の面々が考え込む。
そして、どうやら思い当たったようだ。──自分達が今回用いたものと同様の方法を。
「ま、さか……」
「そうです」
宰相はニコリと微笑む。
それはさながら、生徒の正答を喜ぶ教師を思い出させるようだ。
「その戦には、聖女が従軍していたのですよ。──あなた方の言う『慈愛の聖女』様がね」
0
お気に入りに追加
42
あなたにおすすめの小説
「どの男性を選ぶの?」と彼女は言うけれど、僕は君とキスがしたい
依智川ゆかり
恋愛
「あのね、フレドくんは『ヒロイン』なんだよ」
僕、フレド・エスターシュとルーチェ・ルミナリエは幼馴染で、小さい頃からずっと仲が良かった。
そんな僕達も十五歳。
一緒に過ごせる学園生活が楽しみだな、そう喜んでいたのも束の間、彼女はそんな理解し難い言葉を僕に告げた。
僕が物語のヒロインで、攻略対象(男)と恋に落ちる運命だって?
どういう事なんだ!?
攻略対象とのイベントが次々と起こる中、それでも僕は声を大にして伝えたい。
───僕が好きなのは、君なんですけど!!!!
*ボーイズラブ風味が漂う題名ですが、ボーイズラブではないラブコメです。
*八話程度の短いお話です。
*息抜きに軽い感じで書きました。
*小説家になろう様でも公開しています。
【完結】名ばかりの妻を押しつけられた公女は、人生のやり直しを求めます。2度目は絶対に飼殺し妃ルートの回避に全力をつくします。
yukiwa (旧PN 雪花)
恋愛
*タイトル変更しました。(旧題 黄金竜の花嫁~飼殺し妃は遡る~)
パウラ・ヘルムダールは、竜の血を継ぐ名門大公家の跡継ぎ公女。
この世を支配する黄金竜オーディに望まれて側室にされるが、その実態は正室の仕事を丸投げされてこなすだけの、名のみの妻だった。
しかもその名のみの妻、側室なのに選抜試験などと御大層なものがあって。生真面目パウラは手を抜くことを知らず、ついつい頑張ってなりたくもなかった側室に見事当選。
もう一人の側室候補エリーヌは、イケメン試験官と恋をしてさっさと選抜試験から引き揚げていた。
「やられた!」と後悔しても、後の祭り。仕方ないからパウラは丸投げされた仕事をこなし、こなして一生を終える。そしてご褒美にやり直しの転生を願った。
「二度と絶対、飼殺しの妃はごめんです」
そうして始まった2度目の人生、なんだか周りが騒がしい。
竜の血を継ぐ4人の青年(後に試験官になる)たちは、なぜだかみんなパウラに甘い。
後半、シリアス風味のハピエン。
3章からルート分岐します。
小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。
表紙画像はwaifulabsで作成していただきました。
https://waifulabs.com/
乙女ゲームの悪役令嬢は断罪回避したらイケメン半魔騎士に執着されました
白猫ケイ
恋愛
【本編完結】魔法学園を舞台に異世界から召喚された聖女がヒロイン王太子含む7人のイケメンルートを選べる人気のゲーム、ドキ☆ストの悪役令嬢の幼少期に転生したルイーズは、断罪回避のため5歳にして名前を変え家を出る決意をする。小さな孤児院で平和に暮らすある日、行き倒れの子供を拾い懐かれるが、断罪回避のためメインストーリー終了まで他国逃亡を決意。
「会いたかったーー……!」
一瞬何が起きたか理解が遅れる。新聞に載るような噂の騎士に抱きすくめられる様をみた、周囲の人がざわめく。
【イラストは自分で描いたイメージです。サクッと読める短めのお話です!ページ下部のいいね等お気軽にお願いします!執筆の励みになります!】
転生おばさんは有能な侍女
吉田ルネ
恋愛
五十四才の人生あきらめモードのおばさんが転生した先は、可憐なお嬢さまの侍女でした
え? 婚約者が浮気? え? 国家転覆の陰謀?
転生おばさんは忙しい
そして、新しい恋の予感……
てへ
豊富な(?)人生経験をもとに、お嬢さまをおたすけするぞ!
転生した女性騎士は隣国の王太子に愛される!?
桜
恋愛
仕事帰りの夜道で交通事故で死亡。転生先で家族に愛されながらも武術を極めながら育って行った。ある日突然の出会いから隣国の王太子に見染められ、溺愛されることに……
“用済み”捨てられ子持ち令嬢は、隣国でオルゴールカフェを始めました
古森きり
恋愛
産後の肥立が悪いのに、ワンオペ育児で過労死したら異世界に転生していた!
トイニェスティン侯爵令嬢として生まれたアンジェリカは、十五歳で『神の子』と呼ばれる『天性スキル』を持つ特別な赤子を処女受胎する。
しかし、召喚されてきた勇者や聖女に息子の『天性スキル』を略奪され、「用済み」として国外追放されてしまう。
行き倒れも覚悟した時、アンジェリカを救ったのは母国と敵対関係の魔人族オーガの夫婦。
彼らの薦めでオルゴール職人で人間族のルイと仮初の夫婦として一緒に暮らすことになる。
不安なことがいっぱいあるけど、母として必ず我が子を、今度こそ立派に育てて見せます!
ノベルアップ+とアルファポリス、小説家になろう、カクヨムに掲載しています。
王子様カフェにようこそ!〜秘密の姫君は腹黒王子に溺愛されています〜
有沢真尋
恋愛
最悪の結婚か、留学か?
才色兼備にして将来の女王である姉姫に迫られた選択。
結婚を蹴ったら、もはや国内には留まれない。
第五王女のエルトゥールは、逃げるように海の向こうの国へ留学することに。
「期間は一年間。その間に、自立できるように勉強を頑張るか、結婚相手でも見つけなさい!」
成果を上げられなかったら、国に連れ戻されて惨い縁談をまわされる。
どうにか学校生活を頑張ろうと思っていたのだけれど……
「協力者がいるから困ったことがあったら相談してもOK!」
その言葉を頼りに訪れた国の出先機関である商会では「学費はご自分で稼がせろと姉姫が」と言われて、カフェの仕事をあっせんされる。なお、安全の為に、仕事中は姫君の身分を隠し「男性」として働くように、と。
昼間は学生、夜は女性であることを隠しカフェ店員。
ハードな二重生活を送ることになったエルトゥールを見守るのは、カフェでは同僚、学校では同級生の第三王子・アーノルド。
世間知らずのエルトゥールを何かとフォローはしてくれるけれど、その笑みはいつも底知れなくて……!?
姫君の秘密の二重生活!
R15は保険です。
※表紙はかんたん表紙メーカーさま
転生したらただの女子生徒Aでしたが、何故か攻略対象の王子様から溺愛されています
平山和人
恋愛
平凡なOLの私はある日、事故にあって死んでしまいました。目が覚めるとそこは知らない天井、どうやら私は転生したみたいです。
生前そういう小説を読みまくっていたので、悪役令嬢に転生したと思いましたが、実際はストーリーに関わらないただの女子生徒Aでした。
絶望した私は地味に生きることを決意しましたが、なぜか攻略対象の王子様や悪役令嬢、更にヒロインにまで溺愛される羽目に。
しかも、私が聖女であることも判明し、国を揺るがす一大事に。果たして、私はモブらしく地味に生きていけるのでしょうか!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる