70 / 84
第三章 カーテンコールまで駆け抜けろ
67、レネピリカの契約
しおりを挟む「王妃宮という場所があるのでしょう? 是非見させて頂きたいわ。どういう場所か見ておきたいもの」
「申し訳ございません。王妃宮に立ち入る事が出来るのは、正式に国王陛下と婚姻関係を結んだ方のみでございます。おいそれとお客様をご案内出来るような場所ではございません。ご理解の程をお願い致します」
おっとりした顔で無茶な要求を突き付けるユーレイアを、今日も侍女長がサラリと躱している。
どうやら彼女の中では、王妃となるのは確定事項になっているようだ。涼しい笑顔の侍女長に止められて、少し不満げな顔をしている。
こうしたやり取りは、聖国の面々が到着してから頻繁に行われていた。
内心もううんざりしているだろうに、それでも笑みを崩さず、要求をも跳ね除ける侍女長の手腕には感心するしかない。
しかし、聖国の問題だけにかまけている暇は無かった。
聖女一行は侍女長を筆頭とした聖国対応班に任せ、流星祭の儀式の準備に入る。
***
儀式は、流星祭の式典の前夜に行われる。
場所は王宮の最深部、いつも厳重な結界と警備に守られ、儀式の時以外はそこに立ち入る事すら許されない『レネの寝所』と呼ばれる間だ。
「オレらは此処で待機してるんで、行ってらっしゃーい」
部屋の前で、ノイス達と別れた。
儀式に立ち会えるのは、ごく少人数に限られている。
今回立ち会うのは、リューイリーゼと護衛としてアーカルド、そして宰相と魔法師団長の四名だ。
それ以外の面々は、扉の前で待機する事となる。
ラームニードは勿論の事、付き従うリューイリーゼ達も揃いの黒地に白の刺繍で紋様が描かれた法衣を見に纏い、『レネの寝所』へと入った。
中は、広めのホールだった。
その中心部の石床に大きな魔法陣が描かれており、その中に不思議な文字と紋様が目一杯に書き込まれている。
魔法陣の周囲六箇所に蝋燭の火を灯し、蝋燭と蝋燭の間に酒を注いだ小さな器を置いた。
決められた作法に則って準備を進め、儀式を始める。
ラームニードは小刀で自分の右手の親指を傷付け、その指を魔法陣の中心部に押し当てた。
それと同時に彼の右手に刻まれた魔法印が光り、魔法陣が中心から外側に向かって、徐々に輝いていく。
「『境界の狭間に住みし者達よ、我が声を聞け。我はレネピリカの血を引きし者。レネピリカの遺志を受け継ぎし子、ラームニード・ロエン・フェルニスなり』」
その呼び掛けに答えるよう、蝋燭に灯した炎が勢いを増し、大きくなる。
窓も無いのに魔法陣を中心として大きな風が吹き荒れ、目を開けるのもやっとだ。
「『フェルニスの子らに力と幸運を。そしてフェルニスの大地に平穏を。古き盟約と契約に従い、我が存在を持って、古き盟約と契約の継続を為さん』」
──その時、リューイリーゼは確かに見た。
ラームニードだけしか居なかった筈の魔法陣の中に、黒い人影のようなものが現れたのだ。
黒い人影は、膝を付いた状態のラームニードの顔を上から覗き込む。
魔女は人ならざるものの力を借りて、魔法を行使するらしい。
目の前に今いるのがまさにその『人ならざるもの』なのだ、とリューイリーゼは信じられない思いで目の前の光景を見つめていた。
何となく、気付いた事がある。
この儀式が公にされない理由を、そしてラームニードの『レネピリカの血を引きし者』という言葉の意味を。
(……王家の血を引くものしか『ピーリカの祝福』を与えられないのは、それはきっと……)
その時、声が聞こえて来た。
『──ああ、嬉しや嬉しや。また逢えた』
不思議と男のようにも女のようにも、そして老人のようにも子供のようにも聞こえるその声は、ラームニードを心底愛おしみ、懐かしんでいるようだった。
それに呼応するかのように、周囲の炎もまるで踊るように大きく小さく動き、魔法陣の光も強くなっていく。
『───我が友に幸あれ』
黒い人影がそう言って、ラームニードの耳元で何事かを囁く。
──すると、
「余計なお世話だ! とっとと帰れ!!!」
ラームニードは何故か顔を真っ赤にして叫んだ。
ヒョヒョヒョ、という黒い人影の奇妙な笑い声が室内に響いて──そして、唐突にパッと消えた。
あれだけ吹き荒れていた風や蝋燭の炎、周囲に置いた酒でさえその器を残して綺麗サッパリと消えている。
最後に残っていた魔法陣の光も、ラームニードが手を離せばその輝きを失っていった。
「契約は為された。問題は無い」
「無事に終える事が出来たようで、何よりです」
ごく普通に会話をするラームニードと宰相に、まるでこの世のものでは無いような光景を目の当たりにして呆けていたリューイリーゼは、ハッとした。
立ち上がって魔法陣から出て来るラームニードに慌てて近寄ると、その姿がふらりとよろめいた。
すかさず彼を支えたのはアーカルドだ。
「大丈夫ですか!?」
「……案ずるな、いつもの事だ」
ラームニードの顔色はこれまでに見た事が無い程、白い。
儀式はラームニードの血と生命力を使うものとは聞いていたが、これ程酷いものだとは思っていなかった。
リューイリーゼは眉を下げながらも、小刀で切ったその右親指の処置をする。
魔法陣の様子を確認して頷いた魔法師団長が、「その……」と訊いて良いものか躊躇うような様子で尋ねた。
「いつもとは少し変わったようなご様子でしたが」
「ああ……二つ程言われた事があるのだが」
そう気不味げに、ラームニードがリューイリーゼの方をチラリと見た。
「……奴らはとにかく人を揶揄う事が好きなのだ」
「……ああ、成程……」
「…………面白いといえば、面白いかもしれませんね」
「面白いって何ですか、失礼な」
何だか納得した様子で、宰相らもリューイリーゼを見たので、思わずムッとする。
どうやら自分に関するらしいが、その言い方ではまるでリューイリーゼが面白い生物であるかのようではないか。実に心外だ。
「それと……身の程知らずな聖女について、少しな」
「何か仰っていたのですか?」
ラームニードが、ニヤリと笑った。
「────敵は既に術中にある、と」
****
こんな感じだった。
『好きな子いるんだって? いや、照れんなって。良いから早く告っちゃえよー!』
「余計なお世話だ! とっとと帰れ!!!」
0
お気に入りに追加
45
あなたにおすすめの小説
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
公爵家の赤髪の美姫は隣国王子に溺愛される
佐倉ミズキ
恋愛
レスカルト公爵家の愛人だった母が亡くなり、ミアは二年前にこの家に引き取られて令嬢として過ごすことに。
異母姉、サラサには毎日のように嫌味を言われ、義母には存在などしないかのように無視され過ごしていた。
誰にも愛されず、独りぼっちだったミアは学校の敷地にある湖で過ごすことが唯一の癒しだった。
ある日、その湖に一人の男性クラウが現れる。
隣にある男子学校から生垣を抜けてきたというクラウは隣国からの留学生だった。
初めは警戒していたミアだが、いつしかクラウと意気投合する。クラウはミアの事情を知っても優しかった。ミアもそんなクラウにほのかに思いを寄せる。
しかし、クラウは国へ帰る事となり…。
「学校を卒業したら、隣国の俺を頼ってきてほしい」
「わかりました」
けれど卒業後、ミアが向かったのは……。
※ベリーズカフェにも掲載中(こちらの加筆修正版)
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】引きこもり令嬢は迷い込んできた猫達を愛でることにしました
かな
恋愛
乙女ゲームのモブですらない公爵令嬢に転生してしまった主人公は訳あって絶賛引きこもり中!
そんな主人公の生活はとある2匹の猫を保護したことによって一変してしまい……?
可愛い猫達を可愛がっていたら、とんでもないことに巻き込まれてしまった主人公の無自覚無双の幕開けです!
そしていつのまにか溺愛ルートにまで突入していて……!?
イケメンからの溺愛なんて、元引きこもりの私には刺激が強すぎます!!
毎日17時と19時に更新します。
全12話完結+番外編
「小説家になろう」でも掲載しています。
【完結】ひとりぼっちになった王女が辿り着いた先は、隣国の✕✕との溺愛婚でした
鬼ヶ咲あちたん
恋愛
側妃を母にもつ王女クラーラは、正妃に命を狙われていると分かり、父である国王陛下の手によって王城から逃がされる。隠れた先の修道院で迎えがくるのを待っていたが、数年後、もたらされたのは頼りの綱だった国王陛下の訃報だった。「これからどうしたらいいの?」ひとりぼっちになってしまったクラーラは、見習いシスターとして生きる覚悟をする。そんなある日、クラーラのつくるスープの香りにつられ、身なりの良い青年が修道院を訪ねて来た。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
侍女から第2夫人、そして……
しゃーりん
恋愛
公爵家の2歳のお嬢様の侍女をしているルイーズは、酔って夢だと思い込んでお嬢様の父親であるガレントと関係を持ってしまう。
翌朝、現実だったと知った2人は親たちの話し合いの結果、ガレントの第2夫人になることに決まった。
ガレントの正妻セルフィが病弱でもう子供を望めないからだった。
一日で侍女から第2夫人になってしまったルイーズ。
正妻セルフィからは、娘を義母として可愛がり、夫を好きになってほしいと頼まれる。
セルフィの残り時間は少なく、ルイーズがやがて正妻になるというお話です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる
葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。
アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。
アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。
市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜
川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。
前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。
恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。
だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。
そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。
「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」
レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。
実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。
女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。
過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。
二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる