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第三章 カーテンコールまで駆け抜けろ
66、申し訳程度の婚約破棄成分
しおりを挟むユーレイアとの会談は、王国に動揺を齎した。
聖女の力が実際に呪いを防いだのを目の当たりにしたからこそ、尚更にである。
聖国に貸しを作って聖女を王妃に迎え、聖国へ隷属する道を選ぶか。
それとも提案を蹴り、全裸の呪いを近隣諸国へと公になり、笑い物にされるという屈辱を選ぶか。
「どちらも選ばん」
しかし、どちらを選ぶべきかと頭を悩ませる者が多い中、ラームニードだけはそう言い切った。
「聖女に膝を折る事も、王国の誇りを汚させるような事態にも陥らせん。誰があの女の思い通りになどさせるものか。……だから計画は続行する。覚悟しておけよ」
「……承知しております」
そう念を押され、リューイリーゼは戸惑いながらも頷いた。
どうやら、パーティーのパートナーから逃げられる道は無さそうだ。もう諦めてはいるけれど。
「……やけに自信満々ですねー。あっちもそうみたいですけど」
ノイスの声は、若干ゲンナリとしている。
どうやら、ユーレイアはラームニードが自分を王妃にすると確信しているようだ。
まるで自分が王宮の主であるかのような振る舞いも、王国一同の頭を悩ませる一因となっている。
しかし、ラームニードからは不安も動揺も感じられない。
余裕すら窺えるような落ち着いた表情で、冷静に宰相へと促した。
「何か聖国関係で情報は?」
「それでは、まずは聖女様についてですね」
ユーレイア・レナス。聖国で名高い『神託の聖女』である。
聖王と遠縁である家の生まれだとも言われているが、聖女として聖教会に入った時点で生家との繋がりを捨てて『レナス』姓を名乗る事となるので、真偽は定かではない。
「元々の使節団の責任者であったニーダ公爵の縁の方だという噂もあります」
「身内だったからこそ、ギリギリで聖女を捩じ込む事が出来たのか」
「恐らくは。また、後任が決まっているのも事実であるようです。新たな『神託の聖女』が生まれたと市民の間でも噂になっているそうです」
聖国では、治療や結界に長けたごく普通の聖女は何人も生まれるが、神の神託を聞く事が出来る『神託の聖女』は一代に一人だけだという。
新たな『神託の聖女』が生まれれば、神託の力を失った先代は役目を終え、聖王家か公爵家へと嫁ぐ決まりとなっている。
「ただ聖女を娶ることが出来るのは未婚の男性のみで、寡夫や離婚歴がある者は認められないという決まりがあります。その上、側室や愛人を迎えるなど以ての外……ですが、ここで一つ問題が起きまして」
「問題?」
「つい先日、ユーレイア様の婚約者であった公爵子息が、運命の恋に落ちてしまったのですよ」
公爵子息は、幼馴染であった侯爵令嬢と恋仲だった。
しかし、このままではいずれ聖女と結婚する事になり、たとえ愛人としても侯爵令嬢を側に置く事は許されない。
公爵子息は苦悩し、結果的には愛する侯爵令嬢と共に国を出奔してしまったのだという。
その点ではユーレイアも可哀想だ。
彼女がそうしたいと望んだ訳ではないだろうに、勝手に結婚相手を選ばれ、愛せないと正面から突きつけられ、結果的に国中の晒し者となってしまった。
「ここで困ったのは、ユーレイア様です。今現在、聖国の聖王家と公爵家には、適齢期かつ未婚の男性はいません。いるのは親子程歳の離れた現公爵の叔父君と、一回り歳下の王子殿下のみ。……王子殿下は恐らく次代の『神託の聖女』様のお相手の最有力候補と考えられているでしょうから、実質一択な訳です」
「だから、他国に嫁ごうという訳ですか……」
リューイリーゼは納得した。
恐らく王国も、ユーレイアの嫁ぎ先に悩んだのだろう。
いや、実質一択なので悩む必要はある意味ではないのだが、まだうら若く、聖女の中でも特に位の高い『予言の聖女』を嫁がせる先として、四十近いか越えているおじさんを選んで良いものか。
「ちなみに、その方は何故結婚はなさらなかったのですか?」
「結婚直前に当時の婚約者に冤罪を掛けて婚約破棄を狙ったのですが、返り討ちに遭ったようです。それからは真面目に領地の為に頑張ってはいるようですが、いかんせん経緯が経緯なので、お相手がどうにも見つからず……」
思わずといった風に、部屋のあちこちから突っ込みが入る。
「聖国、婚約破棄が多すぎでは!?」
「嫌な流行すぎる」
「結婚も婚約も神への誓いだった筈だが、そんなホイホイ破棄して良いものなのか……?」
「信徒として大丈夫なのでしょうか……」
聖国民の神への信心への疑問はともかく、そういった経緯であれば、ユーレイアの嫁ぎ先として躊躇ってしまう気持ちも分かった。
ごく普通の令嬢が嫁ぐのだって待ったをかけてしまうかもしれないが、今の聖国にはそれ以外にユーレイアが嫁ぐ事が出来る人間はいない。
そこで下されたのが、あの神託だ。
ラームニードは他国の王ではあるが、聖女の夫たる条件に合致している。
ついでに目の上のたんこぶであった王国に恩が売れ、あわよくば従属させるチャンスとあれば、それは飛び付くだろう。
王国側からすれば、傍迷惑でしかない話だった。
「そもそも『守護の結界』の効果はないのでしょうか?」
「確かに、王国を従属させたいという気持ちは害意に入っても良いような気がしますよね」
アーカルドとアリーテの疑問に、黙って様子を見守っていたキリクが口を開いた。
「監視によれば……聖女は王宮に到着して以来、日に一度聖国の人間を集めて祈りを捧げているようです」
「……聖女の力で、守護の結界の効果を打ち消しているって事ですか?」
「恐らくは」
室内が、沈黙に包まれる。
「…………聖女様って、色々な意味で面倒ですねぇ……」
ナイラが零した正直すぎる感想に、一同は内心同意した。
勝手に巻き込み、脅し、更には自衛の為の結界まで無力化してくるだなんて、正直面倒さの極みである。
王宮に到着して早々これなのだから、もしも彼女が本当に王妃となってしまったら、どうなるのだろうか。
(……王妃、か)
一瞬想像してしまった未来に、リューイリーゼの胸がチクリと痛んだ。
「──そうでもないと思うぞ」
そこでキッパリと否定したのは、ラームニードだった。
「そもそも、あの女共が大きな顔を出来るのもそう長くは無いだろう」
「私もそう思いますし、魔法師団長も同じ見解でした」
「何故、そう思うんですか?」
そう問えば、宰相はにっこりと笑みを浮かべる。
「──歴史がそう物語っているからですよ」
その時「失礼します」と部屋の中に一人の文官が入って来た。
彼が差し出した書類を宰相が受け取り、さらりと目を通す。
ニヤリとその口角が上がった。
「聖国に向かわせた諜報部の者からの報告です。どうやら、ご想像通りだったようですよ」
「そうか」
報告を聞いたラームニードの方も、満足そうな笑みを浮かべる。
そして言った。
「あのクソ生意気な女狐を仕置きする機会が出来そうで何よりだな!!!」
どうやら冷静に対応しているように見えて、内心余程腹に据えかねていたらしい。
久々に服が二段階ハジけ飛んで全裸が晒されるも、ラームニードはとても良い笑顔で浮き浮きとしている。
……その様子が少し可愛いと思ってしまったリューイリーゼは、恐らくもうどうしようもないのだ。
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