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第三章 カーテンコールまで駆け抜けろ

62、もっと殺伐とした関係を想像していた

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(……本当にこれはどういう状況なのだろう)



 リューイリーゼは緊張した面持ちでテーブルの上のカップを手に取り、お茶を飲んだ。

 リューイリーゼの目の前には、優しげな紳士が座っている。
 金の髪に青い瞳。若い頃はさぞかしモテただろうなと思ってしまう程の美中年だ。
 むしろ渋みが増して、断然こちらの方が良いという人もいるだろう。

 彼の名はレジス・ロンドルフ。
 現在のロンドルフ公爵であり、王位簒奪を企んだ前宰相ラオニス・ロンドルフの腹違いの弟である。



「全く、陛下にも困ったものだよ」


 
 レジスはため息を吐きながら、カップに口を付けた。
 

「突然名前を貸せと言われて何かと思ったら、自分の婚約者を娘として受け入れろ、だろう? 本当に自由というか、何というか……」
「公爵閣下、婚約者ではなく婚約者のフリです」
「どちらも同じだよ。都合が良い時はここぞとばかりに使おうとするんだから。……君も不憫にね、面倒なお方に気に入られてしまって」


 やれやれ、とレジスは呆れたように肩を竦めた。
 リューイリーゼも中々無茶なお願いだと理解しているので、申し訳ありません、と身を縮めるしかない。

 リューイリーゼが公爵令嬢の婚約者の役を務めるに当たって、その後ろ盾として使われる事になったのがまさかのロンドルフ公爵家だったらしい。
 前公爵が逆賊として裁かれ、かつてまでの権勢は失ってしまったとはいえ、今だその名は国内外で大きな影響力が残されている。


「まあ、この名前を使いたいという意味は理解出来るし、こちらにも旨味はある話だから良いんだけれどね」
「旨味……ですか」
「シルレアン──現在の宰相の派閥じゃ意味がないって事さ」


 ニヤリと笑うレジスに、リューイリーゼはその意味を察し、ゴクリと唾を飲む。
 そんなリューイリーゼの姿に、レジスは「良い理解力だ。頭の良い子は好きだよ」と微笑んだ。
 
 宰相はラームニードを支持する派閥の長とも言える存在であり、ラームニードも口では何だかんだ言いつつも、彼を一番の忠臣として重用している。
 だからこそ、これ以上彼の権力が増す事に良い顔をしない者がいる。元王妃派閥だった者ならば、余計にだ。

 だからこそ、反対派閥であるロンドルフ公爵家に後援を頼む事で、彼の家を慕うが故にラームニードに反感を持っている貴族連中を抑えようとしている。
 ロンドルフ公爵家の方もラームニードに頼られるような仲だという事を周囲に示す事によって、禊は済んだとして大手を振って社交界へと戻る事が出来る。

 相互利益とは、この事を言うのだ。


「彼は、この機会に国を一つに纏めるつもりなんだろうね。これを機会にロンドルフ公爵家との禍根が無いと知らしめる事が出来れば、大半の彼に叛意を持つ家の首根っこを抑える事が出来る。『不遇を受ける主家の為』という大義名分が無くなる訳だからね」
「……公爵閣下、一つお聞きしても良いでしょうか」
「ん? 何だい」


 気になって、思わず口を挟んでしまう。



「公爵閣下は……その、陛下に思うところはないのですか?」



 腹違いではあるが自分の異母兄を殺され、一族の力を削がれたのだ。
 何かしら思うところがあってもおかしくない筈だ。

 そう思って尋ねてみると、レジスは目を丸くして、それでから大きな声で笑い出す。
 リューイリーゼは狼狽えるしかなかった。


「あははは、正直な子だ。まさかそんな直球で聞いてくるとは。国王陛下が気に入るのも分かるよ。好みのど真ん中だもの」
「あの……?」
「ああ、違う。陛下に思うところね。……無いよ、無い無い」


 そう手を振るレジスに、思わず目を丸くしてしまう。


「全くですか」
「全く。むしろ、うちの馬鹿が申し訳ないとさえ思っている」


 笑いを収めた彼は、そう眉を下げた。
 遠いどこかを見つめるような視線は、先程までの彼とは違って見える。


「異母兄のラオニスは……確かに優秀な人だった。彼の働きで我が家の権勢は増し、派閥は大きくなった。そんな彼に心酔していた者も少なくなかったさ。……でもねぇ」


 ギリリ、とその歯が強く噛み締められた。


「よりにもよって王妃に手を出すか!? あまつさえ子を孕ませ、王の御子だと偽り、即位させる為に次期王位継承者を害すなんて! ただの馬鹿としか言いようがないだろう!?」
「……う」
「そもそもそんなに好き合っていたのなら、いっそ王家に嫁ぐ前に駆け落ちでもすれば良かったんだ。今の地位は捨てたくない、愛する人も諦める気はない? 我儘か!!」


 リューイリーゼは心の中で「ですよね」と思いながらも、それを口に出す事はしなかった。
 幾ら犯罪者だったとしても、流石に身内の目の前で貶す勇気は無い。
 
 
「……君は王族の習性について、知っているかい?」
「大切なものに執着する、ですよね」
「ロンドルフの人間は人に執着するというよりは、領地に執着する者の方が多いんだ。公爵領の為に生き、領地を発展させる事に生涯を捧げる。うちが未だに大きな力を持つのも、そういう人間が領地内外に多いからだよ。……まあ、だからこそ、いくら言っても暴走する馬鹿が居なくならないんだけどさ」


 そう毒づくレジスの瞳には、僅かに苛立ちが滲んでいた。
 それは恐らく、そうなる事態に陥らせたラオニス・ロンドルフに向けられたものなのだろう。


「だからこそ、ロンドルフの名声を貶め、公爵領に害を齎したラオニスに憤っている人間は多い。彼を崇拝していた連中は綺麗さっぱり掃除したしね。それを理解しているからこそ、ロンドルフ公爵家は潰されなかったし、こうして君の後ろ盾となる大役を任じられた。……実際、そんじょそこらの家に任せるよりは何十倍も安全だろう」


 ロンドルフを大事に思うからこそ、そして、その汚名を雪ぐチャンスであると理解しているからこそ。
 ロンドルフ公爵家はリューイリーゼを害す事はないし、そのチャンスを与えた彼女を大切に扱うだろうとラームニードは確信している。

 君は愛されているね、とレジスに微笑み掛けられ、リューイリーゼはどんな顔をしたら良いのか分からずに俯いた。

 顔が熱い。
 公爵に無様な姿を見せないように、淑女の笑みを維持するのに必死だった。

 そんなリューイリーゼを見て、レジスの顔は緩む。
 

「ああ、でもやっぱり女の子って可愛いなぁ。うちは可愛げのない息子しかいないから、新鮮な気持ちだ。……ねえ、その役目を無事に終えたら、うちに嫁いでこないかい? 本当の娘になってよ」
「え?」
「うちの三男が、丁度君と良い年周りなんだよね。あんな七面倒な男はやめてさ、一緒にロンドルフ公爵領を盛り立てて……」


「──誰が七面倒な男だ」


 
 身を乗り出す勢いのレジスの言葉を遮った声に、リューイリーゼは驚いて振り返る。
 そこに居たのは、いつの間にか部屋の中に入って来ていたラームニードだ。

 リューイリーゼとレジスが席を立ってそれぞれ礼を執れば、ラームニードは不機嫌そうな表情で、迷わずリューイリーゼの隣の席に座る。


「『リューイリーゼと話がしてみたい』と言うから許可してみれば、好き勝手な事を……」
「自分の娘となる子を見極めたいというのは、当然の欲求でしょう。その子が気に入ったなら、家門に迎え入れたいと思うのも当然の話では?」
「いや、娘じゃなくて、娘のフリですからね!?」


 思わず、慌ててリューイリーゼが突っ込んだ。
 様々な誤解を生む可能性があるので、言葉の表現には気を付けて貰いたい。
 
 しかし、余りの恐れの多さに青褪めるリューイリーゼを完全に無視して、二人の男は睨み合った。



「駄目に決まっているだろう。リューイリーゼは俺のだ」
「私の娘です」
「お二人共、言葉が足りなさすぎではありませんか!?」



『俺の(侍女)』だし、『私の娘|(のフリ)』でしょう!?

 最早悲鳴のような声を上げるリューイリーゼを見て、部屋の隅に控えているノイスとナイラは心の底から気の毒そうな顔をしていた。
 
 そんな顔をするくらいなら助けて欲しい、切実に。





****
 

レジス「領地さえ無事なら何でもいいし、むしろ領地から出たくない」

ラームニードとは互いに『気は合わないよなー』と思って敬遠してるだけで、信用はしている。(でも好みは割と似てる)

 
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