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第三章 カーテンコールまで駆け抜けろ
61、外堀は着々と埋められていく
しおりを挟む「何かがおかしいと思うのだけど」
そうボヤいたリューイリーゼに、アリーテが首を傾げる。
「何がおかしいの?」
「ただの王付き侍女でしかない私が、先々代の王妃陛下のドレスを着ている現状がよ。どう考えてもおかしいでしょう」
今リューイリーゼが着させられているのは、先々代の王妃……つまり、ラームニードの祖母のドレスだ。
上品なAラインのイエローのドレスで、スカート部分にふんだんに使われたチュールとレースが女性らしさを強調している。
視線の先では、突如王宮に呼び出されたマダム・サリサと侍女長がドレスの直し部分を真剣に話し合っていた。
「だって、仕方がないでしょう。このまま式典のパーティーの時に陛下にパートナーがいなければ、面倒な事になる予感しかしないんだもの」
「それはそうだけど……」
貴族のパーティーでは、パートナーの同伴が基本だ。
婚約者もおらず、エスコートに適するような親戚の心当たりもなかったラームニードはこれまで頑なに一人での参加を貫いていたが、今回何かを画策していると思われる聖国に対し、付け入る隙を与えてはいけない。
そんなアリーテの主張で、パートナー役として推薦されたのがリューイリーゼだ。
式典まではもう間も無い。
それまでに国王の相手を務めるに相応しい格のあるドレスを一から作る事は不可能だと判断し、こうして先々代の王妃のドレスをリメイクする事となったのだ。
恐れ多いやら何やらで、もうリューイリーゼにはどうしようもない。
「だけど、私はただの侍女で、子爵令嬢で……。そんな私がこんな大役を任されるなんて」
「そうは言うけれど、あなたそこらの貴族令嬢が陛下の手綱を握れると本当に思っているの?」
「うっ……」
相手がどう出てくるか分からない上、ラームニードには呪いがある。
それを考えれば、ラームニードの呪いをある程度未然に防ぐ事が出来、王付き侍女筆頭として式典の事も相手国の内情なども勉強したリューイリーゼを伴わせるのが一番安心だというのは理解出来た。
それでも、本当にこれで良いのだろうか、と不安になるのは仕方がないだろう。
「かといって、ナイラは男爵令嬢だからもっと無理じゃない。怒った陛下を止め切れるとも思えないし」
「アリーテは……」
「婚約相手が内定したばかりの私に、そういう事を任せるつもり?」
アリーテの髪には、アーカルドが贈った彼女の瞳と同じ色のアメジストを使った花のバレッタがある。
どうやらアーカルドの決死の告白は無事に身を結び、彼らの家同士で婚約の話が進んでいるらしい。
『あの人、告白した後に凄い勢いで結婚した時の利点を説明し始めるんだもの。あなたに助言を貰ったって言ってたけど、何て言ったの?』
まるで変な壺でも買わされそうな勢いだったわ。
告白の後にリューイリーゼにそう笑いながら報告したアリーテは、それでも幸せそうだった。
そんな幸せカップルの今後に水を差すような事は出来ない。
分かっている。それは分かっているのだ。──しかし。
「だって、パーティーに同伴するパートナーがただの侍女だって分かったら、相手がどう受け取るか……」
そんなに身分の低い者をパートナーに選んだと知れたら、むしろラームニードが侮られてしまうのではないか。
そんなリューイリーゼの心配を、アリーテは一蹴した。
「ああ、それは大丈夫。念の為、侍女の時のあなたがパーティーの時とは別人に思えるように、キリク先輩が全力で変装させるって」
「全力の変装……」
「だから、あなたはパーティーの時はただの公爵令嬢。堂々としていたら良いの」
相手の付け入る隙を少しでも無くすために、パーティーでのリューイリーゼは『ラームニードの婚約者として内定している公爵令嬢』を演じる事になるらしい。
そんな存在を国内外に知らしめてしまうと、ラームニードの今後の縁談に差し支えるのではないかと訴えても、聞いてくれる者は誰もいない。
「それに、あなた別に嫌じゃない癖に。むしろ役得じゃない」
「ううう……」
痛い所を突かれて、今度こそ黙り込んだ。
アリーテにはラームニードに渡したお守りの件や彼に対して抱く想いも何もかも吐かされてしまっている。
そう言われると、もう何も言えない。言えば言う程、墓穴を掘るだけだった。
「時期がとても宜しかったですね。丁度今こういうデザインが流行し始めているんですよ。少しの手直しだけで大丈夫そうですわ」
「流行は巡ると言いますからね。先々代の国王陛下の髪色と合わせただけあって、陛下の髪色にもよく似ていて丁度良いわ」
相談を終えたらしいマダム・サリサと侍女長が、ご機嫌そうな笑みを浮かべている。
後は陛下の目の色の装飾品かしらね、と笑い合う女傑二人を目の前に、最早逃げ道などない事を悟った。
何とも無茶苦茶で、孤立無縁だ。
ただの子爵令嬢にどうしろというのかと、リューイリーゼは天を仰ぐしかなかった。
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