上 下
61 / 84
第三章 カーテンコールまで駆け抜けろ

58、自分の全裸を人質に取る王様は他には居ない。居てはならない。

しおりを挟む
 


「俺は──リューイリーゼを妻にする」



 ラームニードの宣言に、その場に居た全員の動きが一瞬止まった。
 ……一瞬だけだった。



「「おめでとうございます!!!」」



 全員がそう声を揃え、部屋の中に拍手が響いた。
 まるで誕生日か何かのような有様にラームニードは一瞬呆気に取られ、遅れて渋い顔になる。


「ご自分のお気持ちに気付かれたようで何よりです」
「意外と早かったですね」
「流石リューイリーゼ嬢。陛下へのアシストに定評がある」
「もっと時間が掛かると思ってました」
「年単位で掛かるかと思ってましたぁ……」
「お前らは俺を何だと思っているんだ」


 流石に心外である。
 云々と頷き合う面々に憮然としていると、黙って状況を見守っていたキリクが大きく頷いて親指を立てた。
 
 キリク、お前までそんな……。
 ラームニードは大きく肩を落としながらも、少々拍子抜けしていた。



「……反対はしないのか」



 いや、ラームニードが気持ちに気付くのを見守っていた時点で、そんな気は更々無かったのは分かっている。
 けれど、もう少し説得やら何やらと様々な工程を経る覚悟をしていたというのに、いきなりの歓迎ムードだ。
 皆、物分かりが良すぎる。話が早くて助かるけれど。

 念の為確認するように問えば、宰相は何を馬鹿な事を、とでも言わんばかりの顔をした。



「正直、陛下がお妃様を迎えようと思った事自体が奇跡のようなものですし。そんな逸材逃せる訳がないでしょう。これを逃したら、多分絶対一生独り身ですよ」
「正直過ぎるだろう。お前、俺が主君だってちゃんと分かってるか?」


 クソジジイ、と毒を吐きかけて、慌てて言葉を飲んだ。
 懐に忍ばせたリューイリーゼのハンカチがボロ切れになってしまう。それだけは何としても死守せねばならない。

 鋭く睨むラームニードに、分かっておりますよ、と宰相は肩を竦めた。


「ですが、このままでは次代の継承で混乱が起こる事は目に見えておりました。王国の安寧を考えるならば、陛下ご自身の御子に継がせる以上の最良がありましょうか」
「……分かっている」


 これまで、ラームニードは次代の王を継がせるのは、自分の子ではない方が良いと思っていた。
 自分は望まれずに玉座についた王であり、王としての資質も器もない。
 何より、何百年もの間王国を守ってきた【守護の結界】に異常を来たす程の混乱を齎した両親を思えば、その血を残す気にはなれなかったのだ。

 だが、それもただの逃げでしかない。
 王家の血を受け継ぐ者の中から世継ぎを選ぶにも、混乱は避けられないだろう。
 
 過大な権力は容易に人を狂わす。
 元々その資格が無かった者ならば、余計にその甘い汁を吸いたいと熱望するものだ。

 誰が次代の王になるかで揉め、内戦状態になる事も考えられる。



「馬鹿な事を言った。王として、国が荒れるのは本意ではない」



 ラームニードはもう決めた。
 亡き弟が望んだような、この国に相応しい王となる。 
 その為には、もう後ろを振り返る暇はない。



「それはそれとして、リューイリーゼは妃にする。別の女をあてがおうものなら、全裸も辞さないつもりでいるので心しておくように」



 王になる決心はしたが、好きなものを妥協する気はなかった。
 むしろ国の為に一生を捧げるのだから、どうしても手放せないものを傍に置くくらいは許して欲しい。

 全力で駄々を捏ねるつもりである事を宣言すれば、宰相は困惑するよりも感心するように頷いた。


「うーん、自分の全裸を人質に取る君主は他には居ないでしょうねぇ……」
「そこらに居たら、それこそ、この世の終わりだろう」


 自分でも、この脅し文句で良いのだろうかと思ってはいる。


「その自覚もちゃんとおありとは……。陛下のそういうブレない所、私は嫌いじゃないですよ」


 ラームニードだって、宰相のこういう何事にも寛容な部分は割と嫌いではなかった。
 絶対に言ってはやらないけれど。



「まあ、それは良いのですが、ここで一つ問題が」
「何だ、言ってみろ」



 ここにいる面々はすんなりと受け入れてしまったが、リューイリーゼの身分が低い事を問題にする輩は少なからずいるだろう事は予想が付く。
 その対応も既に検討済みだ。
 ラームニードは望みを叶える為ならば、手段を選ぶ気は無い。

 しかし宰相が口にしたのは、ラームニードの予想していた問題とは全く違ったものだった。



「アルタレス聖国から、式典の参加者について変更があるとの知らせが届きました」
「……は? 今になって?」
「今になって、です」



 何だか、物凄く嫌な予感がする。
 あからさまに顔を顰めたラームニードに、宰相は告げた。




「────聖国から、がやって来ます」




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】嫌われ令嬢、部屋着姿を見せてから、王子に溺愛されてます。

airria
恋愛
グロース王国王太子妃、リリアナ。勝ち気そうなライラックの瞳、濡羽色の豪奢な巻き髪、スレンダーな姿形、知性溢れる社交術。見た目も中身も次期王妃として完璧な令嬢であるが、夫である王太子のセイラムからは忌み嫌われていた。 どうやら、セイラムの美しい乳兄妹、フリージアへのリリアナの態度が気に食わないらしい。 2ヶ月前に婚姻を結びはしたが、初夜もなく冷え切った夫婦関係。結婚も仕事の一環としか思えないリリアナは、セイラムと心が通じ合わなくても仕方ないし、必要ないと思い、王妃の仕事に邁進していた。 ある日、リリアナからのいじめを訴えるフリージアに泣きつかれたセイラムは、リリアナの自室を電撃訪問。 あまりの剣幕に仕方なく、部屋着のままで対応すると、なんだかセイラムの様子がおかしくて… あの、私、自分の時間は大好きな部屋着姿でだらけて過ごしたいのですが、なぜそんな時に限って頻繁に私の部屋にいらっしゃるの?

ロザリーの新婚生活

緑谷めい
恋愛
 主人公はアンペール伯爵家長女ロザリー。17歳。   アンペール伯爵家は領地で自然災害が続き、多額の復興費用を必要としていた。ロザリーはその費用を得る為、財力に富むベルクール伯爵家の跡取り息子セストと結婚する。  このお話は、そんな政略結婚をしたロザリーとセストの新婚生活の物語。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

このたび、あこがれ騎士さまの妻になりました。

若松だんご
恋愛
 「リリー。アナタ、結婚なさい」  それは、ある日突然、おつかえする王妃さまからくだされた命令。  まるで、「そこの髪飾りと取って」とか、「窓を開けてちょうだい」みたいなノリで発せられた。  お相手は、王妃さまのかつての乳兄弟で護衛騎士、エディル・ロードリックさま。  わたしのあこがれの騎士さま。  だけど、ちょっと待って!! 結婚だなんて、いくらなんでもそれはイキナリすぎるっ!!  「アナタたちならお似合いだと思うんだけど?」  そう思うのは、王妃さまだけですよ、絶対。  「試しに、二人で暮らしなさい。これは命令です」  なーんて、王妃さまの命令で、エディルさまの妻(仮)になったわたし。  あこがれの騎士さまと一つ屋根の下だなんてっ!!  わたし、どうなっちゃうのっ!? 妻(仮)ライフ、ドキドキしすぎで心臓がもたないっ!!

女嫌いな辺境伯と歴史狂いの子爵令嬢の、どうしようもなくマイペースな婚姻

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
恋愛
「友好と借金の形に、辺境伯家に嫁いでくれ」  行き遅れの私・マリーリーフに、突然婚約話が持ち上がった。  相手は女嫌いに社交嫌いな若き辺境伯。子爵令嬢の私にはまたとない好条件ではあるけど、相手の人柄が心配……と普通は思うでしょう。  でも私はそんな事より、嫁げば他に時間を取られて大好きな歴史研究に没頭できない事の方が問題!  それでも互いの領地の友好と借金の形として仕方がなく嫁いだ先で、「家の事には何も手出し・口出しするな」と言われて……。  え、「何もしなくていい」?!  じゃあ私、今まで通り、歴史研究してていいの?!    こうして始まる結婚(ただの同居)生活が、普通なわけはなく……?  どうやらプライベートな時間はずっと剣を振っていたい旦那様と、ずっと歴史に浸っていたい私。  二人が歩み寄る日は、来るのか。  得意分野が文と武でかけ離れている二人だけど、マイペース過ぎるところは、どこか似ている?  意外とお似合いなのかもしれません。笑

王子殿下の慕う人

夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。 しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──? 「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」 好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。 ※小説家になろうでも投稿してます

どうして私にこだわるんですか!?

風見ゆうみ
恋愛
「手柄をたてて君に似合う男になって帰ってくる」そう言って旅立って行った婚約者は三年後、伯爵の爵位をいただくのですが、それと同時に旅先で出会った令嬢との結婚が決まったそうです。 それを知った伯爵令嬢である私、リノア・ブルーミングは悲しい気持ちなんて全くわいてきませんでした。だって、そんな事になるだろうなってわかってましたから! 婚約破棄されて捨てられたという噂が広まり、もう結婚は無理かな、と諦めていたら、なんと辺境伯から結婚の申し出が! その方は冷酷、無口で有名な方。おっとりした私なんて、すぐに捨てられてしまう、そう思ったので、うまーくお断りして田舎でゆっくり過ごそうと思ったら、なぜか結婚のお断りを断られてしまう。 え!? そんな事ってあるんですか? しかもなぜか、元婚約者とその彼女が田舎に引っ越した私を追いかけてきて!? おっとりマイペースなヒロインとヒロインに恋をしている辺境伯とのラブコメです。ざまぁは後半です。 ※独自の世界観ですので、設定はゆるめ、ご都合主義です。

裏切られた令嬢は死を選んだ。そして……

希猫 ゆうみ
恋愛
スチュアート伯爵家の令嬢レーラは裏切られた。 幼馴染に婚約者を奪われたのだ。 レーラの17才の誕生日に、二人はキスをして、そして言った。 「一度きりの人生だから、本当に愛せる人と結婚するよ」 「ごめんねレーラ。ロバートを愛してるの」 誕生日に婚約破棄されたレーラは絶望し、生きる事を諦めてしまう。 けれど死にきれず、再び目覚めた時、新しい人生が幕を開けた。 レーラに許しを請い、縋る裏切り者たち。 心を鎖し生きて行かざるを得ないレーラの前に、一人の求婚者が現れる。 強く気高く冷酷に。 裏切り者たちが落ちぶれていく様を眺めながら、レーラは愛と幸せを手に入れていく。 ☆完結しました。ありがとうございました!☆ (ホットランキング8位ありがとうございます!(9/10、19:30現在)) (ホットランキング1位~9位~2位ありがとうございます!(9/6~9)) (ホットランキング1位!?ありがとうございます!!(9/5、13:20現在)) (ホットランキング9位ありがとうございます!(9/4、18:30現在))

処理中です...