上 下
59 / 84
第二章 その感情の名を知る

閑話 可哀想なキドマ文官1−王付き侍女筆頭の怖い保護者達

しおりを挟む


 上級文官であるキドマが彼女と出会ったのは、流星祭がきっかけだった。



「初めまして。王付き侍女筆頭を務めていますリューイリーゼ・カルムです。流星祭までよろしくお願い致します」



 担当として任じられ、侍女長から紹介されたのが彼女、リューイリーゼだった。
 
 勿論というべきか、キドマは彼女の噂を知っていた。
 何せ、あの全裸の呪いの初めての被害者たる『呪い対策班』だ。
 
 てっきり逞しい女騎士のような女傑を思い浮かべていたのに、目の前に立つ女性を見て、キドマは思わず固まってしまった。


 華奢で清楚な、実に可憐な女性だ。



(え、この人に全裸の陛下の世話を任せてしまってるのか? そして、彼女もそれを動じずに受け入れている? え、本当に??)



 初っ端から大混乱だった。
 一瞬見惚れてから、すぐさま顔を赤く青く染めるキドマに、リューイリーゼは不思議そうに首を傾げ、侍女長は「この子は顔に似合わず豪胆なんですよ」と笑った。えー、嘘でしょ……。

 

 ──嘘ではなかった。



「リューイリーゼ、式典に招くニ国の来賓について頭に入れておかなければいけない事を言ってみなさい」
「リヴィエ皇国からいらっしゃるのはアペジオ皇弟殿下。現皇帝の弟君であり、国王陛下とも親交が厚い方でもあります。アルタレス聖国からいらっしゃるのは、ニーダ公爵。現聖王とは姻戚関係に当たり、聖女教会の重鎮ともいうべき人物です。お付きの方と共に、東西にそれぞれ客室を用意しています」

「それでは、その二国をもてなすパーティーでの注意点は何だったかしら?」
「アペジオ皇弟殿下は以前、ナッツを食べて発作を起こした事があるとお聞きしました。ですので、そもそもパーティーに出す料理はナッツ類を使わないものを選んだ方が宜しいかと。アルタレス聖国の方は、国教である聖女教の戒律の中に『葡萄酒以外の飲酒』を禁止するものがあります。また、鹿が聖女の使いだとされているので、鹿肉は絶対に避けなければなりません」
「宜しい」


 リューイリーゼは清楚な外見には似合わず、本当に豪胆な女性だった。
 元は子爵令嬢だ。上級侍女に成り立てで、王付き侍女筆頭にもなって、右も左も分からぬまま大変だろう。
 そう思ってはいたものの、そんな事はただの取り越し苦労だった。

 資料が欲しいと頼ってきた数日後には、必要な情報を頭に叩き込み、それでも足りないと矢継ぎ早に気になる部分を質問してくる程だ。

 その内に彼女はずっとその立場に居たのではないかと錯覚してしまう程、ごく自然にその場に馴染み、仕事をこなしていく。 

 流石は、侍女長は手ずから育てていると噂される秘蔵っ子だ。
 その堂々たるや、初めは『全裸対策班』として王付き侍女として召し上げられた彼女を侮ったり、懐疑的な視線を向けるような者を、有無も言わせずに黙らせてしまう程だった。



「侍女長は、彼女に後任を任せるおつもりなのですか?」



 侍女長は、側から見ても熱心に彼女の指導に勤しんでいた。
 彼女が出来そうな部分は任せ、そうではない部分でさえも彼女を伴い、一つ一つ教え込んで経験を積ませている。

 まあ、気持ちは分からないでもなかった。
 まるで砂地に水が染み込んでいくが如く、教えた事を次々と吸収していくのだから、それは教え甲斐もあるだろう。
 
 次代の侍女長を彼女に任せるつもりなのか、と尋ねると、侍女長は何処か曖昧な笑みを浮かべた。



「そうねぇ……。そう出来たら良いと思っていたのだけど」



 何故過去形なんだ。
 キドマの疑問を察したのか、侍女長は肩を竦めてみせた。


「勿論今でもそう思っているけれど、そう出来ない可能性の方が高いような気がするの。……まあ、どちらにしても、彼女が身に付けていて損はない知識だから」
「……はあ」


 一体、彼女の未来に何が待ち受けているというのだろうか。
 今までで一番と言っても良い程にハッキリとしない表現で濁した侍女長はにこやかな笑みを浮かべ、それ以上の追求を許してはくれなかった。
 


***

 


「キドマ卿、式典の段取りについて聞きたい事があるのですが」



(……ま、またか……)


 そう足早にやってくるリューイリーゼを迎えながら、キドマはその背後をチラリと見て顔を引き攣らせた。

 問題なのは、リューイリーゼ本人ではない。
 その背後の柱の影からこちらを見つめている黒髪の青年──王付き侍従であるキリクだった。

 キリクはリューイリーゼの死角で、尚且つキドマからは丸見えの絶妙な位置を陣取ってこちらの様子を窺っている。

 ここまで堂々とした監視をされたのは、初めての経験だった。
 どちらかといえばキドマに対しての牽制も含まれているような視線に、困惑の色を隠せない。


 リューイリーゼがキドマの元を訪れる際に、監視が付けられている事に気付いたのはいつだっただろうか。

 キドマを監視しているのはキリクだけではなく、二人の王付き騎士のどちらかである場合もある。
 三人に共通しているのは、リューイリーゼには気付かれないように陰ながら見守り、かつそれとなくキドマに対して無言の圧を掛けてくる事だ。
 まるで親の仇でも見るかのような鋭い睨みに、思わず顔が引き攣ってしまう。


(……あ、圧迫面接……?)


 もしくは、心配性にも程がある保護者か何かか。
 そういえば、リューイリーゼは少し前に、国王の妃の座を狙う輩に危害を加えられそうになったと聞いた事があった。
 

(多分、心配してるんだろうなぁ……)

 
 彼らの背後に、腕を組んで仁王立ちをする国王陛下の幻影が見えたような気がした。……あながち間違いじゃないような気もする。


「……? キドマ卿、どうかしましたか?」
「あ、い、いえ……。な、何でもないです!」


 嘘だ。
 あなたの背後の人が滅茶苦茶気になるんです、とは言えない。
 現に両手をポキポキと鳴らせて、「バラしたらどうなるか分かってんだろうな、アアン?」と、まるでそこらの破落戸ごろつきのような威嚇をしてくる。


 ──あなたの保護者さん方、滅茶苦茶怖いんですけど。


 そんな簡単な指摘が出来ないままではあったが、リューイリーゼが訪ねてくる事自体はいつしか待ち望んでしまう程の楽しみとなっていた。
 
 目を輝かせて勧めた本の感想を教えてくれるリューイリーゼは、単純に可愛い。
 ただ、付いてくるオーディエンスがとてつもなく心配性で、圧が凄いだけだ。
 ……『だけ』で済ませてはいけないような気もするが、彼女に誠実に接していれば大丈夫だろう、多分。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

猫に転生したらご主人様に溺愛されるようになりました

あべ鈴峰
恋愛
気がつけば 異世界転生。 どんな風に生まれ変わったのかと期待したのに なぜか猫に転生。 人間でなかったのは残念だが、それでも構わないと気持ちを切り替えて猫ライフを満喫しようとした。しかし、転生先は森の中、食べ物も満足に食べてず、寂しさと飢えでなげやりに なって居るところに 物音が。

【完結】番が見つかった恋人に今日も溺愛されてますっ…何故っ!?

ハリエニシダ・レン
恋愛
大好きな恋人に番が見つかった。 当然のごとく別れて、彼は私の事など綺麗さっぱり忘れて番といちゃいちゃ幸せに暮らし始める…… と思っていたのに…!?? 狼獣人×ウサギ獣人。 ※安心のR15仕様。 ----- 主人公サイドは切なくないのですが、番サイドがちょっと切なくなりました。予定外!

クラヴィスの華〜BADエンドが確定している乙女ゲー世界のモブに転生した私が攻略対象から溺愛されているワケ〜

アルト
恋愛
たった一つのトゥルーエンドを除き、どの攻略ルートであってもBADエンドが確定している乙女ゲーム「クラヴィスの華」。 そのゲームの本編にて、攻略対象である王子殿下の婚約者であった公爵令嬢に主人公は転生をしてしまう。 とは言っても、王子殿下の婚約者とはいえ、「クラヴィスの華」では冒頭付近に婚約を破棄され、グラフィックは勿論、声すら割り当てられておらず、名前だけ登場するというモブの中のモブとも言えるご令嬢。 主人公は、己の不幸フラグを叩き折りつつ、BADエンドしかない未来を変えるべく頑張っていたのだが、何故か次第に雲行きが怪しくなって行き────? 「────婚約破棄? 何故俺がお前との婚約を破棄しなきゃいけないんだ? ああ、そうだ。この肩書きも煩わしいな。いっそもう式をあげてしまおうか。ああ、心配はいらない。必要な事は俺が全て────」 「…………(わ、私はどこで間違っちゃったんだろうか)」 これは、どうにかして己の悲惨な末路を変えたい主人公による生存戦略転生記である。

公爵令嬢 メアリの逆襲 ~魔の森に作った湯船が 王子 で溢れて困ってます~

薄味メロン
恋愛
 HOTランキング 1位 (2019.9.18)  お気に入り4000人突破しました。  次世代の王妃と言われていたメアリは、その日、すべての地位を奪われた。  だが、誰も知らなかった。 「荷物よし。魔力よし。決意、よし!」 「出発するわ! 目指すは源泉掛け流し!」  メアリが、追放の準備を整えていたことに。

異世界で王城生活~陛下の隣で~

恋愛
女子大生の友梨香はキャンピングカーで一人旅の途中にトラックと衝突して、谷底へ転落し死亡した。けれど、気が付けば異世界に車ごと飛ばされ王城に落ちていた。神様の計らいでキャンピングカーの内部は電気も食料も永久に賄えるられる事になった。  グランティア王国の人達は異世界人の友梨香を客人として迎え入れてくれて。なぜか保護者となった国陛下シリウスはやたらと構ってくる。一度死んだ命だもん、これからは楽しく生きさせて頂きます! ※キャンピングカー、魔石効果などなどご都合主義です。 ※のんびり更新。他サイトにも投稿しております。

溺愛の始まりは魔眼でした。騎士団事務員の貧乏令嬢、片想いの騎士団長と婚約?!

恋愛
 男爵令嬢ミナは実家が貧乏で騎士団の事務員と騎士団寮の炊事洗濯を掛け持ちして働いていた。ミナは騎士団長オレンに片想いしている。バレないようにしつつ長年真面目に働きオレンの信頼も得、休憩のお茶まで一緒にするようになった。  ある日、謎の香料を口にしてミナは魔法が宿る眼、魔眼に目覚める。魔眼のスキルは、筋肉のステータスが見え、良い筋肉が目の前にあると相手の服が破けてしまうものだった。ミナは無類の筋肉好きで、筋肉が近くで見られる騎士団は彼女にとっては天職だ。魔眼のせいでクビにされるわけにはいかない。なのにオレンの服をびりびりに破いてしまい魔眼のスキルを話さなければいけない状況になった。  全てを話すと、オレンはミナと協力して魔眼を治そうと提案する。対処法で筋肉を見たり触ったりすることから始まった。ミナが長い間封印していた絵描きの趣味も魔眼対策で復活し、よりオレンとの時間が増えていく。片想いがバレないようにするも何故か魔眼がバレてからオレンが好意的で距離も近くなり甘やかされてばかりでミナは戸惑う。別の日には我慢しすぎて自分の服を魔眼で破り真っ裸になった所をオレンに見られ彼は責任を取るとまで言いだして?! ※結構ふざけたラブコメです。 恋愛が苦手な女性シリーズ、前作と同じ世界線で描かれた2作品目です(続きものではなく単品で読めます)。今回は無自覚系恋愛苦手女性。 ヒロインによる一人称視点。全56話、一話あたり概ね1000~2000字程度で公開。 前々作「訳あり女装夫は契約結婚した副業男装妻の推し」前作「身体強化魔法で拳交える外交令嬢の拗らせ恋愛~隣国の悪役令嬢を妻にと連れてきた王子に本来の婚約者がいないとでも?~」と同じ時代・世界です。 ※小説家になろう、ノベルアップ+にも投稿しています。※R15は保険です。

転生先は推しの婚約者のご令嬢でした

真咲
恋愛
馬に蹴られた私エイミー・シュタットフェルトは前世の記憶を取り戻し、大好きな乙女ゲームの最推し第二王子のリチャード様の婚約者に転生したことに気が付いた。 ライバルキャラではあるけれど悪役令嬢ではない。 ざまぁもないし、行きつく先は円満な婚約解消。 推しが尊い。だからこそ幸せになってほしい。 ヒロインと恋をして幸せになるならその時は身を引く覚悟はできている。 けれども婚約解消のその時までは、推しの隣にいる事をどうか許してほしいのです。 ※「小説家になろう」にも掲載中です

【完結】なぜか悪役令嬢に転生していたので、推しの攻略対象を溺愛します

楠結衣
恋愛
魔獣に襲われたアリアは、前世の記憶を思い出す。 この世界は、前世でプレイした乙女ゲーム。しかも、私は攻略対象者にトラウマを与える悪役令嬢だと気づいてしまう。 攻略対象者で幼馴染のロベルトは、私の推し。 愛しい推しにひどいことをするなんて無理なので、シナリオを無視してロベルトを愛でまくることに。 その結果、ヒロインの好感度が上がると発生するイベントや、台詞が私に向けられていき── ルートを無視した二人の恋は大暴走! 天才魔術師でチートしまくりの幼馴染ロベルトと、推しに愛情を爆発させるアリアの、一途な恋のハッピーエンドストーリー。

処理中です...