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第二章 その感情の名を知る
閑話 可哀想なキドマ文官1−王付き侍女筆頭の怖い保護者達
しおりを挟む上級文官であるキドマが彼女と出会ったのは、流星祭がきっかけだった。
「初めまして。王付き侍女筆頭を務めていますリューイリーゼ・カルムです。流星祭までよろしくお願い致します」
担当として任じられ、侍女長から紹介されたのが彼女、リューイリーゼだった。
勿論というべきか、キドマは彼女の噂を知っていた。
何せ、あの全裸の呪いの初めての被害者たる『呪い対策班』だ。
てっきり逞しい女騎士のような女傑を思い浮かべていたのに、目の前に立つ女性を見て、キドマは思わず固まってしまった。
華奢で清楚な、実に可憐な女性だ。
(え、この人に全裸の陛下の世話を任せてしまってるのか? そして、彼女もそれを動じずに受け入れている? え、本当に??)
初っ端から大混乱だった。
一瞬見惚れてから、すぐさま顔を赤く青く染めるキドマに、リューイリーゼは不思議そうに首を傾げ、侍女長は「この子は顔に似合わず豪胆なんですよ」と笑った。えー、嘘でしょ……。
──嘘ではなかった。
「リューイリーゼ、式典に招くニ国の来賓について頭に入れておかなければいけない事を言ってみなさい」
「リヴィエ皇国からいらっしゃるのはアペジオ皇弟殿下。現皇帝の弟君であり、国王陛下とも親交が厚い方でもあります。アルタレス聖国からいらっしゃるのは、ニーダ公爵。現聖王とは姻戚関係に当たり、聖女教会の重鎮ともいうべき人物です。お付きの方と共に、東西にそれぞれ客室を用意しています」
「それでは、その二国をもてなすパーティーでの注意点は何だったかしら?」
「アペジオ皇弟殿下は以前、ナッツを食べて発作を起こした事があるとお聞きしました。ですので、そもそもパーティーに出す料理はナッツ類を使わないものを選んだ方が宜しいかと。アルタレス聖国の方は、国教である聖女教の戒律の中に『葡萄酒以外の飲酒』を禁止するものがあります。また、鹿が聖女の使いだとされているので、鹿肉は絶対に避けなければなりません」
「宜しい」
リューイリーゼは清楚な外見には似合わず、本当に豪胆な女性だった。
元は子爵令嬢だ。上級侍女に成り立てで、王付き侍女筆頭にもなって、右も左も分からぬまま大変だろう。
そう思ってはいたものの、そんな事はただの取り越し苦労だった。
資料が欲しいと頼ってきた数日後には、必要な情報を頭に叩き込み、それでも足りないと矢継ぎ早に気になる部分を質問してくる程だ。
その内に彼女はずっとその立場に居たのではないかと錯覚してしまう程、ごく自然にその場に馴染み、仕事をこなしていく。
流石は、侍女長は手ずから育てていると噂される秘蔵っ子だ。
その堂々たるや、初めは『全裸対策班』として王付き侍女として召し上げられた彼女を侮ったり、懐疑的な視線を向けるような者を、有無も言わせずに黙らせてしまう程だった。
「侍女長は、彼女に後任を任せるおつもりなのですか?」
侍女長は、側から見ても熱心に彼女の指導に勤しんでいた。
彼女が出来そうな部分は任せ、そうではない部分でさえも彼女を伴い、一つ一つ教え込んで経験を積ませている。
まあ、気持ちは分からないでもなかった。
まるで砂地に水が染み込んでいくが如く、教えた事を次々と吸収していくのだから、それは教え甲斐もあるだろう。
次代の侍女長を彼女に任せるつもりなのか、と尋ねると、侍女長は何処か曖昧な笑みを浮かべた。
「そうねぇ……。そう出来たら良いと思っていたのだけど」
何故過去形なんだ。
キドマの疑問を察したのか、侍女長は肩を竦めてみせた。
「勿論今でもそう思っているけれど、そう出来ない可能性の方が高いような気がするの。……まあ、どちらにしても、彼女が身に付けていて損はない知識だから」
「……はあ」
一体、彼女の未来に何が待ち受けているというのだろうか。
今までで一番と言っても良い程にハッキリとしない表現で濁した侍女長はにこやかな笑みを浮かべ、それ以上の追求を許してはくれなかった。
***
「キドマ卿、式典の段取りについて聞きたい事があるのですが」
(……ま、またか……)
そう足早にやってくるリューイリーゼを迎えながら、キドマはその背後をチラリと見て顔を引き攣らせた。
問題なのは、リューイリーゼ本人ではない。
その背後の柱の影からこちらを見つめている黒髪の青年──王付き侍従であるキリクだった。
キリクはリューイリーゼの死角で、尚且つキドマからは丸見えの絶妙な位置を陣取ってこちらの様子を窺っている。
ここまで堂々とした監視をされたのは、初めての経験だった。
どちらかといえばキドマに対しての牽制も含まれているような視線に、困惑の色を隠せない。
リューイリーゼがキドマの元を訪れる際に、監視が付けられている事に気付いたのはいつだっただろうか。
キドマを監視しているのはキリクだけではなく、二人の王付き騎士のどちらかである場合もある。
三人に共通しているのは、リューイリーゼには気付かれないように陰ながら見守り、かつそれとなくキドマに対して無言の圧を掛けてくる事だ。
まるで親の仇でも見るかのような鋭い睨みに、思わず顔が引き攣ってしまう。
(……あ、圧迫面接……?)
もしくは、心配性にも程がある保護者か何かか。
そういえば、リューイリーゼは少し前に、国王の妃の座を狙う輩に危害を加えられそうになったと聞いた事があった。
(多分、心配してるんだろうなぁ……)
彼らの背後に、腕を組んで仁王立ちをする国王陛下の幻影が見えたような気がした。……あながち間違いじゃないような気もする。
「……? キドマ卿、どうかしましたか?」
「あ、い、いえ……。な、何でもないです!」
嘘だ。
あなたの背後の人が滅茶苦茶気になるんです、とは言えない。
現に両手をポキポキと鳴らせて、「バラしたらどうなるか分かってんだろうな、アアン?」と、まるでそこらの破落戸のような威嚇をしてくる。
──あなたの保護者さん方、滅茶苦茶怖いんですけど。
そんな簡単な指摘が出来ないままではあったが、リューイリーゼが訪ねてくる事自体はいつしか待ち望んでしまう程の楽しみとなっていた。
目を輝かせて勧めた本の感想を教えてくれるリューイリーゼは、単純に可愛い。
ただ、付いてくるオーディエンスがとてつもなく心配性で、圧が凄いだけだ。
……『だけ』で済ませてはいけないような気もするが、彼女に誠実に接していれば大丈夫だろう、多分。
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