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第二章 その感情の名を知る

57、悪夢はもう見ない

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『兄上! また誰にやられたんですか!? 母上ですか!?』


 まだ幼さが残る少年の声が、響く。
 ラームニードの手足の状態を確認した銀髪の少年は、その美しい相貌を悔しげに顔を歪めた。


『あなたは王と成るべき方です。そんな方になんて酷い事を……! 僕、抗議してきます!』
『良い、至らぬ俺が悪いのだ。それに、お前の方が向いているだろう? 俺は王には向かん。皆がそう言っている』
『何を馬鹿な事を仰っているんですか』


 銀髪の少年は、呆れたように笑った。



『兄上はきっと素晴らしい王に成られます。僕はそれを補佐し、お支えするのが夢なんです』
 


 一緒にこの国を守りましょう。
 無邪気に夢を語る少年の姿が掻き消え、別の場面に移り変わる。


 
『貴方は私の憧れだった。私が欲しいものを、全て持っていた。……貴方のように、なりたかった』

『でも、私は貴方にはなれなかった。なれる筈が、なかったんです。だから……』

『──貴方を殺すしかなかった』



 先程までの彼が温かい木漏れ日のようなものならば、今の彼はまるで深々と降り積もる雪のようだ。
 あの人懐っこい無邪気な笑みは、どこにもない。
 全てを拒絶するような頑なさに、ラームニードはいつもどんな顔をすれば良いのか分からなくなる。

 他者の感情に聡いからこそ、その言葉に嘘が混じっている事は分かっていた。
 けれど、そのどれが嘘なのかまでは判断がつかない。

 ラームニードへの憧れが嘘だったのか。
 それとも、殺意が嘘だったのか。

 しかし、幾ら本心を言えと迫っても、彼は頑なに自分が殺意を持っていたという証言を曲げようとはしなかった。
 己は稀代の謀反人であり、王族を騙った逆賊である。だから処刑すべし。そう主張し続けたのだ。



『許せなかったのです。ただ、許せなかった。──それだけです』



 これは、ただの夢だ。
 ここに居るのは、本物のトロンジットではない。
 ただのラームニードの妄想であり、たとえここで答えを貰えたとして、それに意味はない。

 けれど、問わずにはいられなかった。



「……お前が許せなかったのは、お前自身か?」



 お前は優しい子だったから。そして、驚くぐらいに頑固な子だったから。
 何より、誰よりも自分を家族だと、敬愛するべき『兄』だと思っていてくれたから。

 兄であるラームニードが玉座につくのを見るのが夢だと言っていた。
 その夢へと続く道を誰よりも阻んでいたのは、その資格すら持たない自分だった。その事実が、何よりも許せなかったのだ。

 だからこそ、自分が不義の子であると知らしめ、母と実父の罪を自ら公のものにした。

 今更遅い。
 トロンジットはもう死んだ。
 今更こんな事を言っても、遅いというのに。
 

 しかし、今まで頑なに拒絶を示していたトロンジットが、微笑んだ。
 先程の問いに対しては、肯定も否定もしない。だが、先程まで頑なに拒絶を示していた彼がまるで「仕方がないなぁ」とでもいうかのように。

 
 その笑みが、急激に闇の中へと溶けて消えていく。




『───さようなら、兄上』



 消える最後の瞬間、聞こえた声音は泣きたくなる程に優しかった。
 
 けれども、ラームニードは進むしかない。
 幾ら寂しくても、このまま立ち止まっている訳にはいかない。
 過去の亡霊と別れ、更なる未来へと──彼女達と共に。それが、生きるという事だ。



「──ああ、さよならだ、トロンジット。……俺の、ただ一人だけの弟よ』 



 きっと、お前の望むような王となる。
 そう心に決めたのだ。

 

***



 亡き弟の夢を見た翌日、ラームニードはリューイリーゼを除いた側近達全員と宰相を呼び出した。
 何処か緊張した面持ちの彼らを見回し、こう宣言する。



「俺は──リューイリーゼを妻にする」







***



ここまで読んでいただき、ありがとうございました!
あと閑話を二話挟んで、第二章は終わります。
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