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第二章 その感情の名を知る

54、そうしたいと心が叫ぶ

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「カルム上級侍女、お荷物が届いていらっしゃいますよ」



 寮の管理人に渡された荷物は、実家の両親からだった。

 部屋に戻って包みを開けると、入っていたのは流星祭のお守りである。
 父からはレース刺繍のショールで、母からはスノードロップの花が刺繍された小物入れだ。
 
 一緒に入っていた手紙の内容は、リューイリーゼが贈ったお守りについての礼と、王付き侍女を勤めている事への称賛と労いだ。
 手紙の最後は、こう締め括られている。



『ジュリオンは心配していたけれど、父さん達は実はそこまで心配はしていないんだ。思い切りが良過ぎて心配になる事もあるが……お前は一度こうと決めたら、それを最後まできちんとやり遂げる子だ。お前が決めたのならば、私達が口を挟む必要はない。誠心誠意、国王陛下に尽くしなさい。父さん達は応援しているよ』



「……ジュリオン、ちゃんとお守りを渡してくれたのね」



 両親からの温かい激励の言葉に自然と表情が緩みながら、手紙を畳み直す。

 流星祭のお守りは、流星祭前の十日間のうちに渡すのが一般的だ。
 リューイリーゼも夏季休暇で実家に帰るジュリオンに両親へのお守りを託したし、勿論その際にジュリオンへも直接渡している。
 今リューイリーゼの髪を結っているリボンは、その際に彼からお返しとして貰ったものだ。


 ……リューイリーゼが用意しているお守りは、後一つ。



「……本当にどうしようかなぁ」



 机の上にずっと置いたままだった包みを見つめ、ため息を吐いた。
 勢いで用意してしまったが、渡すべきか、それともこのまま置いておくべきか。

 暫く包みと睨み合って、不意に彼の言葉を思い出した。



『──お前は、どうしたいのだ』



「……私は」



 迷った挙句、包みへと手を伸ばし、握り締める。
  
 こんな事を思うのは、不敬かもしれない。
 けれど───そうしたいのだと、心が叫ぶのだ。



***



「カルム嬢、……少し、宜しいですか?」


 休憩が終わり、執務室に帰る途中の事だ。
 廊下で深刻そうな顔をしたキドマに呼び止められ、足を止める。


「キドマ卿、どうしたんですか? そんな顔をして」
「い、いや……えっと」
「もしかして、流星祭についてですか? 何か変更点でも……」
「違うんです! 流星祭に関係する事ではなくて!」


 キドマ卿の顔は、気の毒になる程真っ赤だ。
 もしかして、熱があるのかもしれない。流星祭も近付き忙しいのは分かるが、早めに帰って休んだほうが良いのではないのだろうか。

 そんな心配をするリューイリーゼを他所に、挙動不審に泳ぎまくる視線が真っ直ぐに向けられる。


「あ、あの!」
「……? はい」
「じ、実は、大事な話がありまして……。その、私は、私はあなたが──!」


「──リューイリーゼ殿!」


 
 大声で名を呼ばれた方向に顔を向ければ、何処か焦った表情をしたアーカルドがいた。
 凄い勢いで走り寄ってきたアーカルドはチラリとキドマの方へと視線をやって、ホッと息を吐く。
 

「アーカルド様?」
「……リューイリーゼ殿、お話中申し訳ありませんが、陛下の御用が……」
「えっ!?」


 出て来た名前に、思わず血相を変える。
 

「す、直ぐに戻ります! 執務室にいらっしゃいますよね?」
「はい」
「キドマ卿も申し訳ありません。大事なお話とおっしゃっていましたが、また後日でも宜しいですか?」
「え、い、いや……」


 青ざめたキドマはチラリとアーカルドの方へと視線を向ける。


「……だ、大丈夫です。もしかしたら、こちらで何とかなる案件かもしれないので」
「そうですか? 有難うございます。また何かありましたら、直ぐに声を掛けて下さいね」



 礼をして、急いで執務室の方へと歩き出す。
 早足で廊下を歩くリューイリーゼは、隣のアーカルドへと問い掛けた。



「それで……何があったんですか?」


 
 また呪いで服がハジけたのか。またノイスが余計な事を言って怒らせたのか。
 それとも、また別の事件が?

 キドマの『大事な用』を遮る程の事なのだ。
 余程深刻な内容なのだろうとアーカルドの顔を窺えば、彼は途端にバツの悪そうな表情になる。

 ……おっと?
 思わず、声が低くなった。


「……まさか、用が無いとは言わないですよね?」
「いや! 用が無い訳ではないですよ!? ですが、どちらかと言えば、陛下の御用というよりは私達の願いと言いますか、むしろあの状況からあなたを連れ出す事自体が目的だったというか」
「キドマ卿の『大事な用』って、それ程私が聞いちゃいけない事なんですか?」
「聞いちゃいけないという事もありませんし、キドマ卿には本当に悪い事をしているとも思いますが……。折角陛下の方もちょっと纏まりかけているご様子なのに、引っ掻き回さないで頂きたいというか……」
「はあ」


 何だかよく分からないが、この口振りではどうやらラームニードの為でもあるようだ。
 それなら仕方がないか。リューイリーゼは、深く考えるのを止めた。


「アーカルド様がその方が良いとおっしゃるのであれば、信じますけど」
「……キドマ卿も不憫にな。全く気に留められてすらいない」
「何かおっしゃいましたか?」
「いいえ、何も」


 アーカルドは何事かを呟いた様だったが、本人が何でもないと言うのだから、そうなのだろうと納得する。
 それよりも確認したい事があった。


「陛下は今、執務室に?」
「ええ、執務がひと段落したので、休憩を取られています」

 
 どうやら、またカウチで仮眠を取っているようだ。
 ふむ、とリューイリーゼは考える。

 それではノイスが扉の前で警護任務中で、確かナイラは流星祭に備えて侍女長の講習を受けると言っていた。
 アリーテは執務室の隣の控室で待機しているだろうし、あとは……。


「キリク先輩はどうしていますか?」
「宰相閣下に呼び出されていると思います」


 これはチャンスではないか。
 リューイリーゼは確信して頷く。



「……あの、すみません、アーカルド様」
「どうしました?」
「アーカルド様を信用して言います。出来れば、秘密にして頂きたいのです」
「はい?」
「……実は」



 リューイリーゼが『したい事』を聞いたアーカルドは一瞬驚いたような顔を見せ、それでから嬉しげに頷いた。


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