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第二章 その感情の名を知る
53、アーカルドの恋
しおりを挟む「……相手が、アリーテ殿だからですよ」
『もし状況があと少しでも違ったなら、素直に想いを口に出来ていたのかしらって』
瞬間、何故かアリーテの悲しげな顔が脳裏に浮かんだ。
アリーテには、好きな人がいるらしい。
何でも、親元王妃派だったリストラット家では言い出し難い相手のようだ。
そして、アリーテの好みの男性といえば……。
『細マッチョなんて筋肉じゃないわよ。日頃から鍛えに鍛え抜いた筋肉が至高なの。そうなると、やっぱり騎士様の筋肉よね。所謂騎士様、って感じの真面目さや実直さも素敵だし。これからもっと育つであろう発展性が感じられれば、完璧よ!』
「筋肉!!」
「えっ!?」
「理想の筋肉が目の前にあるじゃないですか!! 何て事!?」
リューイリーゼは目の前にある立派な筋肉に目を剥いた。
日頃から鍛えに鍛え抜いた筋肉。
真面目で実直な騎士で、これからもっと育つであろう発展性。
なんてこった。
こんな近くにアリーテの理想の男性が居ただなんて、今の今まで気付きもしなかった。
(……え、これもしかして、アリーテの好きな人って、アーカルド様なんじゃ……)
あり得る。
というか、間違いないだろう。
元王妃派閥だからと王付きになる事自体を諦めていたアリーテは、王付き侍女となれた事を心の底から喜んでいた。
憧れた王付き侍女になる事が出来た誇りがあるからこそ、アーカルドへの好意を容易に口には出来ない。
それでは、以前居たような婚活目的の侍女と同じになってしまうからだ。そうなりたくないから、必死に己を戒めている。
(……アリーテ。私達はやっぱり似た者同士ね。気持ちは凄いよく分かるもの)
「……リューイリーゼ殿?」
呼び掛けられて、目の前のアーカルドに視線を戻す。
アーカルドはまるで変質者でも見るような目で、恐る恐るこちらを窺っていた。
突如筋肉に食い付いたので驚いたのだろうけど、そんな顔をしなくても。
多分間違いではないと思うけれど、念の為という意味もあるし、アリーテの想いをリューイリーゼの口から明かしてしまうのは少し筋が違う気もする。
迷いながら、言葉を選んだ。
「……すみません、新しい気付きに吃驚しちゃって……」
「吃驚したのはこっちですよ……」
「正直、アリーテ的にはアーカルド様の筋肉は好みのど真ん中だと思います。可能性は、有り寄りの有りです」
「喜んで良いのか……私自身ではなく、筋肉の好みについてしか明言されてない事に悲しんだ方が良いのか……」
「何を言ってるんですか! アーカルド様の筋肉はアーカルド様の物ですよ。自分だけの大きな武器です。もっと自信を持って!!」
「嬉しい……いや嬉しく……ううん……?」
とりあえず客観的に見たアリーテの好みを述べてみれば、アーカルドはとても微妙な顔をした。
褒めているのに、何故。
アーカルドは何やら考え込んでしまったが、とりあえず話を戻す事にする。
「つまり、アリーテに流星祭の時に好みの装飾品を渡して告白したい、という事ですか?」
「そうなります」
「……急ですね、何か急ぐ理由でも?」
正直に言ってしまうと、アリーテとアーカルドが想い合っているだなんて、言われるまで全然気が付かなかった。
確かに流星祭でアピールするのも有りだとは思うが、もっとじっくりと仲良くなってから交際を申し込むなり、家経由で婚約を前提とした交際を申し込んだり、色々方法はある筈だ。
単純な疑問を口にすれば、アーカルドは何故かバツが悪そうな顔をした。
「その……少し危機感を覚えて」
「危機感?」
「このままでは勝手に結婚相手を決められそうというか、ちょうど良い相手だからと、いつ何時誰を押し付けられてもおかしくないという事を自覚したというか」
「アーカルド様は一体、誰に何を迫られているんですか……」
何だろう、望んでいないお見合いでも押し付けられそうなのだろうか。
「あ」
苦しげに眉根を寄せるアーカルドを呆れたように見つめて、ふとそれがアーカルドだけの問題でない事を思い出した。
「……アーカルド様、大変です」
「何ですか、急に」
「そういえば、思い出しました。アリーテは今まさに、結婚相手を決められそうになっています」
「えっ!?」
驚くアーカルドに、アリーテから聞いた事情を説明する。
アーカルドの顔は真っ青を通り越して、真っ白になっていた。
今にも死にそうな顔のアーカルドに「お父様からの手紙には、流星祭が終わった後くらいには返事が欲しいと書いてありましたよ」と一応フォローを入れると、真っ白から真っ青寄りへと顔色が戻る。
今にも死にそうから、今にも倒れそうに変わっただけで、やはり顔色が悪い事に変わりはなかった。
「アリーテは……家の為ならば仕方がないと言っていました」
「何という事だ……」
頭を抱えたアーカルドに、聞いてみる事にする。
「アーカルド様にお尋ねしたいのですが」
「何ですか」
「まずアーカルド様とアリーテが……その、もしお付き合いをするという事になったら、陛下はどういう反応をすると思いますか?」
アリーテの家が元王妃派閥だったからと、反対されるような事にはならないだろうか。
念の為に確認をすれば、アーカルドはあっけらかんと答えた。
「どういうも何も……普通に『そうか』と祝福して下さると思いますよ」
「ですよね」
「陛下が元王妃派閥を嫌厭しているように見えるのは、向こうから喧嘩を売ってくる家が多いからです。そうでない家に対しては、別に何とも思ってないですよ。元王妃派閥であっても、有能な人はごく普通に登用していますし。アリーテ殿の人柄も知っているので、尚更反対なさらないのでは」
確かに、リューイリーゼも薄々感じていた。
ラームニードは喧嘩を売られたら五倍で買うだけであって、何もしていない人に対しては比較的寛容だ。
特に真面目に仕事をしている人に対しては、例え実家の方とは折り合いが悪くとも、真っ当に評価をする。言われている程、派閥に拘っている訳ではないのだ。
長い間ラームニードに仕え、彼をよく理解しているアーカルドの言う事だから、説得力がある。
(……確か、キドマ卿も元王妃派閥のご実家らしいし……。それなら、きっと大丈夫よね)
リューイリーゼは納得して、目の前の人物に視線を戻す。
優しく誠実で、何より実直な人だ。
きっとこの人ならば、アリーテを幸せにしてくれるだろう。
そう確信出来るのにほんの少し……そう、何だかほんの少しだけ、彼女がこの人に奪われていってしまうようで寂しい。
「私は友人として、アリーテには幸せになって欲しいんです。でも、家の為にその身を捧げようとした彼女の決意を曲げたくもない」
曲がりなりにも、貴族だ。
貴族である以上、愛だけで全てを解決出来るだなんて甘い考えは許される筈がないし、アリーテだってきっとそんな事は望まない。
「ですから、どうかそのどちらも叶えて差し上げて下さい」
彼女の家にきちんと利を示し、尚且つアリーテも幸せにしてあげて欲しい。
想い人の親友の願いを聞いて、アーカルドは力強く頷いた。
「我が命は陛下に捧げているのでかけられませんが──我が騎士の誇りにかけても」
こんな所まで真面目なんだから。
リューイリーゼは思わず笑ってしまった。
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