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第二章 その感情の名を知る
45、名も無き感情の意味を問え
しおりを挟む「相手の名前はジュリアン・カルム。実の弟でした」
「ご家族の方に、呪いで全裸になる人の側近になった事を物凄ーく心配されてましたよ」
デートの尾行から帰ってきた二人の報告は、なんとも居た堪れないものだった。
キリクはいつも通り淡々としていたが、ノイスはあからさまに呆れたような顔にラームニードは僅かに視線を泳がす。
「……そうか、ご苦労だった」
キリクが続けて、今日のカルム家で始めるらしい新しい事業についての報告を始めたが、全くと言っていい程、頭に入って来ない。
木苺のパイが美味しかった? 土産に菓子を買って来た?
良い、俺への当てつけだろうが好きにしろ。好きにして良いから、ほんの少しの間だけでもそっとしておいてほしい。頼むから。
ちゃんと自覚はあるのだ。
リューイリーゼの『デート』がただの家族団欒だったと知れた事には安心したが、冷静になってみれば、「いくら何でも中々の無茶を言ったよな……」とは流石に反省もする。
それについて、キリク……は多分別に良いと言うだろうけど、ノイスが呆れるのも無理はないとも思う。
しかし、ラームニードは腐ってでも王族だ。
国を背負っているからこそ、いつも堂々たれ。フェルニス王家の誇りを忘れるべからず。
幼い頃から身に染み込まされてしまった国の上に立つ者としての矜持が、今すぐ頭を抱えて悶え転がりたくなる彼の正気をかろうじて保たせていた。
「でもまあ」
どうにも決まりが悪い思いをしながらも、意地でもポーカーフェイスを維持するラームニードの耳に、飄々とした声が届く。
「良かったですね。悪い男に騙されてなくて」
宰相だ。
「まあ、心配ですよね。彼女、しっかりしてる事もあれば、どこか抜けている所もありますし。何より貴重な王付きの人員です。可能な限り支援してあげねば」
「……何が言いたい?」
その物言いに、どうにも違和感を感じた。
それは決して気のせいではなかったようで、眉根を寄せたラームニードに宰相は穏やかな笑みを深める。
「どうでしょう。いっその事、リューイリーゼ嬢に見合いを勧めるというのは」
「……は?」
思わず、低い声が出た。
「だって、下手な男に任せたくはないのでしょう? それならば、悪い男に手を出される前に、こちらでそれ相応の相手を見繕ったら良いではありませんか? ほら、現にここにもいますでしょう。未婚で、呪いに対しても理解のある男性陣が」
「リューイリーゼ殿の事は素敵な女性だと思いますが、断固辞退させて頂きます」
「オレも職場の同僚はちょっとなー」
「……まさか、僕も入っているんですか?」
「ね、いるでしょう! 理解のある男性陣が!」
理解はあるかもしれないが、全員辞退する気満々のようだが、それは良いのだろうか……。
珍しく真顔で拒否を示したり、笑い飛ばしたり、本気で訝しむ三人を無視して、宰相は話を進めた。
「リューイリーゼ嬢も学院を卒業するくらいの歳です。『まだ早い』と陛下はおっしゃいましたが、婚約していたって別に不思議はないでしょうに」
フェルニス王国では基本的に成人後の婚姻を推奨されており、幼少期に婚約者を決める事は珍しい。
学院に入学する十五歳のあたりから、それぞれの家の利益をふまえ、相性その他諸々を見極めながら婚約相手を決めるのが一般的だ。
学院を卒業する十八歳にもなれば、婚約はそう珍しい事ではない。
「下手をすれば、結婚をしている者もいます」
「ぬ、ぐうぅ……」
ねえ、と宰相に同意を求められたアリーテの言葉に、ラームニードは苦しげに呻いた。
せ、成人まではまだあるというのに。ギリリと歯を噛み締める。
「どうして、陛下はリューイリーゼ嬢の結婚がお嫌なんですか?」
そんなラームニードに、宰相が追い打ちするように尋ねた。
「それは……」
「確かに彼女はあなたの臣下です。ですが、それは彼女の結婚を妨げる理由にはなり得ません。彼女には自分の家庭を持つ権利もあれば、自分の子を持つ権利だってある。愛され、幸せになる権利があるのです。仕事で一生を終えなければならない義務はない。……あなたは、彼女をどうしたいのですか?」
一生、籠の中にでも閉じ込めておくおつもりで?
まるで揶揄うように戯けながら、その目は真っ直ぐにラームニードを見つめている。
問われて、思わず考え込む。
決してリューイリーゼの幸せを邪魔したい訳ではなかった。
彼女には笑っていて欲しい。
優しくて温かな人達に囲まれて、いつものようにくだらない話をしながら、何の憂いもなく穏やかに過ごしていてくれたなら、それで良い。
けれど、その隣に寄り添う『誰か』を想像するだけで、心の中が激しく波打つような気持ちがした。
──それは何故か?
「あなたは他者の感情を察する才に恵まれています。けれどその反面、己の感情を理解する事に対しては、あまりにも無頓着が過ぎる。どうか、今一度ご自身の心の声に、耳を傾けて差し上げてくださいませ」
いつしか、宰相の顔にはいつもの悪戯げな笑みは消えていた。
「それが延いては王国の為──そして陛下ご自身の為にも繋がりましょう」
それは彼の幸せを願う忠臣の、心からの願いだった。
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