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第二章 その感情の名を知る
41、ミッションインポッシブル その2
しおりを挟む「オレ、今回の一件で諜報部って本当に凄いなと実感した」
「お褒めに預かり光栄です」
ノイスとキリクは尾行を継続していた。
先程までとは違うのは、その服装だ。
ノイスは帽子とタイ、キリクは鍔の広い帽子を被り、ケープからショールへと変え、先程までの服装とは少し異なった雰囲気になった。どれも、マダム・サリサの店で調達したものだ。
一見した感じでは、先程同じ店内にいたカップルだとは気付かないだろう。
「にしても、用意周到だな。こんなの買っちゃって良いの?」
「陛下の私費から、ある程度の軍資金は預かってきています」
「私費まで投入してきやがるよ、あの人……」
「閣下も『どうせ陛下のお金なんだから、むしろじゃんじゃん使ってきなさい』って」
「あの人、絶対面白がってるだろ」
たかがデートにどこまで本気なんだ、と呆れつつ、歩きながら先程得た情報を共有する。
「成程……。やはり学院に通うような年齢、ですか」
「雰囲気からして恋人じゃないみたいだし、もう尾行しなくても良くないか?」
楽しい休日に水を差すのも可哀想だし……と訴えるが、キリクは「ダメです」と即座に首を横に振った。
「『相手の男が何者か詳らかにする』というのが任務です。それに……」
「それに?」
「『彼はずっと友達だった。そうだと思っていた筈なのに、あれ……? 何で別の女の子が隣にいる事を考えるとこんなに胸が痛いんだろう……』みたいな感じで、恋に発展する可能性もあるじゃないですか」
「そんなにクソ真面目な顔で何を言ってるの?」
しかも、セリフの部分でちゃんと声色を変えるという徹底っぷりだ。
キリクも恋愛小説とか読むのだろうか。ここまで恋愛に興味なさそうな人間も珍しいのに。
恐る恐る聞いてみて、返って来た答えは、
「女性らしい話し方や振る舞い、考え方のバリエーションを学ぶ為に、諜報部の主任に薦められました」
「諜報部の勉強方法、独特すぎない……?」
いや、確かに多少の参考にはなるだろうけども。
恋愛小説が教本となり得るという事実に衝撃を受けつつ、遥か前を歩く二人の背中を見る。
リューイリーゼと青年は、歩きながら通りすがりの人が持つバッグや衣装を見て何かを話したり、雑貨屋で商品を見て考え込んだり。
真剣に何かを話し合う様子を見ていると、何というか。
(……仕事仲間?)
どちらかといえば友人というより、恋人というより、そういう関係の括りの方が合っているような気がする。
その関係性に首を傾げている内に、こんな会話が聴こえてきた。
「木苺のパイが美味しいんだって」
「ああ、そういえば僕も聞いた事あるかも。友達が絶賛していたよ」
どうやら、これから行くカフェについての話らしい。
それを聞いたノイスは、すぐに思い当たった。
「木苺パイ……。ははーん、あのカフェだな」
「知っているんですか?」
「最近流行りの店だよ。テーブル毎に個室みたいに壁で仕切られてて、密談も出来るって貴族の夫人や令嬢にも人気って噂」
三番通りにある事を伝えると、キリクは少し考え込んだ。
突如真剣な顔で思案し始めたキリクに、ノイスは首を傾げる。
「どうしたんだ? そんな顔して」
「いえ……。その……」
キリクは何故か、言い難そうに視線を泳がせている。
「念の為に、と持たされた物でしたが、まさか本当に活用する機会が来るとは思わなかったな、と……」
「は?」
『念の為に持たされた物』の詳細を聞き、ノイスは驚いた。
そして、思った。
今日一日だけで何度思ったか分からない言葉である。
──そこまでするのか、と。
***
「リューイリーゼ嬢に何だか無性に謝りたい……」
席に案内されたノイスは項垂れていた。
テーブルの上に置かれているのは、盗聴用の魔道具だ。
これと対になっているもう一つの集音用の魔道具は先程、通りすがりにキリクが設置済みだ。
『ああ、ごめんなさい。少し立ちくらみが』
リューイリーゼ達のテーブルの横を通る時にわざとふらついてみせ、注目を集めた隙に、さりげなく魔道具を置いてきたのだという。
キリクの芸の細かさに、もう感心するしかない。
「っていうか、何でただのデートの尾行で、最先端技術を惜しげもなく使っちゃうの……」
「尾行をするという噂を何処かから聞きつけた魔法師団長から、『折角だから使う機会があったら、試して感想を聞かせてくれ』って渡されたので……」
「うちの上層部にまともな人はいないのか」
どいつもこいつも、自分の興味のある事に対して全力すぎる。
それで折角の休日を同僚に監視され、盗聴までされる事になってしまったリューイリーゼの気持ちにもなってあげて欲しいし、同僚の監視・盗聴をする事になってしまった側の気持ちも分かって欲しい。
何ともしょっぱい気持ちになりながら、注文した紅茶と木苺のパイを運んでくる。
こうなればヤケだ。折角流行りの店に来たのだから、少しくらい満喫してもいいだろう。
ごゆっくりどうぞ、と店員が去っていったのを確認して、キリクは魔道具を起動させた。
トン、トトン、トンという独特のリズムで中央の石部分を叩くと、そこから声が聞こえてくる。
『……王付きを辞めるつもりはないの。姉さん』
聞こえてきた青年の言葉に、ノイスとキリクは思わず顔を見合わせた。
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