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第二章 その感情の名を知る

39、久々の再会の裏側で

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 リューイリーゼのデート疑惑が湧き上がり、執務室には混乱が起こった。



「リューイリーゼにはまだ早い。どんな男か見極めに行く」



 娘馬鹿の頑固親父のようになってしまったラームニードが、今から街に降りると駄々を捏ね始めたのだ。
 あなたはリューイリーゼの何なのだ、と突っ込む暇もない。それに焦ったのは宰相含めた王付きの面々だ。
 それはそうだ、仮にも一国の王をホイホイ街へと送り出せる筈がない。


「陛下、流石にそれは許可出来ません。諦めて下さい」
「街中で服がハジけ飛んだらどうするおつもりですか。色々と大惨事ですよ!」
「露出狂の通報を受けて駆け付けたら、そこにいたのが国王陛下だった時の王都警備隊の気持ちを考えてやって下さい。かつてない程までの修羅場じゃないですか」
「公然わいせつ罪で王都警備隊に引っ立てられる国王陛下は、ちょっと……」
「ひええ、それって不敬にあたるんでしょうか……。でも先に罪を犯したのは陛下……あれ??」


 散々な言いようではあったが、皆それぞれ必死だった。
 街中で服がハジける事が確定事項のように言われているが、その様子が容易に想像が出来るので仕方がない。

 それでも尚も引かないラームニードに、それまで黙って様子を見ていたキリクが口を開いた。


「……僕ともう一人が尾行して相手を見極めます。それならどうですか?」
「…………仕方がない、採用」



 キリクの提案にラームニードが漸く妥協し、宰相からも「面白そうだから良し」と許可が出た。
 そこまでするか、と思わなくはなかったが、国王が公然わいせつ罪で捕まるよりはマシには違いない。


「それで、キリクの他に誰を行かせます?」


 そこからキリクの他に誰を行かせるかを話し合った所、


「私的にお勧めするとすればノイスですが」
「ノイスで」
「ノイスで」
「出来れば、ノイスさんの方がやりやすいです」
「何だか分からないですが、陛下のご意志に従います」
「わ、私も同じく……」

「何で???」


 自分以外の満場一致で選ばれてしまったノイスは困惑した。本当に何で。

 
 頭の中に疑問符を飛ばすノイスを他所に、そこからのキリクの行動は早かった。

 まずは侍女二人からリューイリーゼがどういう服装をして出掛けたかを聞き取り、それと同じくらいのレベルの服を二人分用意した。
 
 そして、変装用の色粉や化粧品まで駆使し、ノイスを変装させた。
 出来上がったのは裕福な商人風の青年だ。
 
 そのあまりの出来栄えに、諜報部出身って凄いな、と感心したのも束の間、着替え終わったキリクを見て、ノイスは目が飛び出そうな程の衝撃を受けた。
 
 そこに出て来たのは、一人の『少女』だった。
 恐らくはかつらであろう長い黒髪を編み込んで纏め、綺麗な髪飾りで留めている。
 濃くなり過ぎない程度の化粧も施し、ケープやあまり露出が少ないワンピースを選ぶ事で自分の体型を隠すなど、徹底していた。

 朗らかな笑みを浮かべたキリクは、まるで別人のようである。
 何処からどう見ても裕福な家の令嬢といった姿を目の当たりにして、ノイスは頭を抱えた。
 

『諜報任務に必要なのは、目立たずに周囲の風景に溶け込む事。そして、自分を知っている人を騙す為には、自分と正反対の人間を演じるのが一番良い、です』


 変装前、キリクはそう言った。確かにそう言っていた。
 しかし、だからといって、



(いくら正反対の人間が良いとはいっても、性別まで変えるのはやりすぎじゃないですかね!?)



 諜報部出身の本気の変装、怖すぎる。
 ノイスは心の底から慄いていた。



「……これ、もっと他に何とかならなかったのか?」


 別に女装までする必要はなかったのではないか。
 キリクとカップルらしく腕を組んで通りを歩きながら、思わず小声でボヤいた。


「仕方がないでしょう。男性が入ったら目立つような場所に潜入する可能性も考えたら、これが一番手っ取り早いんです」
「その笑顔と声、何処から出してるの??」


 同じく小声ではあるが、いつものキリクとはまるで別人のようなにこやかさと声音だ。
 街中で見掛けても、恐らく彼だと気付く事は出来ないだろう。今でさえ、混乱した脳味噌が溶け出しそうだ。

 
「大体アリーテ嬢やナイラ嬢だっているでしょ、何でわざわざそんな格好をしてまで……」


 折角使える人員がいるのだから、と不満を漏らせば、キリクは即座に「ダメです」と切り捨てた。


「どちらもリューイリーゼさんがよく知っている人だから、万が一バレた時に言い逃れが出来ないでしょう。それに、二人を知らない男とデートしていただなんて醜聞に巻き込みたくないです。外聞が悪くなるのは、流石に気の毒ですし」
「……あー、そういう……」


 そう言われると、反論はし難かった。

 今は昔よりも緩和されたとはいえ、貴族の女性には貞淑さが求められるものだ。
 互いに好き合っているならまだしも、下手に男性と二人きりで出掛けて噂になれば、「身持ちの悪い女」だとして、彼女達の今後の縁談に支障が出る可能性もある。

 業務の一環だと反論出来るのならまだ言い訳のしようもあるが、リューイリーゼにバレない事を考えるのならそれも難しいし、そもそも『部下のデートを監視するためにカップルに偽装しました』などという巫山戯た内容が業務として認められるのか自体が疑問だ。

 とにかく、彼女達の未来を思うのであれば、巻き込まないであげた方が良いに決まっている。

 ──まあ、それは良いんだけども。
 


「オレの外聞は??」



 女装した王付き侍従とデートしただなんて周囲にバレたら、ノイスの外聞の方が大打撃なのではないだろうか。
 思わずジトリとキリクを見つめると、彼は澄ました顔で言った。


「バレない為に、ここまで本気で変装したんでしょ。バレたくなければ本気で演技して下さい」
「ぐうう……正論……!」
「それに『私』の正体さえバレなければ、あなたなら『街で適当に女の子をナンパした』で済むでしょう」
「くっそー、あいつこれ予想してただろ。アーカルドの奴、後で絶対に覚えておけよ!!」


 別れ際、申し訳なさそうな顔をしていた友人に向かって悪態をつく。
 キリクが尾行を提案した時、アーカルドが頑なに同行を拒否していた理由がやっと分かった。
 彼もキリクとは長い付き合いだ。多分こうなる事を分かっていたのだろう。
 
 人を人身御供として差し出したのだから、絶対に後で何かを奢ってもらおうと心に決めた───その時だ。



「……いましたよ。噴水前」



 キリクの囁きを聞いて、言われた方向を何気なく見やる。
 
 視線の先には、探していたリューイリーゼの姿があった。
 いつにないお洒落をして、噴水の前で佇む彼女へ向かって心の中で謝罪をする。
 

(デートだったら本当にすみません。けれど、陛下に公然わいせつ罪という不名誉を与えない為には仕方がなかったんです。分かって下さい)



「とにかく、『デート』を始めますよ。……行きますよ、ダーリン」



 キリクの目は、知り合いにバレたくないのであれば本気になれ、と雄弁に語っている。



「ああ、もう! 分かったよ、ハニー!!」




 ──こうなれば、もうヤケだった。
 
 


***


多分今後活用はしない裏話。
アーカルドが断固拒否した理由は、諜報任務で女装したキリクを恋人だと間違われて否定するのに苦労した過去があるから。(真面目で女遊びは絶対にしないので、ガチ彼女感があった所為)


 
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