37 / 84
第二章 その感情の名を知る
36、愛犬には首輪をつけたい王様
しおりを挟む「失礼致します。陛下、今年度の流星祭についてですが……」
ラームニードの執務室に入った宰相は、おやと眉を上げた。
部屋の空気が、何だかおかしい。
通常通りのキリクはともかく、アーカルドやノイスはまず先に宰相に対して「助けて!」とでも言わんばかりの視線を向けてくるし、アリーテは困惑し、ナイラは何故か涙目だ。
宰相は直ぐに察した。
あ、これまたうちの国王、何か無茶な事を言っているな、と。
「宰相、良い所に来た」
ラームニードは部屋に入ってきた宰相にすぐに気付き、至極真面目な顔でこう言った。
「首輪を付けようと思うんだが」
(……何だって?)
流石の宰相の頭の中にも、疑問符が浮かぶ。
「……もう一度言って頂けますか」
「首輪を付けようと思うんだが」
「私は意味を問いたいのであって、オウム返しを望んでいる訳ではないのですよ」
何に? 誰に??
ラームニードが動物を飼い始めたなどという話を聞いた事が無い宰相は、とてつもなく嫌な予感がしながらも、とりあえず聞いてみる事にする。
「ええと、何をどうしてそういう考えに至ったか、経緯を教えて頂けると助かりますが」
「王付きは俺のモノだろう」
「……まあ、広い意味でいえば、そういう括りにはなるでしょうけれど」
それでも、色々誤解を生みそうな表現だから他所様ではあまり言わないで欲しい。
何とも言えない表情をした宰相を気にも留めず、ラームニードは続けた。
「俺のモノだと知らしめる証が必要だと思ったんだ」
そこで漸く、宰相は理解した。
彼はイシュレア・エルランダの事件でリューイリーゼが傷付けられようとした事が余程堪えたようだ。
まるで、狼の群れのボスのような人だ。王家の性質も相待って、群れの仲間を害される事を特に嫌う。
(……それでも、まあ良い事ですね)
いつも尊大な態度のラームニードではあるが、彼が自分のものを主張したり、大切にしようとする意志をあからさまにするのは、実は珍しい事である。
静かに身を引いてしまう事が多い彼がこうして己の望みを口にしているのだから、尊重してあげたいと思った。
「良いのではないですか? 陛下からの寵愛が目に見えるようになれば、そう簡単に侮られる事もないでしょうし」
王から直接物を賜るという事は、即ち寵愛を示す。
常識がある人間ならば、身分や噂だけを耳にして見縊ったり、迂闊に手を出そうとは思わない筈だ。
(それに『それ程王に大切にされるならば』と王付きに志願する人間も増えるかもしれませんしね)
「ですが、流石に首輪は止めましょう。犬じゃないんですから」
多少の打算を働かせながら苦言を呈せば、ラームニードはそうだな、と考え込んだ。
流石に首輪が不味い自覚はあったらしい。
しかしこの程度の事、新しい侍女二人には難しくても、アーカルドやノイスだったら普通に対処出来たのではないだろうか。
妙にすんなりと話が進む事に違和感を感じながらも、ラームニードに助言をする。
「やはり、いつも身に付けられるような物の方が良いだろうか」
「そうですね、すぐ見て分かるような物が好ましいかと。例えばチョーカー、ネックレス、ブローチ……」
「先程もそういう話になった。俺としてはネックレスのような形を考えているんだが」
おっと?
宰相は片眉を上げた。
「何か理想の形がおありで?」
「理想を言うなら、『ヴィオルの涙』のような造形の……」
「ヴィッ……!?」
思わぬ名前が飛び出して、宰相は思わず絶句した。
『ヴィオルの涙』というのは、愛妻家として有名な三代前の国王ヴィオルが王妃に贈ったというネックレスだ。
あまり派手好みではなかったという王妃の好みに合わせ、大粒のエメラルドが嵌め込まれた土台に施された細工が控えめながら実に繊細で、その上品な美しさが評価されている芸術品。
思わず、騎士二人の方をチラリと見る。
アーカルドは重々しく頷いているし、ノイスは激しく首を振っていた。
どうやら、彼らの頭を悩ませていたのは、この事だったようだ。
「……あの、陛下」
恐る恐る声を掛ける。
「王付きに渡すのですよね……?」
「……? ああ」
ラームニードは何の疑問も持っていないようだ。
「そのつもりだが」
「それは……騎士達にも贈るおつもりで?」
「あ」
0
お気に入りに追加
45
あなたにおすすめの小説

雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜
川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。
前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。
恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。
だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。
そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。
「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」
レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。
実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。
女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。
過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。
二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。

麗しの王子殿下は今日も私を睨みつける。
スズキアカネ
恋愛
「王子殿下の運命の相手を占いで決めるそうだから、レオーネ、あなたが選ばれるかもしれないわよ」
伯母の一声で連れて行かれた王宮広場にはたくさんの若い女の子たちで溢れかえっていた。
そしてバルコニーに立つのは麗しい王子様。
──あの、王子様……何故睨むんですか?
人違いに決まってるからそんなに怒らないでよぉ!
◇◆◇
無断転載・転用禁止。
Do not repost.
【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

婚約破棄直前に倒れた悪役令嬢は、愛を抱いたまま退場したい
矢口愛留
恋愛
【全11話】
学園の卒業パーティーで、公爵令嬢クロエは、第一王子スティーブに婚約破棄をされそうになっていた。
しかし、婚約破棄を宣言される前に、クロエは倒れてしまう。
クロエの余命があと一年ということがわかり、スティーブは、自身の感じていた違和感の元を探り始める。
スティーブは真実にたどり着き、クロエに一つの約束を残して、ある選択をするのだった。
※一話あたり短めです。
※ベリーズカフェにも投稿しております。

わたしを捨てた騎士様の末路
夜桜
恋愛
令嬢エレナは、騎士フレンと婚約を交わしていた。
ある日、フレンはエレナに婚約破棄を言い渡す。その意外な理由にエレナは冷静に対処した。フレンの行動は全て筒抜けだったのだ。
※連載

皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。

久しぶりに会った婚約者は「明日、婚約破棄するから」と私に言った
五珠 izumi
恋愛
「明日、婚約破棄するから」
8年もの婚約者、マリス王子にそう言われた私は泣き出しそうになるのを堪えてその場を後にした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる