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第二章 その感情の名を知る

36、愛犬には首輪をつけたい王様

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「失礼致します。陛下、今年度の流星祭についてですが……」



 ラームニードの執務室に入った宰相は、おやと眉を上げた。
 
 部屋の空気が、何だかおかしい。
 通常通りのキリクはともかく、アーカルドやノイスはまず先に宰相に対して「助けて!」とでも言わんばかりの視線を向けてくるし、アリーテは困惑し、ナイラは何故か涙目だ。
 
 宰相は直ぐに察した。
 あ、これまたうちの国王、何か無茶な事を言っているな、と。


 
「宰相、良い所に来た」



 ラームニードは部屋に入ってきた宰相にすぐに気付き、至極真面目な顔でこう言った。



「首輪を付けようと思うんだが」


 
(……何だって?)


 流石の宰相の頭の中にも、疑問符が浮かぶ。


「……もう一度言って頂けますか」
「首輪を付けようと思うんだが」
「私は意味を問いたいのであって、オウム返しを望んでいる訳ではないのですよ」


 何に? 誰に??
 ラームニードが動物を飼い始めたなどという話を聞いた事が無い宰相は、とてつもなく嫌な予感がしながらも、とりあえず聞いてみる事にする。


「ええと、何をどうしてそういう考えに至ったか、経緯を教えて頂けると助かりますが」
「王付きは俺のモノだろう」
「……まあ、広い意味でいえば、そういう括りにはなるでしょうけれど」


 それでも、色々誤解を生みそうな表現だから他所様ではあまり言わないで欲しい。
 何とも言えない表情をした宰相を気にも留めず、ラームニードは続けた。
 


「俺のモノだと知らしめる証が必要だと思ったんだ」



 そこで漸く、宰相は理解した。
 彼はイシュレア・エルランダの事件でリューイリーゼが傷付けられようとした事が余程堪えたようだ。
 まるで、狼の群れのボスのような人だ。王家の性質も相待って、群れの仲間を害される事を特に嫌う。



(……それでも、まあ良い事ですね)



 いつも尊大な態度のラームニードではあるが、彼が自分のものを主張したり、大切にしようとする意志をあからさまにするのは、実は珍しい事である。
 静かに身を引いてしまう事が多い彼がこうして己の望みを口にしているのだから、尊重してあげたいと思った。



「良いのではないですか? 陛下からの寵愛が目に見えるようになれば、そう簡単に侮られる事もないでしょうし」



 王から直接物を賜るという事は、即ち寵愛を示す。
 常識がある人間ならば、身分や噂だけを耳にして見縊ったり、迂闊に手を出そうとは思わない筈だ。
  

(それに『それ程王に大切にされるならば』と王付きに志願する人間も増えるかもしれませんしね)

 

「ですが、流石に首輪は止めましょう。犬じゃないんですから」



 多少の打算を働かせながら苦言を呈せば、ラームニードはそうだな、と考え込んだ。
 流石に首輪が不味い自覚はあったらしい。
 
 しかしこの程度の事、新しい侍女二人には難しくても、アーカルドやノイスだったら普通に対処出来たのではないだろうか。

 妙にすんなりと話が進む事に違和感を感じながらも、ラームニードに助言をする。


「やはり、いつも身に付けられるような物の方が良いだろうか」
「そうですね、すぐ見て分かるような物が好ましいかと。例えばチョーカー、ネックレス、ブローチ……」
「先程もそういう話になった。俺としてはネックレスのような形を考えているんだが」


 おっと?
 宰相は片眉を上げた。


「何か理想の形がおありで?」
「理想を言うなら、『ヴィオルの涙』のような造形の……」
「ヴィッ……!?」


 思わぬ名前が飛び出して、宰相は思わず絶句した。

『ヴィオルの涙』というのは、愛妻家として有名な三代前の国王ヴィオルが王妃に贈ったというネックレスだ。
 あまり派手好みではなかったという王妃の好みに合わせ、大粒のエメラルドが嵌め込まれた土台に施された細工が控えめながら実に繊細で、その上品な美しさが評価されている芸術品。

 思わず、騎士二人の方をチラリと見る。
 アーカルドは重々しく頷いているし、ノイスは激しく首を振っていた。
 どうやら、彼らの頭を悩ませていたのは、この事だったようだ。



「……あの、陛下」



 恐る恐る声を掛ける。


「王付きに渡すのですよね……?」
「……? ああ」

 
 ラームニードは何の疑問も持っていないようだ。


「そのつもりだが」
「それは……騎士達にも贈るおつもりで?」

「あ」


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