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第一章 王様と呪い

閑話 苦労人アーカルドの困惑

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 アーカルドがラームニードの王付き騎士となったのは、前王妃へレーニャが権勢を振るっていた頃だった。
 
 へレーニャはラームニードに後ろ盾がつく事を酷く嫌がっていたし、有望な者は第二王子であるトロンジットの側近に欲しがっていた。
 つまり、ラームニードに付けられる側付きは『へレーニャの息がかかった者』か、『力の無い取るに足らない者』で占められていたのだ。

 アーカルドは『取るに足らない』の方だった。
 発言力がそこまで強くなく、それでいて第一王子を軽んじている訳ではないと示せるだけの爵位を持った家の出で、ラームニードともそこそこ歳が近い。
 つまりは、色々な意味でとても都合が良かったのだろう。

 突如「第一王子の護衛兼遊び相手を務めろ」という命令が下されたアーカルドは、途方に暮れた。
 王位継承権を持つ王子の護衛を、ごく平凡な見習い騎士に任せるだなんて、本当に無茶を言う。
 

(ともあれ、任されたからには頑張って務めねば)


 元来真面目な性分であるアーカルドは、たとえ無茶振りであろうとも懸命に職務を全うした。
 その内に護衛対象だった王子に妙に気に入られるようになったり、その王子が真にアーカルドにとっての主君となったり、様々な不遇を乗り越えて彼が王となった結果『王付き』などという大層な名称で呼ばれるようになったり、色々とあったのだが、とりあえずそれは置いておこう。


 そんなアーカルドに、最近新しい同僚が出来た。


 名を、リューイリーゼ・カルム。
 新しく王付き侍女に任命された子爵令嬢である。


 出会いは、一言で言えば強烈だった。
 突如主君の服がハジけて全裸になるという、悪夢のような現象が起こった時に居合わせた女性。──それが、彼女だった。


(……不憫だな)


 彼女に対してまず思った事は、それだった。
 全裸に出会してしまった事がきっかけで、全裸を世話する才能を見出されてしまうだなんて、字面を見ただけでも酷い。普通に可哀想。
 
 まあ、そんな経緯があったとしても、彼女は王付き侍女になる事を承諾した。


(彼女は、陛下と上手くやっていけるだろうか)


 決して万人受けする性格ではない上、服がハジけ飛ぶという呪いの中でも最も女子受けしなさそうな呪いにかかってしまった主君ではあるが、だが、うん、まあ……決して悪い人ではないのだ。ただ、ちょっと気難しいだけで。

 元々人見知りな上、呪い発覚後の襲撃事件によって、いつも以上に警戒心が高まっているラームニードが新人侍女をすんなり受け入れるとは到底思えない。 
 

 けれど、どうにか。
 アーカルドは、願った。


(どうにか奇跡のようなものが起こって、彼女が陛下と仲良くなってくれたら良いのになぁ、本当に)
 




 ──まさかその奇跡が現実のものになろうとは、思いもしなかった。



「プッ……、ハハハハハ!!」


 あのラームニードが、大爆笑したのだ。


 そのキッカケが彼女が言った「自分の裸を安売りするな」という王に対するものとは思えない言葉だった事にも驚いたが、アーカルドが一番驚いたのはラームニードがこうして笑い声を上げた事自体が久方振りだったからだ。

 彼の異父弟トロンジットが存命だった頃は、何度もある。
 しかし、それ以降は笑みを浮かべる程度ならあったものの、こうして実際に笑い声を上げたのを目にした事は無かった。


 それ以外に二人の間でどんなやり取りがされたのかは分からないが、その事があってから、ラームニードはリューイリーゼに気を許したようだった。
 あれだけ警戒していたというのに、まるで嘘だったかのように彼女を側に置くようになった。

 一言で言えば、気に入ったのだろう。
 誠実で勤勉で、何よりこれまで居た婚活を目論んでいたり、業務と割り切りすぎている王付き侍女とは違って、ちゃんとラームニード自身の事を考えてくれる人だ。

 多少正直すぎるきらいはあるが、彼女はラームニードが求めていた侍女そのものだったのだ。


 でも、何故だろうか。
 ラームニードの様子を見ているうちに、微かな違和感のようなものを感じるようになった。


 リューイリーゼを心配して護身術を教えようとしたり、危機に陥ったと知って自ら慌ててその場に駆け付けたり、囮として使った事を後悔したり。

 確かにラームニードは警戒心は強いが、一度気を許した相手には何だかんだ甘い。
 
 けれど、何かが変だなと思った。
 ただの一介の侍女に対するものにしては、気持ちが入りすぎているような気がする。


 ──そうは思っていたのだけれど。




「……何故だ」
「……何故でしょうね」


 半裸の状態で項垂れたラームニードに、リューイリーゼが手際良く服を着せ掛けている。
 呪いの後の日常風景ではあるが、今日の二人は驚くほど深刻そうな顔をしている。
 一見、まるで国の一大事かのようだ。知らない人間が見たら、何事かと思うだろう。
 
 リューイリーゼが困ったようにため息を漏らして、迂闊な事を言うと呪いが発動してしまうラームニードの気持ちを代弁するかのように言った。



「何故『クソジジイ』は駄目で、『ヒゲジジイ』は大丈夫なのでしょうか……」



 うーん、と二人の唸り声が重なった。



(何故じゃない。なんつー事を真面目な顔で話し合ってるんですか、あなたたちは)



 王付き騎士の定位置について見守るアーカルドは、心の中で突っ込んだ。

 王として相応しくない言動が呪いの発動条件だと判明したのはつい先日であるが、その相応しくないとされる言動の基準は実にあやふやで、「何故今のはセーフだった?」と首を傾げたくなる事が時々ある。
 
 今も、つい先程呪いの範囲外とされてしまった『ヒゲジジイ』という言葉について、二人で熱心に考察している。
 心底どうでもいいな、とアーカルドは死んだ目で思った。


「前者が駄目なのは分かるが、逆に後者は何故大丈夫だったんだ。ヒゲが生えているのは事実だからか?」
「『クソ』は明らかな罵倒ですからね……。実に微妙な線ではありますが、『ジジイ』も悪意を込めさえしなければ、一般的に使用出来る言葉という事ではないでしょうか」
「ん?……つまり、事実である事を言えば、呪いは発動しないという事か?」



(止めて下さい、呪いが発動するかしないかのラインを探ろうとしないで下さい。そもそも、もう少し言動を慎んで)



「……! それでしたら、例えば裸に眼鏡だけを付けた男性に『この裸眼鏡野郎!』と罵ったとしても呪いは発動しない、という事になりませんか!?」
「凄い物を発明したみたいな顔をするな、試さんぞ。どちらに転んでも、俺の醜聞間違いなしだろうが」



(そりゃそうですよ! そんな実験をしたという事実に対しても、部下に『ちょっと裸眼鏡になって罵られろ』というあんぽんたんな命令を出した事に対しても引きますよ!! ドン引きですよ!!!)



 アーカルドは戦慄していた。
 あまりにもネジが緩みすぎている会話だ。ここは程良く酒が回ってきた飲み会の会場か何かか。

 ラームニードがリューイリーゼに気を許しているというのは間違いない。
 一緒にいて楽しいというのも事実だろう。彼がリューイリーゼの笑顔に見惚れていた事だって知っている。


 けれども、これはどちらかというと、



(……悪ガキ仲間か……?)


 
 王の執務室という場所に似つかわしくなさすぎる会話に半ば呆れつつ、それでも楽しそうな二人を見ていると、何も言えなくなってしまう。
 
 リューイリーゼはラームニードの言葉を聞き流したり、真っ向から否定したりはしない。
 ちゃんと受け止め、真面目に考えてから向き合うのだ。

 ラームニードは、そんな彼女と話す事が面白くて仕方がないのだろう。
 今も口ではリューイリーゼを嗜めてはいるが、その表情はどこか柔らかく見えた。

 彼がそうやって自然体で接する事が出来る相手に巡り会えた事は、良い傾向であるのだろう。
 ラームニードがこれまで歩んできた道は、長く険しいものだった。それが、少しでも楽しいものへと変わっていければいい。
  

 
(それはそれとして、もう少し話題は選べないものかな……)


 
 年頃の異性同士である筈なのにまるで色気がない会話に気が遠くなりながらも、アーカルドは今日も護衛任務を全うする。



 ──王宮は今日も(ある意味)平和だった。



****


 ちなみに後日、ラームニードは再び「ヒゲジジイ」という言葉を使い、服がハジけ飛んだ。
 どうやら「呪いの範疇にならないのなら、今後徹底的に使い倒そう」という悪意に対して反応したようだ。

 魔女の呪いの匙加減は難しい。
 打ちひしがれるラームニードを見守りながら、アーカルドはしみじみと思った。


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