35 / 84
第一章 王様と呪い
閑話 苦労人アーカルドの困惑
しおりを挟むアーカルドがラームニードの王付き騎士となったのは、前王妃へレーニャが権勢を振るっていた頃だった。
へレーニャはラームニードに後ろ盾がつく事を酷く嫌がっていたし、有望な者は第二王子であるトロンジットの側近に欲しがっていた。
つまり、ラームニードに付けられる側付きは『へレーニャの息がかかった者』か、『力の無い取るに足らない者』で占められていたのだ。
アーカルドは『取るに足らない』の方だった。
発言力がそこまで強くなく、それでいて第一王子を軽んじている訳ではないと示せるだけの爵位を持った家の出で、ラームニードともそこそこ歳が近い。
つまりは、色々な意味でとても都合が良かったのだろう。
突如「第一王子の護衛兼遊び相手を務めろ」という命令が下されたアーカルドは、途方に暮れた。
王位継承権を持つ王子の護衛を、ごく平凡な見習い騎士に任せるだなんて、本当に無茶を言う。
(ともあれ、任されたからには頑張って務めねば)
元来真面目な性分であるアーカルドは、たとえ無茶振りであろうとも懸命に職務を全うした。
その内に護衛対象だった王子に妙に気に入られるようになったり、その王子が真にアーカルドにとっての主君となったり、様々な不遇を乗り越えて彼が王となった結果『王付き』などという大層な名称で呼ばれるようになったり、色々とあったのだが、とりあえずそれは置いておこう。
そんなアーカルドに、最近新しい同僚が出来た。
名を、リューイリーゼ・カルム。
新しく王付き侍女に任命された子爵令嬢である。
出会いは、一言で言えば強烈だった。
突如主君の服がハジけて全裸になるという、悪夢のような現象が起こった時に居合わせた女性。──それが、彼女だった。
(……不憫だな)
彼女に対してまず思った事は、それだった。
全裸に出会してしまった事がきっかけで、全裸を世話する才能を見出されてしまうだなんて、字面を見ただけでも酷い。普通に可哀想。
まあ、そんな経緯があったとしても、彼女は王付き侍女になる事を承諾した。
(彼女は、陛下と上手くやっていけるだろうか)
決して万人受けする性格ではない上、服がハジけ飛ぶという呪いの中でも最も女子受けしなさそうな呪いにかかってしまった主君ではあるが、だが、うん、まあ……決して悪い人ではないのだ。ただ、ちょっと気難しいだけで。
元々人見知りな上、呪い発覚後の襲撃事件によって、いつも以上に警戒心が高まっているラームニードが新人侍女をすんなり受け入れるとは到底思えない。
けれど、どうにか。
アーカルドは、願った。
(どうにか奇跡のようなものが起こって、彼女が陛下と仲良くなってくれたら良いのになぁ、本当に)
──まさかその奇跡が現実のものになろうとは、思いもしなかった。
「プッ……、ハハハハハ!!」
あのラームニードが、大爆笑したのだ。
そのキッカケが彼女が言った「自分の裸を安売りするな」という王に対するものとは思えない言葉だった事にも驚いたが、アーカルドが一番驚いたのはラームニードがこうして笑い声を上げた事自体が久方振りだったからだ。
彼の異父弟が存命だった頃は、何度もある。
しかし、それ以降は笑みを浮かべる程度ならあったものの、こうして実際に笑い声を上げたのを目にした事は無かった。
それ以外に二人の間でどんなやり取りがされたのかは分からないが、その事があってから、ラームニードはリューイリーゼに気を許したようだった。
あれだけ警戒していたというのに、まるで嘘だったかのように彼女を側に置くようになった。
一言で言えば、気に入ったのだろう。
誠実で勤勉で、何よりこれまで居た婚活を目論んでいたり、業務と割り切りすぎている王付き侍女とは違って、ちゃんとラームニード自身の事を考えてくれる人だ。
多少正直すぎるきらいはあるが、彼女はラームニードが求めていた侍女そのものだったのだ。
でも、何故だろうか。
ラームニードの様子を見ているうちに、微かな違和感のようなものを感じるようになった。
リューイリーゼを心配して護身術を教えようとしたり、危機に陥ったと知って自ら慌ててその場に駆け付けたり、囮として使った事を後悔したり。
確かにラームニードは警戒心は強いが、一度気を許した相手には何だかんだ甘い。
けれど、何かが変だなと思った。
ただの一介の侍女に対するものにしては、気持ちが入りすぎているような気がする。
──そうは思っていたのだけれど。
「……何故だ」
「……何故でしょうね」
半裸の状態で項垂れたラームニードに、リューイリーゼが手際良く服を着せ掛けている。
呪いの後の日常風景ではあるが、今日の二人は驚くほど深刻そうな顔をしている。
一見、まるで国の一大事かのようだ。知らない人間が見たら、何事かと思うだろう。
リューイリーゼが困ったようにため息を漏らして、迂闊な事を言うと呪いが発動してしまうラームニードの気持ちを代弁するかのように言った。
「何故『クソジジイ』は駄目で、『ヒゲジジイ』は大丈夫なのでしょうか……」
うーん、と二人の唸り声が重なった。
(何故じゃない。なんつー事を真面目な顔で話し合ってるんですか、あなたたちは)
王付き騎士の定位置について見守るアーカルドは、心の中で突っ込んだ。
王として相応しくない言動が呪いの発動条件だと判明したのはつい先日であるが、その相応しくないとされる言動の基準は実にあやふやで、「何故今のはセーフだった?」と首を傾げたくなる事が時々ある。
今も、つい先程呪いの範囲外とされてしまった『ヒゲジジイ』という言葉について、二人で熱心に考察している。
心底どうでもいいな、とアーカルドは死んだ目で思った。
「前者が駄目なのは分かるが、逆に後者は何故大丈夫だったんだ。ヒゲが生えているのは事実だからか?」
「『クソ』は明らかな罵倒ですからね……。実に微妙な線ではありますが、『ジジイ』も悪意を込めさえしなければ、一般的に使用出来る言葉という事ではないでしょうか」
「ん?……つまり、事実である事を言えば、呪いは発動しないという事か?」
(止めて下さい、呪いが発動するかしないかのラインを探ろうとしないで下さい。そもそも、もう少し言動を慎んで)
「……! それでしたら、例えば裸に眼鏡だけを付けた男性に『この裸眼鏡野郎!』と罵ったとしても呪いは発動しない、という事になりませんか!?」
「凄い物を発明したみたいな顔をするな、試さんぞ。どちらに転んでも、俺の醜聞間違いなしだろうが」
(そりゃそうですよ! そんな実験をしたという事実に対しても、部下に『ちょっと裸眼鏡になって罵られろ』というあんぽんたんな命令を出した事に対しても引きますよ!! ドン引きですよ!!!)
アーカルドは戦慄していた。
あまりにもネジが緩みすぎている会話だ。ここは程良く酒が回ってきた飲み会の会場か何かか。
ラームニードがリューイリーゼに気を許しているというのは間違いない。
一緒にいて楽しいというのも事実だろう。彼がリューイリーゼの笑顔に見惚れていた事だって知っている。
けれども、これはどちらかというと、
(……悪ガキ仲間か……?)
王の執務室という場所に似つかわしくなさすぎる会話に半ば呆れつつ、それでも楽しそうな二人を見ていると、何も言えなくなってしまう。
リューイリーゼはラームニードの言葉を聞き流したり、真っ向から否定したりはしない。
ちゃんと受け止め、真面目に考えてから向き合うのだ。
ラームニードは、そんな彼女と話す事が面白くて仕方がないのだろう。
今も口ではリューイリーゼを嗜めてはいるが、その表情はどこか柔らかく見えた。
彼がそうやって自然体で接する事が出来る相手に巡り会えた事は、良い傾向であるのだろう。
ラームニードがこれまで歩んできた道は、長く険しいものだった。それが、少しでも楽しいものへと変わっていければいい。
(それはそれとして、もう少し話題は選べないものかな……)
年頃の異性同士である筈なのにまるで色気がない会話に気が遠くなりながらも、アーカルドは今日も護衛任務を全うする。
──王宮は今日も(ある意味)平和だった。
****
ちなみに後日、ラームニードは再び「ヒゲジジイ」という言葉を使い、服がハジけ飛んだ。
どうやら「呪いの範疇にならないのなら、今後徹底的に使い倒そう」という悪意に対して反応したようだ。
魔女の呪いの匙加減は難しい。
打ちひしがれるラームニードを見守りながら、アーカルドはしみじみと思った。
0
お気に入りに追加
43
あなたにおすすめの小説
ふたりは片想い 〜騎士団長と司書の恋のゆくえ〜
長岡更紗
恋愛
王立図書館の司書として働いているミシェルが好きになったのは、騎士団長のスタンリー。
幼い頃に助けてもらった時から、スタンリーはミシェルのヒーローだった。
そんなずっと憧れていた人と、18歳で再会し、恋心を募らせながらミシェルはスタンリーと仲良くなっていく。
けれどお互いにお互いの気持ちを勘違いしまくりで……?!
元気いっぱいミシェルと、大人な魅力のスタンリー。そんな二人の恋の行方は。
他サイトにも投稿しています。
有能なメイドは安らかに死にたい
鳥柄ささみ
恋愛
リーシェ16歳。
運がいいのか悪いのか、波瀾万丈な人生ではあるものの、どうにか無事に生きている。
ひょんなことから熊のような大男の領主の家に転がりこんだリーシェは、裁縫・調理・掃除と基本的なことから、薬学・天候・気功など幅広い知識と能力を兼ね備えた有能なメイドとして活躍する。
彼女の願いは安らかに死ぬこと。……つまり大往生。
リーシェは大往生するため、居場所を求めて奮闘する。
熊のようなイケメン年上領主×謎のツンデレメイドのラブコメ?ストーリー。
シリアス有り、アクション有り、イチャラブ有り、推理有りのお話です。
※基本は主人公リーシェの一人称で話が進みますが、たまに視点が変わります。
※同性愛を含む部分有り
※作者にイレギュラーなことがない限り、毎週月曜
※小説家になろうにも掲載しております。
大好きだけど、結婚はできません!〜強面彼氏に強引に溺愛されて、困っています〜
楠結衣
恋愛
冷たい川に落ちてしまったリス獣人のミーナは、薄れゆく意識の中、水中を飛ぶような速さで泳いできた一人の青年に助け出される。
ミーナを助けてくれた鍛冶屋のリュークは、鋭く睨むワイルドな人で。思わず身をすくませたけど、見た目と違って優しいリュークに次第に心惹かれていく。
さらに結婚を前提の告白をされてしまうのだけど、リュークの夢は故郷で鍛冶屋をひらくことだと告げられて。
(リュークのことは好きだけど、彼が住むのは北にある氷の国。寒すぎると冬眠してしまう私には無理!)
と断ったのに、なぜか諦めないリュークと期限付きでお試しの恋人に?!
「泊まっていい?」
「今日、泊まってけ」
「俺の故郷で結婚してほしい!」
あまく溺愛してくるリュークに、ミーナの好きの気持ちは加速していく。
やっぱり、氷の国に一緒に行きたい!寒さに慣れると決意したミーナはある行動に出る……。
ミーナの一途な想いの行方は?二人の恋の結末は?!
健気でかわいいリス獣人と、見た目が怖いのに甘々なペンギン獣人の恋物語。
一途で溺愛なハッピーエンドストーリーです。
*小説家になろう様でも掲載しています
「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~
卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」
絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。
だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。
ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。
なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!?
「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」
書き溜めがある内は、1日1~話更新します
それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります
*仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。
*ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。
*コメディ強めです。
*hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!
モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~
咲桜りおな
恋愛
前世で大好きだった乙女ゲームの世界にモブキャラとして転生した伯爵令嬢のアスチルゼフィラ・ピスケリー。
ヒロインでも悪役令嬢でもないモブキャラだからこそ、推しキャラ達の恋物語を遠くから鑑賞出来る! と楽しみにしていたら、関わりたくないのに何故か悪役令嬢の兄である騎士見習いがやたらと絡んでくる……。
いやいや、物語の当事者になんてなりたくないんです! お願いだから近付かないでぇ!
そんな思いも虚しく愛しの推しは全力でわたしを口説いてくる。おまけにキラキラ王子まで絡んで来て……逃げ場を塞がれてしまったようです。
結構、ところどころでイチャラブしております。
◆◇◇◇ ◇◇◇◇ ◇◇◇◆
前作「完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい」のスピンオフ作品。
この作品だけでもちゃんと楽しんで頂けます。
番外編集もUPしましたので、宜しければご覧下さい。
「小説家になろう」でも公開しています。
森に捨てられた令嬢、本当の幸せを見つけました。
玖保ひかる
恋愛
[完結]
北の大国ナバランドの貴族、ヴァンダーウォール伯爵家の令嬢アリステルは、継母に冷遇され一人別棟で生活していた。
ある日、継母から仲直りをしたいとお茶会に誘われ、勧められたお茶を口にしたところ意識を失ってしまう。
アリステルが目を覚ましたのは、魔の森と人々が恐れる深い森の中。
森に捨てられてしまったのだ。
南の隣国を目指して歩き出したアリステル。腕利きの冒険者レオンと出会い、新天地での新しい人生を始めるのだが…。
苦難を乗り越えて、愛する人と本当の幸せを見つける物語。
※小説家になろうで公開した作品を改編した物です。
※完結しました。
異世界で王城生活~陛下の隣で~
遥
恋愛
女子大生の友梨香はキャンピングカーで一人旅の途中にトラックと衝突して、谷底へ転落し死亡した。けれど、気が付けば異世界に車ごと飛ばされ王城に落ちていた。神様の計らいでキャンピングカーの内部は電気も食料も永久に賄えるられる事になった。
グランティア王国の人達は異世界人の友梨香を客人として迎え入れてくれて。なぜか保護者となった国陛下シリウスはやたらと構ってくる。一度死んだ命だもん、これからは楽しく生きさせて頂きます!
※キャンピングカー、魔石効果などなどご都合主義です。
※のんびり更新。他サイトにも投稿しております。
【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~
胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。
時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。
王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。
処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。
これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる