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第一章 王様と呪い

34、理解し難い生き物へ、名も無き感情を贈る

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 ラームニードはリューイリーゼの事を、かねてよりおかしな女だと思っていた。

 王族相手に堂々と「報酬目当てで側近になる」などと宣言した馬鹿だ。
 自分を恐れずに真っ直ぐ見つめてくる眼が気に入ったのは事実だったが、そんな経緯で王付きになったのならば、いつ裏切られても仕方がない。そんな風に思っていた。



 ──それなのに。



『毛布をかけようとしたんです! お風邪を召されぬようにと思いまして!!』



 打算的に王付きになった筈の女は、誰よりもラームニードを気にした。



『陛下がそうなさりたいご意志があるのであれば、臣下である私達はそれが叶うよう最善を尽くしましょう。ですが、そうでないのであれば、それはまた別です。何の利もなしに陛下が搾取されるのを、黙って眺めている訳には参りません』



 ラームニードの意思を尊重し、その名誉を守る事に必死になった。
 まるで、本当の忠臣であるかのように。

 訳が分からなかった。

 何故彼女がそんな事まで気にするのだろう。
 それに、どんな利があるというのだろう。

 確かにラームニードはこの国では尊重される立場ではあるが、それは『王』だからだ。
 今現在、ピーリカの祝福を受け継ぐ人間であるからで、ラームニード個人には何の価値もない。

 けれども彼女は──リューイリーゼは、ラームニードが『王』として振る舞うよりも、『ラームニード』として振る舞う事を望んだ。

 誰もが呆れる罵詈雑言を「そうしたいのならば、致し方ない」と切って捨てたのだ。
 そればかりか、王に対して「脱ぎ損にだけはなるな」などと宣った!
 
 確かに、ラームニードは言いたい事はハッキリと言えと言った。
 ラームニードにとっては好ましい性質ではあるが、慎ましさが求められる貴族令嬢としては色々と間違ってやしないだろうか。


 ハッキリ言って、馬鹿だ。
 かつてないほどまでの、特大級の馬鹿でしかない。


 しかし、その馬鹿が側にいる事がいつしか自然となり、いない事に違和感を覚えるようになった。
 イシュレアの件があっても、彼女がそれに靡くだなんて考えもしなかった。
 
 監禁された小部屋で、彼女はムキになってこんな事をイシュレアに対して訴えかけていた。



『それに……陛下は人には分かり難い所もありますが、とてもお優しいお方です。暴君などではありません。あのお方を侮辱しないでください!』



 何故、そんな事まで言ってくれるのだろう。
 何故、自分の為にそこまで怒ってくれるのだろう。
 

 

「……お前は、辞めたいとは思わないのか?」



 そう尋ねれば、リューイリーゼは不思議そうに小首を傾げた。



「何をですか?」
「王付き侍女だ。ここが良い職場ではない事は一応理解している」



 今までイシュレアの妨害があったとはいえ、辛いと辞めていった者が多いのは事実だ。それに加えて、今は呪いのせいで婚期が遠のくとまで言われている。

 事件が終わって早々、リューイリーゼは上級侍女試験に合格したのだから、いくら特別手当が出るからといって、無理に王付き侍女を続ける必要はないのではないかと思ってしまう。


「別に良い職場ではないとは思わないですが、敬遠されているのは事実ですからねぇ」

 
 そう問えば、リューイリーゼはううんと唸った。
 ふとその緑の瞳が、ラームニードの方を向く。



「ええと」



 何故、そこで言い難そうにする。


「……直截ちょくせつ的な表現をお許し頂けるのであれば」
「今更だろうが」
「陛下に嘘はつきたくはないので、出来れば処刑は待って頂きたい所存です」
「そこまでの事なのか……。とりあえず言ってみろ」


 あれだけ散々好き勝手言っておいて今更何を躊躇する、と眉根を寄せれば、リューイリーゼは宣言通りに正直な気持ちを口にした。


「服がハジけ飛ぶ姿は、正直面白いので別に良いかなと」
「正直がすぎる……!」


 あまりに正直過ぎる言葉に、呆れる他ない。
 
 誠実かそうでないか以前に、馬鹿だ。
 思慮深い面も確かに存在するのに、そうでない時との落差が激しすぎる。

 本当に何なんだ、この女は。自殺願望でもあるのか。


「前々から思ってはいたが、お前はもっと言葉を選べ……!! 俺以外に言ったら、即刻打首だからな!?」
「だから最初に言っておいたじゃないですか! いや、面白いというのはあれですよ!? おかしいとかそういうのではなく、興味深いというか、どういう仕組みになっているのかなとか、知的好奇心を刺激されるというか、そういう方向性と言いますか!」
「そうやって捲し立てている時点で、怪しい事この上ないだろうが」
「それに、それだけではありませんよ!? 職場は楽しいですし、皆さん優しいですし、色々と勉強になりますし! 私は悪い職場だなんて思いません! ええ、断じて!!」


 ジトリと見つめれば、リューイリーゼは慌てて言い繕う。 
 その様がどこかおかしくて、別にそこまで怒っていないのに難しい表情を止める事が出来なかった。

 彼女と話していると、色々なものがどうでも良くなっていく。
 腹が立っていても、むしゃくしゃしていても、全てが馬鹿らしいような気になって気が付いたら笑ってしまうのだ。



 正直に言って、理解し難い生き物だ。



 ──けれど、何故自分は、それを手放し難いものだと思ってしまっているのだろうか。





***


ここまで読んでいただきありがとうございました!
次回閑話を挟んで、第一章は終わりです。
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