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第一章 王様と呪い
30、半裸のヒーロー
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半裸で仁王立ちをするラームニードに、リューイリーゼは心の中で頭を抱える。
ラームニードの背後に控えているアーカルドとノイス、その他複数の騎士らも平然を装ってはいるが、多分似たような気持ちである事が察せた。
だって、目が明らかに死んでいる。
シリアスが死んだ。
半裸によって、一瞬にして爆散だ。なんともあっけない。
呪いを初めて間近で見たであろうイシュレアとメイドは「キャア!」と悲鳴を上げた。
その反応が新鮮だと思ってしまう自分の成長を喜んで良いのか、それとも妙なものに慣れてしまった事を嘆いた方が良いのか、もの凄く複雑な気分になる。
見れば、彼女はいつの間にかキリクによって後ろ手を捻り上げられている。
先程上がった悲鳴は、部屋の中に潜んでいたキリクがイシュレアに襲い掛かった音だったようだ。
───それよりも。
リューイリーゼは周囲の状況を改めて確認した。
床にへたり込んだイシュレアとメイド。
そして、騎士を引き連れた半裸のラームニード。
室内の空気は、果てしなくカオスだった。
本来ならば割と格好がつくシーンである筈なのに、そこに半裸が加わった事で状況が一気に異様なものへと変質している。
知らない人が見れば、露出狂に遭遇して怯える可哀想な女性達の図だ。誤解とも断言し難いのが辛い。
これは流石にまずいのでは、とラームニードの様子を窺って、思わず二度見した。
ラームニードの赤い瞳は、怒りに燃えていた。
いつも宰相やノイスに見せるような、どこか親しみが込められているものでは決してない。まるで、全てを焼き尽くすような猛火だ。
ラームニードがとてつもなく怒っている事を悟り、それと同時に先程まで以上にどうしたものかと心の中で頭を抱える。
(え、これはこのまま話を続けるつもりなの……?)
本当ならば、今すぐにラームニードに服を着せなければならない。
しかし、残念ながらこの部屋は呪い対策用品は置いていない上、この一触即発な空気の中「ちょっとお着替え宜しいですか?」と割り込んだり、ガタガタと棚を物色して衣類になりそうなものを探しても良いものだろうか。
どう考えても「話の腰を折るな、色々と台無しだろうが」と怒られる上、収拾がつかなくなるような気がした。台無しなのは手遅れな気もしなくはないけれど。
(これは、どうしたら……?)
助けを求めるように視線を向けた先のアーカルドが頭痛がするとでも言わんばかりの表情で首を横に振り、その隣のノイスが必死にウィンクで合図をしながら、小さく何かを指し示している。
リューイリーゼは先輩らの判断に従い、部屋にあった真新しいリネンをラームニードに巻き付けて、話の邪魔にならないよう素早く側に控えた。
裸マントによって露出狂感が増したが、もうどうしようもない。深く考えないようにしながら、状況を見守る事にする。
「どうやら、うちの者が世話になったようだな」
そう言ったラームニードが、床に転がったペーパーナイフに気付いてその視線を鋭くする。
それを見たイシュレアは、泡を食ったように弁解を始めた。
「へ、陛下……。違います、違うのです! これには事情が……」
「貴様の事情など、どうでもいい。俺にそれを聞く義務も義理もない」
バッサリと切り捨てられ、流石のイシュレアも黙り込んだ。
それでもどこか納得がいっていないような表情を見て、ラームニードは面白そうに片眉を上げる。
「貴様は『王付き』という言葉の意味を理解しているのか?」
「え……」
「こいつらの主は王たる俺で、ある意味では俺の所有物という事になる。『王の所有物を害す』という意味が、本当に分からないか? 分からないというのなら、本当に良い度胸をしている。……なァ、『忠臣』であるエルランダの娘よ」
王の所有物を害す──それはすなわち、王への叛意を示すという事だ。王へ喧嘩を打っているも同然の行為である。
皮肉げに指摘されてようやく実感を得たのか、ただでさえ青ざめていたイシュレアの顔から、更に血の気が引いていく。
「俺のモノを勝手に傷付け、虐げ、奪おうとするなど、貴様は何様のつもりだ? 王を差し置いて女王様気取りとは、愚かだとしか言い様が無いな」
「ち、違う、そんなつもりは……」
「そんなつもりがあろうがなかろうが───俺のモノに手を出しておいて、タダで済むとは思っていないよなァ?」
犬歯を剥き出しにして獰猛に笑うラームニードの視線は、獲物を見つけた獅子のように鋭い。まるで、今にも喉元を食い千切られそうな凄みがあった。
獅子に睨まれた哀れなうさぎ──イシュレアは激しい怒りを向けられ、その顔はもはや白い。
「……どうして」
しかし、それでも叫んだ。
「どうして!? どうして、その女だけ特別扱いされるの! そんな貧乏下級侍女より、私の方がずっとお役に立てるのに!!」
「……本当に愚かだな」
最早、うわべすら取り繕う気もないらしい。身分差も忘れて食ってかかる彼女を見て、ノイスが小さく嘆いた。
キリクも無言ではあるが、座った目をしている。
黙らせますか? と小声で物騒な確認をするアーカルドを視線で制して、ラームニードは優美な笑みを浮かべてみせた。
「お役に立てる、か。確かに貴様の文官としての評価はそう悪くはない」
「それなら!」
「──貴様、賢しらぶってはいるが、実は馬鹿だろう。既に俺に害を及ぼしておいて、『役に立つ』とはどの口が言う」
期待から一転して表情を凍らせたイシュレアに、ラームニードはため息を吐く。
「例えば、俺の妃になれば呪いがうつるとしたら、同じ事を言えるか?」
「それは……」
「生まれた子まで呪われるとしたら? 貴様は変わらず、俺の側を望むか?」
ラームニードの問いに、イシュレアは答えない。
俯く様子を見て、ラームニードはハッと鼻で笑った。
「断言してやる。貴様は真っ先に俺を身限り、さっさと代わりの男を探すだろうよ。貴様が妃の座を望むのは、俺を慕っているからでも国への忠誠心からでもない。単なる傲慢な自己愛だ。──自分に忠実な臣下と利用しようとしている戯け者、どちらを選ぶかなど比べるべくもない」
そう言って、ラームニードは踵を返す。
「──行くぞ」
「……は、はい!」
一瞬だけキョトンとして、その言葉が自分にも向けられたものなのだと理解したリューイリーゼは慌てて返事をする。
「はいはい、大人しくしましょうね。抵抗は無駄ですよ。野次馬さん達は帰って仕事する。……あ、キリク。お前はとっとと報告書書けよ」
「……了解」
ノイス率いる騎士らが入れ替わるように部屋の中に入るのを横目で見ながら、アーカルドと共にラームニードの後を付いて行く。
廊下を歩くラームニードは、堂々たるものだ。
王者の風格さえ感じさせる。
けれども、リューイリーゼは思った。
(ぜ、絶妙に締まらない……)
格好良いシーンである筈なのに、半裸が色々と邪魔をしている。
助けてもらっておいて何だが、とても微妙な気持ちになったのは言うまでもなかった。
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