上 下
29 / 84
第一章 王様と呪い

29、リューイリーゼの怒り、そしてハジける服

しおりを挟む


「……は?」



 それまで余裕の笑みを浮かべていたイシュレアの顔が、一瞬で凍りついた。


「お断りすると言っているのです。私は王付き侍女──陛下の側近です。私が優先するべきは陛下であり、陛下から下されたご命令の他に何もありません。先日も言いましたが……あなたも文官ならば、陛下の臣下であるならば、分かるでしょう?」


 この人は、自分が何を口走っているのかをちゃんと分かっているのだろうか。
 王よりもただの侯爵令嬢である自分を優先しろなどという不敬かつ不遜な命令の意味を、本当に理解しているのか。

 王の妻に、王妃になりたいと口では言いながら、肝心の王をあまりにも軽んじすぎている。
 ラームニードを見栄えのするアクセサリー程度にしか考えていないのだ。
 もしここに騎士や近衛がいたならば、その場で切り捨てられてもおかしくはない愚挙である。


「なっ……」

 
 そう指摘されて自分の失言にようやく気付いたのか、それとも反論された事への怒りなのか、イシュレアの頬が赤らんだ。
 プルプルと震えて、リューイリーゼを睨みつける。


「……分かったわ、何が欲しいの?」
「は?」
「とぼけないでちょうだい。あなたは呪いのせいで無理矢理王付きとして召し上げられたのでしょう。より良い報酬を貰っていてもおかしくなかったわね」


 どうやら、より良い報酬を手に入れる為の駆け引きだと思われたようだと察し、リューイリーゼはムッとした。


「結構です。間に合っています」
「どうして? あの暴君相手に、そこまでする義理はない筈でしょう!」
「……あなたは、結婚したいと言った側からその相手を貶すのですね」


 苛立っているのか、もはや本性を隠そうとはしていないイシュレアにため息を吐く。
 しかし、リューイリーゼだって怒っているのだ。


「確かに自ら進んであのお方に仕えた訳ではありませんが、仕え続けると決めたのは私です。いくらお金を積まれようとも、良い条件を突きつけられようとも、主を裏切るなどあり得ません。私にだって、王付き侍女としての誇りがあります」


 確かに、リューイリーゼが王付き侍女になったきっかけが報酬である事に間違いはない。
 けれど、ラームニードを知り、共に過ごしていくうちに、徐々に気持ちが変化していった。

 放っておきたくないと思ったのだ。
 あのとんでもなく不器用で、とんでもなく素直でない彼を、少しでも支えたいと思った。

 その気持ちを、赤の他人に否定される筋合いはない。
 金に釣られて気軽に主を変えるような女だと思われるだなんて、リューイリーゼに対しての侮辱だった。



 ──────それに。



「それに……陛下は人には分かり難い所もありますが、とてもお優しい方です」



 確かに口は悪い。物凄くと言って良いほど悪い。
 けれどもリューイリーゼの知る限り、口では色々言ったとしても、理不尽に人を害する事はしない人だ。
 決して噂されているような、『血を好む暴君』などではない。口は確かに悪いけれど!



「暴君などではありません。あのお方を侮辱しないでください!」



 しばらく二人で睨み合って、ふと室内に笑い声が零れる。



「ふふ」



 イシュレアだ。
 イシュレアの形の良い唇が、奇妙な形に歪んでいる。



「ふふ、誇りですって? うふふ! うふふふふ!! どうやら自分が置かれている状況が判っていないようね。……やりなさい!」
「きゃあ!」


 突如、背後にいたメイドに羽交い締めにされた。
 もがくリューイリーゼに、麗しい笑みを浮かべたイシュレアが何かを取り出した。──小さなペーパーナイフだ。


「私に口答えをするだなんて、良い度胸じゃない。やっぱり痛い目を見た方がいいのかしら。……そうねぇ、例えばその可愛いお顔に傷が付いたら、どうするの? 見栄えが悪くて王付き侍女なんて出来ないわよね?」


 ペーパーナイフをチラつかせたイシュレアが、ゆっくりと近付いてくる。
 
 ただの脅しかもしれない。
 けれど迫り来る危機に、リューイリーゼは決心した。
 

 
(もうやるしかない!) 



 リューイリーゼは思い切り足を振り上げ、靴の踵で背後にいるメイドの足先を思い切り踏み付けた。
 悲鳴を上げたメイドの拘束が緩んだ隙に抜け出し、駆け出した。


「待ちなさい! ……きゃあ!?」


 イシュレアの静止も聞かず、またその後に響いた悲鳴にも振り返る事なく、一目散に扉へと走る。
 あと少しという所で、唐突に扉が開いた。開いたというよりは、破られたとか破壊されたといった方が正確だったかもしれない。

 扉を蹴破った人物は、ゆっくりとした足取りで部屋の中へと入ってくる。
 その人物を見て、蹲っていたメイドが「ひっ」と引き攣るような声を上げ、リューイリーゼは一瞬我が目を疑い、安堵のあまりその場にへたりと座り込んだ。

 助けに来てくれたのだ。
 それが嬉しくて、ほんの少し面映かった。

 入ってきた人物──ラームニードはリューイリーゼの視線に気付いて僅かに目を細め、そのままイシュレアの方へと視線を移して凶悪な笑みを浮かべた。


 そして、一言。
 



「良い度胸をしているな、雌豚ァ!!!」



 
 パァンと景気の良い音を立てて、服がハジけ飛んだ。



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛

らがまふぃん
恋愛
 こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。 *らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

義母様から「あなたは婚約相手として相応しくない」と言われたので、家出してあげました。

新野乃花(大舟)
恋愛
婚約関係にあったカーテル伯爵とアリスは、相思相愛の理想的な関係にあった。しかし、それを快く思わない伯爵の母が、アリスの事を執拗に口で攻撃する…。その行いがしばらく繰り返されたのち、アリスは自らその姿を消してしまうこととなる。それを知った伯爵は自らの母に対して怒りをあらわにし…。

悪役令嬢は推し活中〜殿下。貴方には興味がございませんのでご自由に〜

みおな
恋愛
 公爵家令嬢のルーナ・フィオレンサは、輝く銀色の髪に、夜空に浮かぶ月のような金色を帯びた銀の瞳をした美しい少女だ。  当然のことながら王族との婚約が打診されるが、ルーナは首を縦に振らない。  どうやら彼女には、別に想い人がいるようで・・・

【完結済】姿を偽った黒髪令嬢は、女嫌いな公爵様のお世話係をしているうちに溺愛されていたみたいです

鳴宮野々花@軍神騎士団長1月15日発売
恋愛
王国の片田舎にある小さな町から、八歳の時に母方の縁戚であるエヴェリー伯爵家に引き取られたミシェル。彼女は伯爵一家に疎まれ、美しい髪を黒く染めて使用人として生活するよう強いられた。以来エヴェリー一家に虐げられて育つ。 十年後。ミシェルは同い年でエヴェリー伯爵家の一人娘であるパドマの婚約者に嵌められ、伯爵家を身一つで追い出されることに。ボロボロの格好で人気のない場所を彷徨っていたミシェルは、空腹のあまりふらつき倒れそうになる。 そこへ馬で通りがかった男性と、危うくぶつかりそうになり────── ※いつもの独自の世界のゆる設定なお話です。何もかもファンタジーです。よろしくお願いします。 ※この作品はカクヨム、小説家になろう、ベリーズカフェにも投稿しています。

【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜

鈴木 桜
恋愛
貧乏男爵の妾の子である8歳のジリアンは、使用人ゼロの家で勤労の日々を送っていた。 誰よりも早く起きて畑を耕し、家族の食事を準備し、屋敷を隅々まで掃除し……。 幸いジリアンは【魔法】が使えたので、一人でも仕事をこなすことができていた。 ある夏の日、彼女の運命を大きく変える出来事が起こる。 一人の客人をもてなしたのだ。 その客人は戦争の英雄クリフォード・マクリーン侯爵の使いであり、ジリアンが【魔法の天才】であることに気づくのだった。 【魔法】が『武器』ではなく『生活』のために使われるようになる時代の転換期に、ジリアンは戦争の英雄の養女として迎えられることになる。 彼女は「働かせてください」と訴え続けた。そうしなければ、追い出されると思ったから。 そんな彼女に、周囲の大人たちは目一杯の愛情を注ぎ続けた。 そして、ジリアンは少しずつ子供らしさを取り戻していく。 やがてジリアンは17歳に成長し、新しく設立された王立魔法学院に入学することに。 ところが、マクリーン侯爵は渋い顔で、 「男子生徒と目を合わせるな。微笑みかけるな」と言うのだった。 学院には幼馴染の謎の少年アレンや、かつてジリアンをこき使っていた腹違いの姉もいて──。 ☆第2部完結しました☆

【完結】婚約破棄され毒杯処分された悪役令嬢は影から王子の愛と後悔を見届ける

堀 和三盆
恋愛
「クアリフィカ・アートルム公爵令嬢! 貴様との婚約は破棄する」  王太子との結婚を半年後に控え、卒業パーティーで婚約を破棄されてしまったクアリフィカ。目の前でクアリフィカの婚約者に寄り添い、歪んだ嗤いを浮かべているのは異母妹のルシクラージュだ。  クアリフィカは既に王妃教育を終えているため、このタイミングでの婚約破棄は未来を奪われるも同然。こうなるとクアリフィカにとれる選択肢は多くない。  せめてこれまで努力してきた王妃教育の成果を見てもらいたくて。  キレイな姿を婚約者の記憶にとどめてほしくて。  クアリフィカは荒れ狂う感情をしっかりと覆い隠し、この場で最後の公務に臨む。  卒業パーティー会場に響き渡る悲鳴。  目にした惨状にバタバタと倒れるパーティー参加者達。  淑女の鑑とまで言われたクアリフィカの最期の姿は、良くも悪くも多くの者の記憶に刻まれることになる。  そうして――王太子とルシクラージュの、後悔と懺悔の日々が始まった。

処理中です...