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第一章 王様と呪い
25、妬み嫉みと謎の手紙
しおりを挟む「まあ、ともかく、楽しいなら少し安心したわ。でも気を付けなさいよね」
「何を?」
キョトンと聞き返すと、アリーテはチラリと周囲に視線を巡らせて、声を顰めた。
「王付きは陛下にとって、色々な意味で特別な存在でしょう。だから、やっかみを受けやすいのよ。特別な存在っていうものは、羨望を生むわ。そうなれなかった人にとっては特に、ね」
「なるほど……」
王宮内でも、元王付き、または元王付き候補という肩書きの者はかなりの数いるだろう。
王に仕えるには相応しくないと判断されたに等しい彼らが、明らかに格下の、ポッと出の下級侍女にその座を奪われたら、どう思うか。想像するに難くない。
「全くみんな暇よねー。そんな暇があるなら、少しでも自分を磨けば良いのに」
心底呆れたように言うアリーテに、ひとつの疑問が浮かび上がった。
「アリーテは、そうは思わないって事?」
「勿論。多分私は王付きにはなれないから、羨ましくはあるけどね。仕えた主にそれほどまで信頼されるって、侍女にとっての夢みたいな所があるじゃない。でも、憧れはしても、妬まないわよ。みっともないもの」
当然といった風にあっけらかんと放たれた言葉に一瞬唖然として、それから自然と顔が綻んでいく。
妬み嫉みを『みっともない』と言い切ってしまうアリーテがあまりにも潔いと感心すると同時に、そんな彼女が心の底から好きだと思った。
(アリーテなら、王付き侍女でもやっていけると思うんだけどな)
アリーテは仕事はテキパキとこなすタイプで、こうしたサッパリとした気質はラームニードとも相性は良いだろう。
また、身分が下であるリューイリーゼに優しい彼女がキリクを疎むとも思えなかった。
それに加えて、アリーテは絶対にラームニードの美貌に惑わされる事はないだろう。
(アリーテの好みからは外れてるだろうしなぁ)
アリーテの好みは筋骨隆々としたタイプで、「鍛え抜かれた筋肉と結婚したい」と断言しているほどだ。
もしかすれば騎士のどちらかは好みと合致する可能性はあるが、どちらにしても仕事に私情は持ち込まないタイプなので何ら影響はないだろう。
考えれば考えるほど、王付きに欲しい人材のように思えた。
──アリーテは、王付き侍女になりたいって思う?
そう訊こうとして、口を噤んだ。
先程アリーテが「王付きにはなれない」と言っていた事を思い出したのだ。
(……そういえば、リストラット伯爵家って)
アリーテの父親であるリストラット伯爵は、以前は文官として王宮に勤めていたが、政変の折に辞職。その上、王都にあったタウンハウスまで引き払って領地へと戻り、それ以来王都を訪れてはいないと聞いている。
もしかすると、リストラット伯爵は粛清の対象だったのかもしれない。
それならば、アリーテが王付きにはなれないと言い切った理由も分かる。
(なんだか、勿体無いな)
ラームニードの気質にも多少の問題があるとはいえ、王宮には国中のあちこちから優秀な人材が集まってくる為、本来ならばここまで人手不足に悩む事は無い。
だがしかし、こういった過去のしがらみで雁字搦めにされている所為で、雇用の幅が異様に狭まっているのだ。
(いくら親がそうだったからといって、アリーテに罪がある訳じゃないのに)
アリーテ自身の思想に問題があるわけでも、能力に不足がある訳でもない。そんな事で優秀な人材を逃すなんて、物凄く勿体無い事のように思えた。
(今度、侍女長に相談してみよう。いや、宰相閣下? むしろ陛下は『俺に直接言え』って怒るかしら)
「話は戻すけど、本当に気を付けなさいよ」
「え?」
思考の渦に飲まれかけていたリューイリーゼを現実に引き戻したのは、アリーテのいつも以上に真剣な声音だった。
「ごめん、よく聞いてなかった。何を?」
「もう、あなたって。──王付きは妬まれるって話よ。嫌がらせで辞めた人も多いって聞いた事があるから」
「嫌がらせ……。そうか、だから……」
ただ単に陛下の美貌に目が眩んだり、相性が悪かっただけじゃなかったのか。
リューイリーゼは納得した。
よくよく考えてみれば、王付き候補として選ばれた人間がそこまで愚かな人間ばかりである筈がない。候補として選んだ時点で、ある程度の素行調査は済んでいるからだ。
その選びに選んだ人材が、外部からの余計な干渉で駄目になっているだなんて。
リューイリーゼは、いつも頭を悩ませているであろう宰相や侍女長が気の毒になった。
そして、ラームニード達もそれを知っているからこそ、ああやって心配して色々と世話を焼いてくれたのかもしれない。
なんだか、心の奥がほんのりと温かくなったような気になった。
皆の心配が、心に優しく染み込んでいく。
「心配してくれてありがとう、アリーテ」
いつになく真剣な表情のアリーテに、リューイリーゼは柔らかく微笑んだ。
「何かあったら、迷わず人体の急所を狙えって言われているから大丈夫」
「それ本当に大丈夫って言えるの??」
何とも言えない顔をしたアリーテと別れ、自室の鍵を開ける。
扉を開いて、ふと床を見た。
「何これ?」
見れば、何やら小さな紙片が落ちていた。
位置から考えて、扉の隙間から差し入れたのだろう。
四つ折りにしてあったそれを開き、広げた。
そこには、こう一言だけ書いている。
『──明日、昼の鐘が鳴る頃、中庭広場の噴水前にて待っています』
リューイリーゼは首を傾げた。
「本当に何だろう、これ」
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