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第一章 王様と呪い
19、侍女長の講習
しおりを挟む「……そう、その位置よ。良いわ、そのままの状態を保って……。今少し軸がぶれたわ。もう一度初めの姿勢に戻って」
所変わって、リューイリーゼは侍女長に行儀作法の教育を受けていた。
立ち方から始まり、歩き方、カーテシーの所作など、基本的な動作を全てチェックされ、細かく指摘を受ける。
終わった頃には、もうヘトヘトだった。身体中の使った事のない筋肉を酷使したようで、体の節々が痛んだ。
それでも少しでも気を抜けば、また「優雅じゃない」と指摘を受けるので、気合いで姿勢を保ち続ける。
侍女長はそれを見て、満足げに微笑んだ。
「それでは今日はここまでです、お疲れ様。普段から指先の動きまで気を付ける事。いつ何時も優雅さを忘れずにね」
「ありがとうございました。改めて確認が出来て、とても勉強になりました」
それはお世辞でもなく、素直な感想だった。
リューイリーゼのような下級貴族出身者にとって、上級侍女試験で一番躓きやすいとされるのが、礼儀作法だ。
メイドのような下働きに近い仕事が多い下級侍女とは違い、上級侍女は王族や高位貴族と直接関わるような重要な仕事を任される事もある。
そのため、試験で重要視されるのは、王族や高位貴族と相対して問題がない振る舞いが出来るかどうかだ。
下位貴族と高位貴族ではそもそも受ける教育の質が違う上、求められる能力の水準も異なっている。基本的な礼儀作法でさえそうだ。
知識ならば勉強すればいいが、基本的な所作の美しさなどは一朝一夕で身に付く訳ではない。
幼い頃から学んでいる上級貴族はともかく、その域に達するまでの教育を受ける事はほぼ無いであろう下位貴族にとっては、なかなかに敷居の高い試験だと言える。
それでも上級侍女を勤めた経験さえあれば、どこの貴族家でも引く手あまたで、仮に王宮勤めを辞めた後の再就職先にも困る事はない。結婚相手としても良い評価を得られるだろう。
だからこそ、地位の低い下級貴族出身者ほど、自分の価値を上げるために、何年掛かってでも試験に合格する事を目標としていた。
「王宮に来た当初と比べたら、動きが美しく滑らかになってきていると思いますよ。きちんと勉強しているのが分かります」
「本当ですか、嬉しいです」
「貴女は正しく行儀見習いなのね。勉強熱心なのは良い事だわ」
侍女長から誉められ、リューイリーゼは頬を紅潮させて喜ぶ。
リューイリーゼは王宮に来てから実際の上位貴族の所作を目の当たりにして、愕然とした。
子爵令嬢としての教育はきちんと受けたつもりだったが、レベルが格段に違う。リューイリーゼにとっての『きちんと』は、彼女らにとっては『ごく当然』だった。
理解はしていたつもりだったけれど、実際に目の当たりにした時の衝撃は凄い。
それでも少しでも追い付こうと、所作が美しい人を観察してみたり、真似てみたりはしたものの、所詮は付け焼き刃だ。それが実際に出来ているのかは自身ではなかなか判りにくい。
それ故、こうして直接指導してもらう事は願ったり叶ったりだったのだが、
「ですが……ズルをしているみたいで、少し気が引けます」
リューイリーゼはシュンと肩を落とした。
ラームニードは少しも気にしないだろうが、王付きに任命された侍女がいつまでも下級のままなのは体裁が悪いのだろう。
それは理解できるのだが、よりにもよって侍女長に指導してもらうだなんて……これは実質カンニング行為のようなものなのでは?
そんな心配を、侍女長は笑い飛ばした。
「あら、私は正当な報酬だと思いますよ。文句を言うのであれば、呪いに耐えながら陛下のお眼鏡に叶う仕事をしてみせればいいのです。それならば、同じように面倒を見るつもりはありますし。むしろ、どんどん現れて欲しいわ、切実に」
「確かに現れて欲しいです、切実に」
「でしょう?」
二人でうんうんと頷き合った。
追加要員についての続報は未だ無い。何人か候補はいるのだが、本人の資質の確認と説得に時間が掛かっているらしい。
全裸の呪いへの忌避感は、未だ根強いようだ。当然である。
「多分貴女は次回の上級侍女試験には合格すると思いますが、王付きならばそれ以上の技量を求められるでしょうから」
「重ね重ね、有難うございます。頑張って精進致します」
侍女長は、試験後も暫くの間はこうして特別講習を行なってくれるのだという。
暫く、彼女に足を向けて寝られる気がしなかった。
「そういえば、リューイリーゼ。貴女の噂を聞きましたよ」
突然話題が変わり、リューイリーゼは首を傾げる。
「噂って……」
「呪いを防ぐ術を見出したのでしょう」
「あ、ああ……。その話ですか」
侍女長の言葉に、嫌な事を思い出して顔が引き攣る。
元々『全裸の最初の被害者』として顔が知れていたリューイリーゼだったが、今度は呪いの頻度を下げる事を可能にした功労者として、王宮中に知れ渡ってしまっていた。
特に、衣類の大量消費による財務圧迫に頭を悩ませていたハーリ財務大臣などは、噂を聞きつけるや否や「あなたは女神ですか……!?」とそのままリューイリーゼを崇め奉ろうとまでした。
勿論全力で止めたが、いい歳した中年男性に号泣しながら拝まれ、少しだけトラウマになっている。
「大袈裟ですよ。陛下が……その、思っている事と口に出される言葉がチグハグになられている事があると悟れただけなので」
そもそも、リューイリーゼは命の危険から逃れる事に必死で、なんとか活路を見出そうとしている内に偶然良い方向に進めただけの話なのだ。
別に特別な事をした訳ではないと主張すると、侍女長はクスリと笑った。
「……そうね、それだけの事よね。でも、それに自分で気付ける人は少ないから、嬉しいの。あのお方は、誤解されやすい方だから」
僅かに細めたその目には、確かな喜びが満ちていた。
ラームニードに幼い頃から仕えている侍女長は、常日頃の彼の風評について思うところがあったのだろう。
「まあ、常日頃の行いの結果である事も否定はしませんけどね」
「そこは否定なさらないのですね……」
付き合いが長い故か、侍女長は言い方に容赦がない。むしろこれくらいハッキリした方が、ラームニードとは相性が良いのかもしれないと思った。
「……そうね、王付きになった貴女には話しておいた方が良いのかもしれないわ。──陛下の事を」
侍女長はそう言って、遠い何処かを見つめるように目を窄めた。
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