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第一章 王様と呪い

18、国王襲撃事件の調査結果

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「……まあいい、本題に入るぞ」


 
 そう切り出せば、その場の全員の顔が一気に引き締まった。
 宰相が背筋を正して頷く。


「件の、メイドに関する事ですね」


 王に危害を加えたとして捕らえられた三人の女の調査は、既に終わっている。
 
 伯爵家出身の女官と男爵家出身の上級侍女の周囲を探った結果、何も問題ないと判断された。
 供述通り、妃の地位欲しさに、後先考えずに暴走した結果らしい。
 彼女達の親も寝耳に水だったようで、恐縮しきっていた。それぞれ、責任を取って当主から退いたり、爵位を返上して平民として野に下ると既に宣言している。

 問題は残りの一人、怪しいと睨んでいた平民出身のメイドだ。

 彼女の名をエーリィという。
 彼女が使おうとした催淫効果がある香は高位貴族や王族が閨で使うような高価なもので、平民が手に入れる事が出来るような代物ではない。
 
 そう追求すれば、エーリィは泣きじゃくりながらこう自白した。
 曰く、


『人に頼まれたんです』


 彼女はとある人物に声を掛けられたのだという。

 ──香を陛下の部屋で焚いて欲しい、と。

 そう言って提示された報酬は、平民にとっては一年は遊んで暮らせるほどの大金だった。
 頼まれた事が直接的に危害を咥える事ではなく『部屋で香を焚くだけ』だった事も、彼女に忌避感を抱かせなかった要因かもしれない。
 
 欲に負けた彼女は、それを引き受けてしまった。
 国王の私室に不審物を散布する。それがどういう意味であるかも深く考えもしないで。
 

『陛下のお心を少しでも和ませるための香だって言われて……。ちょっとしたお小遣い稼ぎをするだけのつもりだったんです。国王陛下に危害を加えるつもりなんて、少しも無かった!』



 供述内容を聞いて、ラームニードは息を吐いた。


「……あまりに短慮だな」
「王宮勤めをするには、素直過ぎたのでしょうね。貴族と関わるならば、致命的です」
 

 宰相も憂いのある顔で同意した。

 王宮は貴族の陰謀や思惑が渦巻く伏魔殿のような場所である。王族の周辺となれば、特にだ。
 王宮に勤める以上、それに上手く対処し、躱す術を持たねばならない。
 しかし、貴族間の駆け引きに馴染みのない平民は状況すら読めず、今回のケースのようにただの駒として、いとも簡単に利用されてしまう。
 平民が王族の側近にそぐわないとされる理由の一つだった。


「彼女は依頼を受けたのち、王の私室に忍び込んだと。あの時は陛下の服がハジけたり、最初の襲撃事件が起こったりで王宮中が混乱していましたからね。上手く混乱に乗じたようです」
「その、香を渡した人物とやらについては?」
「自分と同じくらいの背丈の、赤髪金目の美しい女性だったと。恐らくは貴族だが、具体的な人名については分からないと言っていました」


 宰相の報告を聞いて、ノイスがううんと唸り声をあげた。


「ちなみに、その日、登城してきた人の中に赤髪金目のご令嬢はいなかったんですか?」


 それに答えたのは、キリクだった。


「……いなかった。いたのは黒髪が一人と、茶髪が二人」
「お、流石キリク、仕事が早い。なら、王宮勤めの貴族令嬢っていう線の方が強いか」


 ノイスとキリクの会話を聞きながら、ラームニードは思案をする。

 事件は呪いが発覚した直後に起こった。それを知ってから香を用意するような時間的余裕はないだろう事から考えると、香を渡したとされる赤髪の女は、王宮に勤めている人物であると思われる。
 そして、香の効果から目的を察するならば、



(……目的は先の二人と同じように妃の座狙いか)



 ラームニードは今までの情報を照らし合わせながら、自分に縁談を持ちかけてきた家の令嬢や、その家に付き従っている家の令嬢を頭に思い浮かべていく。
 

「赤髪金目の女か……」
「加えて、今現在王宮勤めで、恐らく陛下にご執心。その上、ある程度の財力を持つ高位貴族、となると……」


 恐らく、その場にいた全員の頭に浮かんだ名前は同じだった。



「イシュレア・エルランダか……」



 イシュレア・エルランダ侯爵令嬢。
 ラームニードの妃の座を狙う令嬢達の中で、一二を争うほど積極的に攻勢を掛けて来ている猛者だ。
 いくらすげなく袖にしても、「まあ、照れているのね」「私が王妃となって支えて差し上げます」とめげない。色々な意味で強かな女性だ。
 ラームニードに近付くために文官にまでなったと聞いていたので「ああ、とうとう強硬手段に出たのか」と納得しかない。

 吐き出すように名を呟けば、宰相は自分の顎に手を当てながら思案する。



「可能性は大いにあり得ますが、彼女の性格を考えると……。メイドの、しかも平民の目撃情報だけでは証言としては弱いでしょうねぇ……」


 
 濡れ衣だ、我が家を貶めようとしているのか、と騒ぐのが目に見えている。
 唯一の証拠品である香炉にすら身元が特定出来るような痕跡を一切残していないのだから、目撃証言だけでどうこう出来る訳がない。

 だからこそ、自分の顔を知らない平民を使ったのだ。成功すれば良し、失敗したら初めから切り捨てるつもりだったのだろう。



 ──ああ、反吐が出る。
 心の中で舌打ちをする。



 何とも狡猾な、貴族らしい傲慢と身勝手さだ。
 ラームニードが嫌うものを、煮詰めに煮詰めたような存在だった。
 
 それを厭うからこそ、自分は王には向いていないのだ。
 つくづくそう実感してしまう。

 ハァとため息を吐いた。


「可能性は高いにしろ、確定ではない。また、配下の者を使ったという可能性も捨てきれない。宰相、引き続き情報を集め、精査しろ。……ああ、念のため、イシュレア・エルランダの絵姿を例のメイドに見せて確認しておけ」
「御意に」


 宰相が手本のように綺麗な礼をした。


「キリク、ノイス、お前達もだ。王宮内の情報を集めろ」
「はい、分かりました」
「え、キリクはともかく、オレもですか?」


 指名すれば、ノイスは自分を指差して素っ頓狂な声を出した。
 ノイスは一介の騎士である。しかし、それ以外の強みがこの男にはあった。
 

「お前は交友関係が広いだろう」
「……ああ、そういう事ですか。道理でアーカルドじゃなくて、オレが呼ばれた訳だ」


 アーカルドが警護している扉の方をチラリと見て、納得したような呟きを漏らす。
 

「了解です。王宮内で不審な動きがないか、探ってみます」


 騎士の礼を取ったノイスは「でも」と首を傾げた。


「女性に関する情報を集めるのであれば、リューイリーゼ嬢にも協力を願った方が良いのでは? オレやキリクが集めるものとは別の観点からの情報も得られるかもしれませんし」
「……アイツに協力を求めるのは、後にする」
「まだ信用ならないから、ですか?」


 少し不満げなノイスに、ラームニードは首を横に振る。
 


「違う。今は余計な情報を与えるべきではないと思うからだ」



『だって、お綺麗ですもの』



 そう言って微笑んだリューイリーゼを思い出す。
 馬鹿正直な彼女とは無縁の謀だ。それに彼女を巻き込んでしまう事に、ラームニードには珍しく、ほんの少し、そうほんの少しだけ罪悪感を抱いた。
 
 けれども、仕方がない。
 彼女が王付き侍女として働くのなら、避けられない事だ。


  
「犯人の目的が想像通りであれば、きっと次に狙われるのは……リューイリーゼだ」


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