17 / 84
第一章 王様と呪い
17、気になるあの子
しおりを挟むそれは、違和感だった。
いつもある筈のものがあるべき場所から消えていたような、パズルのピースがひとつだけ欠けていたような、ほんの些細なものだ。
何がいつもと違うのだろう、と考えて、ラームニードは思い至った。
「おい、リューイリーゼはどこに行った」
──リューイリーゼだ。
いつも執務室の隅に控えている筈の、リューイリーゼがいない。
彼女の居場所を問えば、紅茶を淹れようとしていたキリクが不思議そうな顔をしていた。
「何だ、その顔は」
「え、いや…………マジですかー…」
眉を顰めると、護衛のノイスも面白いものを見たとでも言いたげな顔だ。
ラームニードだけが分かっていないような状況の中、室内に不躾な笑い声が響く。
「ぶっ… …ククク……」
「……何がおかしい?」
「い、いや、別におかしいという訳ではないのですが」
笑いの出所である宰相をジトリと睨み付ければ、彼は笑いを誤魔化すかのように咳払いをした。
「リューイリーゼは侍女長の所ですよ。例の報酬の件です」
「陛下、朝の予定確認の時も、数刻前の申し送りの時も、リューイリーゼ嬢はちゃんと言ってましたよ。『今日は侍女長に礼儀作法の教育を受ける日なので、数刻席を外します』って」
宰相どころか、ノイスにまで指摘を受け、漸く思い出した。
そういえば、彼女がそんな事を言っていた。そして、自分はそれに「分かった」と返したのだった。
彼らが妙な顔をしていた理由が理解出来て、途端にこの空間が物凄く居心地が悪いものへと変わる。
リューイリーゼは、警戒を解いて接してみればラームニードにとってとても付き合いやすい侍女だった。
勤勉で察しが良く、呆れるほど正直すぎる事もあるが、嘘は言わない。
ラームニードが一緒にいて不快にならない、実に理想的な侍女だ。
まだ勤め初めてほんの少ししか経っていないのに、まるで空気のように自然と──居ない事に違和感を覚えてしまうほどまでに、側にいる事に馴染んでしまっている。
───確かに、その自覚はあるけれど。
(ええい、そんな生暖かい視線を向けるな、腹が立つ!)
バツが悪くなって黙り込めば、キリクにさっと紅茶を差し出される。
内心の動揺を悟られないよう、紅茶を飲んで気持ちを落ち着かせた。
キリクは相変わらず良い仕事をしている。流石は俺の侍従だと褒めてあげたい気分だった。
「──まあ、ともあれ、良い関係を築けているようで安心致しました。それに、思っていた以上に得難い人材だったようで。なんせ、冗談ではなく王都中の布という布が木っ端微塵になってしまう所でしたからね」
唐突に痛い所を突かれ、ラームニードは渋い顔をした。
「嫌味か」
「いいえ、単なる事実でございますよ。このままでは『国王陛下の全裸を防ぐために邸宅にある衣類・布類を差し出せ』などという馬鹿げた御布令を出さねばならない所でした」
既に元よりラームニードが持っていた衣装類は、儀礼用や式典用などを残して全滅している。
王が着る物なので下手な物を着せる訳にもいかず、今は王都中の仕立て屋に頼み、急ピッチで服を作っては納品してもらう日々だった。
初めの内は「特需だ」と王宮からの大型依頼に喜んでいた彼らも「もうお金は良いですから休ませて……」と倒れる寸前だ。
勿論、財政を圧迫しているとハーリ財務大臣も涙目で、あらゆる方面が極限状態だったのは言うまでもない。
リューイリーゼの提案が、あらゆる意味でフェルニス王国を救ったのだ。
「幾ら面白い事好きな私でも、流石にそんな形で歴史に名が刻まれるのは嫌ですよ。絶対に後世の歴史の授業でネタにされるじゃないですか」
「それは『裸になる呪いをかけられた王』として確実にネタになるであろう俺に対して、喧嘩を売っているのか?」
やれやれと肩を竦ませた宰相をジトリと見遣る。
呪いの件に対しては既に諦めてはいるものの、ラームニードだって己の治世下で『全裸が原因で財政破綻』などという、不名誉すぎる歴史が刻まれるのは流石に嫌だ。後世の人間だって、反応に困るだろう。
まあ、それでも発動すべき時に発動するのを止める気はないのだけれど。
それは置いておいて、
「……まあいい、本題に入るぞ」
10
お気に入りに追加
43
あなたにおすすめの小説
「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~
卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」
絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。
だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。
ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。
なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!?
「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」
書き溜めがある内は、1日1~話更新します
それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります
*仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。
*ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。
*コメディ強めです。
*hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!
ふたりは片想い 〜騎士団長と司書の恋のゆくえ〜
長岡更紗
恋愛
王立図書館の司書として働いているミシェルが好きになったのは、騎士団長のスタンリー。
幼い頃に助けてもらった時から、スタンリーはミシェルのヒーローだった。
そんなずっと憧れていた人と、18歳で再会し、恋心を募らせながらミシェルはスタンリーと仲良くなっていく。
けれどお互いにお互いの気持ちを勘違いしまくりで……?!
元気いっぱいミシェルと、大人な魅力のスタンリー。そんな二人の恋の行方は。
他サイトにも投稿しています。
【悪役令嬢は婚約破棄されても溺愛される】~私は王子様よりも執事様が好きなんです!~
六角
恋愛
エリザベス・ローズウッドは、貴族の令嬢でありながら、自分が前世で読んだ乙女ゲームの悪役令嬢だと気づく。しかも、ゲームでは王子様と婚約しているはずなのに、現実では王子様に婚約破棄されてしまうという最悪の展開になっていた。エリザベスは、王子様に捨てられたことで自分の人生が終わったと思うが、そこに現れたのは、彼女がずっと憧れていた執事様だった。執事様は、エリザベスに対して深い愛情を抱いており、彼女を守るために何でもすると言う。エリザベスは、執事様に惹かれていくが、彼にはある秘密があった……。
運命の恋人は銀の騎士〜甘やかな独占愛の千一夜〜
藤谷藍
恋愛
今年こそは、王城での舞踏会に参加できますように……。素敵な出会いに憧れる侯爵令嬢リリアは、適齢期をとっくに超えた二十歳だというのに社交界デビューができていない。侍女と二人暮らし、ポーション作りで生計を立てつつ、舞踏会へ出る費用を工面していたある日。リリアは騎士団を指揮する青銀の髪の青年、ジェイドに森で出会った。気になる彼からその場は逃げ出したものの。王都での事件に巻き込まれ、それがきっかけで異国へと転移してしまいーー。その上、偶然にも転移をしたのはリリアだけではなくて……⁉︎ 思いがけず、人生の方向展開をすることに決めたリリアの、恋と冒険のドキドキファンタジーです。
異世界で王城生活~陛下の隣で~
遥
恋愛
女子大生の友梨香はキャンピングカーで一人旅の途中にトラックと衝突して、谷底へ転落し死亡した。けれど、気が付けば異世界に車ごと飛ばされ王城に落ちていた。神様の計らいでキャンピングカーの内部は電気も食料も永久に賄えるられる事になった。
グランティア王国の人達は異世界人の友梨香を客人として迎え入れてくれて。なぜか保護者となった国陛下シリウスはやたらと構ってくる。一度死んだ命だもん、これからは楽しく生きさせて頂きます!
※キャンピングカー、魔石効果などなどご都合主義です。
※のんびり更新。他サイトにも投稿しております。
限界王子様に「構ってくれないと、女遊びするぞ!」と脅され、塩対応令嬢は「お好きにどうぞ」と悪気なくオーバーキルする。
待鳥園子
恋愛
―――申し訳ありません。実は期限付きのお飾り婚約者なんです。―――
とある事情で王妃より依頼され多額の借金の返済や幼い弟の爵位を守るために、王太子ギャレットの婚約者を一時的に演じることになった貧乏侯爵令嬢ローレン。
最初はどうせ金目当てだろうと険悪な対応をしていたギャレットだったが、偶然泣いているところを目撃しローレンを気になり惹かれるように。
だが、ギャレットの本来の婚約者となるはずの令嬢や、成功報酬代わりにローレンの婚約者となる大富豪など、それぞれの思惑は様々入り乱れて!?
訳あって期限付きの婚約者を演じているはずの塩対応令嬢が、彼女を溺愛したくて堪らない脳筋王子様を悪気なく胸キュン対応でオーバーキルしていく恋物語。
モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~
咲桜りおな
恋愛
前世で大好きだった乙女ゲームの世界にモブキャラとして転生した伯爵令嬢のアスチルゼフィラ・ピスケリー。
ヒロインでも悪役令嬢でもないモブキャラだからこそ、推しキャラ達の恋物語を遠くから鑑賞出来る! と楽しみにしていたら、関わりたくないのに何故か悪役令嬢の兄である騎士見習いがやたらと絡んでくる……。
いやいや、物語の当事者になんてなりたくないんです! お願いだから近付かないでぇ!
そんな思いも虚しく愛しの推しは全力でわたしを口説いてくる。おまけにキラキラ王子まで絡んで来て……逃げ場を塞がれてしまったようです。
結構、ところどころでイチャラブしております。
◆◇◇◇ ◇◇◇◇ ◇◇◇◆
前作「完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい」のスピンオフ作品。
この作品だけでもちゃんと楽しんで頂けます。
番外編集もUPしましたので、宜しければご覧下さい。
「小説家になろう」でも公開しています。
【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!
美杉。節約令嬢、書籍化進行中
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』
そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。
目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。
なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。
元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。
ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。
いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。
なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。
このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。
悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。
ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる