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第一章 王様と呪い

16、「だって、お綺麗ですもの」

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「でも、それでは陛下の脱ぎ損ではありませんか」
「……脱ぎ損……??」


 ラームニードは聞き慣れない単語に真顔になった。
 リューイリーゼだって『脱ぎ損』などという使い所の分からなすぎる単語は、生まれてこの方使った事は一度もない。今回が初披露だ。

 ……それはともかくとして。


「腹が立って呪いが発動したならば、まだ分かります。たとえ呪いが発動したとしても、陛下は相手に伝えたい事を伝えるという欲求が満たされるのですから」


 代償が王としての威厳だという点だけが問題ではあるが、痛い目を見る事になる当の本人が納得しているのならば、それはそれで良いだろう。多分ではあるが。


「でも、褒めようとして呪いが発動してしまうのは違います。陛下は罵倒するつもりはないのに肌を晒すハメになり、相手は悪い事をしていないのに罵声を浴びせられ、ハジける必要がなかった服が木っ端微塵になるのです。全方向、損しかないではないですか」
「ううむ……」


 反論は出来ないのか唸るラームニードに、リューイリーゼはこの際全て言ってしまおうと畳み掛けた。
 ハッキリ言っていいと許可は貰っているし、これでクビになるのならそれまでである。


「陛下がそうなさりたいご意志があるのであれば、臣下である私達はそれが叶うよう最善を尽くしましょう。ですが、そうでないのであれば、それはまた別です。何の利もなしに陛下が搾取されるのを、黙って眺めている訳には参りません」
「搾取される、だと? 俺の裸でか?」


 ラームニードが面白そうに片眉を上げる。
 リューイリーゼは迷わず頷いた。



「ええ、だって、とてもお綺麗ですもの」



 ラームニードの赤い瞳が、大きく見開かれる。

 いくら恐ろしい噂があっても、その『王国の秘宝』と謳われる美貌には熱狂的なファンが多いのだ。
 市井では、ラームニードの姿絵が載せられた新聞は、瞬く間に完売になる程である。
 彼らたちの中には、こうして彼の肉体美をただで拝めるリューイリーゼたちを羨む者も大勢いるに違いなかった。


「僭越ながら、具申致します。外見や才能、努力によって得た技術は己にとっての代え難い武器であり、財産です。それを安売りしてしまうのは、ご自身の価値を自ら下げる事にも繋がります。臣下として、それだけは見過ごす訳にはいかないのです」
 
 
 ラームニードはこの国で唯一、誰に遜るへりくだ必要もない立場にあり、この国の象徴ともいうべき存在だ。
 呪いで裸を晒してしまうのは現状致し方ない事ではあるが、そんな彼が誰かに不当に搾取されたり、ましてや己の価値を自ら下げるなど、あってはならない事である。

 毅然とそう主張すれば、ラームニードの肩が微かに震えているのに気付いた。
 


(……これはもしかして、怒らせた!?)



 頭の中に家族や友人の顔が浮かび、楽しかった思い出が走馬灯のように駆け巡っていく。

 お母様、お父様、先立つ不幸をお許し下さい。
 ジュリオン、姉さんがいなくなっても、しっかりカルム領を守るのよ。

 そう色々な覚悟をした──次の瞬間、

 

「プッ……、ハハハハハ!!」



 突如ラームニードは吹き出して、大きく笑い出した。今までに見た事がないほどの、大爆笑である。


「陛下、大きな声が聞こえましたが、如何されまし……ええっ!?」


 心配したアーカルドが部屋に入ってきて、目を剥く。
 やはり、ラームニードのこういう姿は珍しいようだ。

 戸惑うリューイリーゼとアーカルドをよそに、ラームニードはひとしきり笑い終え、目尻に浮かんだ涙を指で拭う。


「確かに率直に言えとは言ったが、まさかこの俺に向かって『自分の裸を安売りするな』などという珍妙な説教を始めるとは思わなかった。お前、仕事は出来るタイプの馬鹿だろう」

 
 アーカルドの「なんでそんな事を言っちゃったんですか」とでも言わんばかりに呆れた視線が痛い。


「不愉快に思われましたか?」
「いや、率直を望んだのは俺だ、構わん。それに……珍妙ではあるが、一理ある事は否定しない」


 そう目を僅かに細めるラームニードは、先ほどまでよりも幾分か表情が柔らかくなったように思える。
 不意にその赤い瞳が、リューイリーゼに向けられた。
 


「──おい、リューイリーゼよ」


 
 名を呼ばれ、思わずパチリと目を瞬いた。
 これまで「おい」とか「貴様」と呼ばれた事はあっても、ちゃんと名前で呼ばれたのは初めてかもしれない。


「お前は、先程『俺の意思があるのなら、それが叶うよう最善を尽くす』と言ったな?」
「はい」
「ならば、問おうか。──お前の言う『脱ぎ損』にならないためには、どうすればいいと思う」


 ラームニードは基本的に己を曲げるつもりはないし、褒め言葉が暴言に変わる件については無意識だ。
 つまりは、なるべくラームニードの言動を縛らず、なおかつ気が付いたら自然と口から飛び出てしまう暴言を少しでも減らす方法を考えなければならない。


(本当なら、陛下が暴言を吐きさえしなければ済む話なのだけど)

 
 それでも、本人が全裸になってでも言いたい事は言うと、謎の開き直りを見せているのだから仕方がない。
 なかなかの無茶振りに頭を悩ませながらも、リューイリーゼは考え、口を開いた。



「──……恐れながら、申し上げます」



***



 結論から言えば、リューイリーゼは多方面から物凄く感謝される事になった。
 

「ご苦労だったな、この……」
「……コホン!」
「…………まあ、良い。下がれ」


 ラームニードがうっかり暴言を吐くタイミングを見計らって、何かしらの合図を送る事にしたのだ。
 そうすれば、ラームニードも一度冷静になる。『言うのを止める』もしくは『変える』という選択が出来るようになるのだ。

 結果、ラームニードが呪いの発動率が減った。
 勿論ラームニードが望んだ時はそのまま放置しているのだが、それでも大きな進歩だった。



「いやあ、本当に助かりました。このままでは、王都中の布という布が無くなる所でしたから」



 満足げに笑って、宰相はこう言った。



「改めて頼みましょう。あなたはこれから、全裸……もとい、呪い対策班として出来うる限り陛下のお側に控えるように。頑張ってください」



 再び全裸に纏わる評価がなされた上、妙な役職まで付けられてしまった。
 リューイリーゼはとても微妙な気持ちになりながらも「……光栄です」と笑みを返した。大人の対応である。
 


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