14 / 84
第一章 王様と呪い
14、突然の命の危機
しおりを挟む有り体に言えば、リューイリーゼは生命の危機に瀕していた。
すぐ目の前には、ラームニードの美しい顔がある。彼に、昼寝用のカウチの上で押し倒されているのだ。
とはいっても、決して色気のあるような話ではない。
片手はカウチに押し付けられるようにして拘束され、掴まれた喉元は今にも握り潰されそうだ。
そして、見上げた先のラームニードは、美しいけれど凶悪すぎるほど凶悪な顔をしている。喩えるのなら、今にも飛びかかってきそうな腹ペコの獅子である。
流石のリューイリーゼも少し泣きそうになった。
「……貴様ァ、とうとう馬脚をあらわしたか?」
(あああああ、何だか分からないけど、これは絶対に勘違いされてる!?)
リューイリーゼは理解した。
今少しでも対応を間違えたら、自分はここで死ぬ。
そして、今のこの状態を誰かに見られても、己の外聞に多大なダメージを受ける。
呪いが発動してしまった暁には服だけでなく、リューイリーゼの外聞も木っ端微塵だ。たとえそれが事実でなくとも、『王にお手付きにされてしまった侍女』と周知されてしまうだろう。
──つまり、だ。
リューイリーゼはラームニードの服がハジける前に、どうにか誤解を解き、この体勢から抜け出さなければならない。
目の前の恐怖に震えながらも、妙に冷静になった頭がそう判断し、それと同時にいつか聞いた言葉を思い出した。
『長く勤めていただくために、ひとつ忠告をしておきましょう。……陛下と話す時は嘘はつかない事です』
(──宰相閣下、その言葉、信じますよ!)
心底、家族への手紙を書いていて良かったと思った。
こうなれば一か八かに賭けるしかないと、リューイリーゼは腹を括る。
「も、毛布を!」
「……は?」
「毛布をかけようとしたんです! お風邪を召されぬようにと思いまして!!」
目の前の赤い瞳を真っ正面から見つめ、半ばヤケクソのように叫んだ。
何も言えずに殺される前に、そして呪いが発動する前に、強く主張する。
別に危害を加えるつもりなんて、最初から欠片もなかったのだ。
疲れたから休む、と言い残したラームニードは、執務室のカウチで仮眠を取っていた。
騎士達は邪魔にならないようにと部屋を出て(というか約一名は追い出され)扉の前での警護に切り替え、キリクはラームニードから頼まれていた所用を済ませるためと言って、ふらりとどこかへと消えている
残されたリューイリーゼはというと、まだ手元に残っていた衣類をそっとチェストに仕舞い終えると、ふと寝ているラームニードが気になった。
春になったとはいえ、未だ肌寒く感じる時がある。
呪いにかけられてからのラームニードは着替えが面倒だからと、比較的薄着でいる事が多い。
ただ服のままカウチに横になっているだけなので、風邪を引いてはいけない。そう思って、毛布を掛けようと思っただけだった。
拘束されていない方の腕で、必死に床に落ちた毛布を指差すと、それをチラリと横目で見た。しかし、ラームニードの表情は未だ険しい。
「だが、俺に触れようとしていたではないか」
「うっ……そ、それは……」
ラームニードの頭部に手を伸ばそうとしたのは確かだ。
だが、それは──。
一瞬だけ迷ったが、正直に白状する事にした。
ここで少しでも誤魔化すのは、明らかに悪手である。たとえ少しでも、生存の可能性がある方へ賭けたかった。
「陛下が魘されていらっしゃって……それを見ていたら、その……弟、を思い出してしまって」
弟のジュリオンはとても臆病な性格で、幼い頃、怖い話を聞いた日の夜はしょっ中魘されていた。
似ている部分は『性別男』という点ぐらいである筈なのに、ラームニードが魘されるその顔が、どうしても弟と重なってしまった。
だから、つい手が出てしまったのだ。
「何となく頭を撫でて差し上げたいなという気分に駆られて、つい手が出てしまいました! 誠に申し訳ありませんでした!!」
許可なく王族の身体に触れようとするなど、言語道断だ。
だがしかし、下心というよりは姉心。あるいは母性本能のようなものだ。
それはそれで不敬ではあるのだが、決して疚しい気持ちはなかった。
極刑覚悟で目を瞑りながら、沙汰を待つ───が、どうにも様子がおかしい事に気付く。
「……?」
急に静かになってしまったラームニードを不思議に思い、顔を上げる。
ラームニードは、なんとも言えない顔をしていた。
喩えるならば、甘いと思って食べてみた菓子が塩っぱかったような、そんな微妙な顔だ。これは、一体どういう反応なのだろう。
しばらく、目の前の赤い瞳と見つめ合う。
この状況はなんだろうか、とキョトンと首を傾げてみると、ラームニードはハァとため息をついた。
同時に、掴まれていた腕と首が解放される。これは許されたと思って良いのだろうか。
とにかく今のうちに、と素早くカウチから降りて、姿勢を正して跪いた。
「言い訳のしようもありません。罰はご随意に」
「……ならば、ひとつ正直に答えてもらおうか」
ラームニードは、ジトリとまるで探るような視線を向けてくる。
「貴様は何を考えている?」
何を問われているのかが分からなくて、キョトンと目を瞬かせた。
「……何を、と言われましても」
「ずっと何か物言いたげだっただろう。害意を加えようとしている気配は見えなかったから放っておいたが……言いたい事はハッキリと言ったらどうだ」
そこまで言われて、リューイリーゼは漸く思い至った。
けれども、それを言っていいものかと一瞬だけ迷い、結局口にする。元より、リューイリーゼに選択肢などなかったからだ。
「…………どうして、陛下は敢えて厳しい言い回しを選ぶのかと思いまして」
10
お気に入りに追加
45
あなたにおすすめの小説

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~
夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」
弟のその言葉は、晴天の霹靂。
アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。
しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。
醤油が欲しい、うにが食べたい。
レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。
既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・?
小説家になろうにも掲載しています。

できれば穏便に修道院生活へ移行したいのです
新条 カイ
恋愛
ここは魔法…魔術がある世界。魔力持ちが優位な世界。そんな世界に日本から転生した私だったけれど…魔力持ちではなかった。
それでも、貴族の次女として生まれたから、なんとかなると思っていたのに…逆に、悲惨な将来になる可能性があるですって!?貴族の妾!?嫌よそんなもの。それなら、女の幸せより、悠々自適…かはわからないけれど、修道院での生活がいいに決まってる、はず?
将来の夢は修道院での生活!と、息巻いていたのに、あれ。なんで婚約を申し込まれてるの!?え、第二王子様の護衛騎士様!?接点どこ!?
婚約から逃れたい元日本人、現貴族のお嬢様の、逃れられない恋模様をお送りします。
■■両翼の守り人のヒロイン側の話です。乳母兄弟のあいつが暴走してとんでもない方向にいくので、ストッパーとしてヒロイン側をちょいちょい設定やら会話文書いてたら、なんかこれもUPできそう。と…いう事で、UPしました。よろしくお願いします。(ストッパーになれればいいなぁ…)
■■
不器用騎士様は記憶喪失の婚約者を逃がさない
かべうち右近
恋愛
「あなたみたいな人と、婚約したくなかった……!」
婚約者ヴィルヘルミーナにそう言われたルドガー。しかし、ツンツンなヴィルヘルミーナはそれからすぐに事故で記憶を失い、それまでとは打って変わって素直な可愛らしい令嬢に生まれ変わっていたーー。
もともとルドガーとヴィルヘルミーナは、顔を合わせればたびたび口喧嘩をする幼馴染同士だった。
ずっと好きな女などいないと思い込んでいたルドガーは、女性に人気で付き合いも広い。そんな彼は、悪友に指摘されて、ヴィルヘルミーナが好きなのだとやっと気付いた。
想いに気づいたとたんに、何の幸運か、親の意向によりとんとん拍子にヴィルヘルミーナとルドガーの婚約がまとまったものの、女たらしのルドガーに対してヴィルヘルミーナはツンツンだったのだ。
記憶を失ったヴィルヘルミーナには悪いが、今度こそ彼女を口説き落して円満結婚を目指し、ルドガーは彼女にアプローチを始める。しかし、元女誑しの不器用騎士は息を吸うようにステップをすっ飛ばしたアプローチばかりしてしまい…?
不器用騎士×元ツンデレ・今素直令嬢のラブコメです。
12/11追記
書籍版の配信に伴い、WEB連載版は取り下げております。
たくさんお読みいただきありがとうございました!

【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される
風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。
しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。
そんな時、隣国から王太子がやって来た。
王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。
すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。
アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。
そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。
アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。
そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

【完結】勘当されたい悪役は自由に生きる
雨野
恋愛
難病に罹り、15歳で人生を終えた私。
だが気がつくと、生前読んだ漫画の貴族で悪役に転生していた!?タイトルは忘れてしまったし、ラストまで読むことは出来なかったけど…確かこのキャラは、家を勘当され追放されたんじゃなかったっけ?
でも…手足は自由に動くし、ご飯は美味しく食べられる。すうっと深呼吸することだって出来る!!追放ったって殺される訳でもなし、貴族じゃなくなっても問題ないよね?むしろ私、庶民の生活のほうが大歓迎!!
ただ…私が転生したこのキャラ、セレスタン・ラサーニュ。悪役令息、男だったよね?どこからどう見ても女の身体なんですが。上に無いはずのモノがあり、下にあるはずのアレが無いんですが!?どうなってんのよ!!?
1話目はシリアスな感じですが、最終的にはほのぼの目指します。
ずっと病弱だったが故に、目に映る全てのものが輝いて見えるセレスタン。自分が変われば世界も変わる、私は…自由だ!!!
主人公は最初のうちは卑屈だったりしますが、次第に前向きに成長します。それまで見守っていただければと!
愛され主人公のつもりですが、逆ハーレムはありません。逆ハー風味はある。男装主人公なので、側から見るとBLカップルです。
予告なく痛々しい、残酷な描写あり。
サブタイトルに◼️が付いている話はシリアスになりがち。
小説家になろうさんでも掲載しております。そっちのほうが先行公開中。後書きなんかで、ちょいちょいネタ挟んでます。よろしければご覧ください。
こちらでは僅かに加筆&話が増えてたりします。
本編完結。番外編を順次公開していきます。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!
婚約破棄された《人形姫》は自由に生きると決めました
星名柚花
恋愛
孤児のルーシェは《国守りの魔女》に選ばれ、公爵家の養女となった。
第二王子と婚約させられたものの、《人形姫》と揶揄されるほど大人しいルーシェを放って王子は男爵令嬢に夢中。
虐げられ続けたルーシェは濡れ衣を着せられ、婚約破棄されてしまう。
失意のどん底にいたルーシェは同じ孤児院で育ったジオから国を出ることを提案される。
ルーシェはその提案に乗り、隣国ロドリーへ向かう。
そこで出会ったのは個性強めの魔女ばかりで…?
《人形姫》の仮面は捨てて、新しい人生始めます!
※「妹に全てを奪われた伯爵令嬢は遠い国で愛を知る」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/271485076/35882148
のスピンオフ作品になります。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる