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第一章 王様と呪い
12、警戒心?それとも気になる?
しおりを挟む「なかなか良い子みたいで良かったじゃないですかー」
耳に届いた一言に、執務をしていたラームニードは顔を上げて眉を顰める。
「唐突になんだ」
「なんだって、そりゃあリューイリーゼ嬢の事ですよー」
当然じゃないですか、とでも言わんばかりの表情を見せたのは、アーカルドと同じ王付き騎士のノイスだ。
陽気で人当たりが良い性格で、こうして主君であるラームニードに対しても割と軽めのノリで接してくる。
ラームニードにとって、まるで宰相の亜種のような存在だ。どちらも無駄に仕事だけは出来るのが心底腹立たしい。
「仕事には真面目だし、呪いに動じず対処可能。陛下やオレたち騎士にも言い寄ってくる訳でもない。おまけに可愛い。言う事無いじゃないですか! あーもう本当にリューイリーゼ嬢ありがとう、ずっといてくれないかなー」
「呑気な事を」
浮かれた様子のノイスに、ラームニードは思わずその視線を鋭くする。
リューイリーゼは王付き侍女となってから、真面目に業務に励んでいるようだった。
よく観察し、分からない事があればキリクに尋ね、指摘された事は改善に努めて二度同じ間違いを冒す事は無い。
貴族出身の者に珍しく、面倒な仕事も決して厭わないひたむきな仕事への姿勢を間近で見た他の王付きの面々は、自然と彼女に好感を抱いたようだ。
面識があったアーカルドは当然の事、初めは多少警戒をしていたノイスもこの通りだし、何より驚くべきは──。
「なー、キリク! お前もそう思うだろー?」
突然話を振られたキリクは、一瞬だけキョトンとし、コクリと頷いた。
「……悪い人じゃない、と思います」
──驚くべき事に、リューイリーゼはキリクとも良好な関係を築いているのだ。
平民の、それも貧民層出身であるキリクを侮る人間は王宮内にも少なくない。
以前王付き侍女侍従として働いていた者まで彼に対して暴力を振るい、それが原因で解任されるというケースが度々起こっているほどだ。
しかし、リューイリーゼはキリクを先輩と呼んで慕っている。
決して彼を下に見る事無く、分からない事や気になる事を教えを乞うなど、むしろ目上の人間に相対するような態度で接していた。
キリクも初めのうちは戸惑った様子を見せていたが、純粋な好意を向けられて嫌な訳ではないのだろう。
主君であるラームニード以外の人間から距離を取りがちの彼が、珍しく気にかけている様子を度々見掛けた。
しかし、それがどうにも面白くない。
ラームニードは、己の忠実な従者であるキリクの人を見る目を信用している。彼がそう断言するのであれば、それ相応の確証があるのだろう。
別に彼女の仕事ぶりや人柄に文句がある訳ではないが、それを素直に受け入れられるかといえば話は別だ。
それに、ひとつ気掛かりな事がある。
(……あの女、何を考えている?)
彼女はラームニードに対し、時折物言いたげな視線を向けてくる事がある。
たとえば、それが悪意や害意が含まれたものだったなら、ただ排除すれば良かっただけなので、話は早かっただろう。
何を企んでいると詰め寄り、跪かせ、少し脅かせば、やましい思いを抱いている人間ならば泣きながら白状する。
しかし、そうではない。
悪意も害意も感じ取れないからこそ、ラームニードは手を出しあぐねているのだ。
「陛下だってそう思うでしょー?」
「…………気になるな」
リューイリーゼの、まるで心に何の濁りもないとでも言わんばかりに透き通った緑瞳を思い出して、舌打ちをした。
何か胸の内に抱えている者を信用できるほど、ラームニードは人の善性を信じる事は出来ない。
そもそも、彼にしては随分と我慢した方だ。
そろそろあの女の胸の内を暴かねばなるまい。
そんな事を考えて、ふと気が付いた。
先程まであれ程うるさかったノイスが、急に静かになっている。
それどころか、何か信じられないものでも見たかのような目でこちらを凝視していた。
あのキリクですら、僅かに目を瞠っているのを見て、ラームニードは思わず眉を顰める。
「お前ら、なんだその顔は」
「…………さっき」
「ああ?」
「さっき、気になるって言いました? リューイリーゼ嬢の事……」
恐る恐るという風に、ノイスがこちらを窺っている。
そこでようやく、先程彼の言葉に上の空のまま返答した事に思い至り、それがどんな意味で捉えられたかを悟った。
面白い事を聞いたとでも言わんばかりに、ノイスの表情がパァと明るくなっていく。
──ああ、もう本当に。
「えっ、気になるんですか? 苛立つとか腹立つじゃなくて? 陛下が?? 女の子を??? えっ、マジですか!!!」
本当に、面倒だ!!!!!!!
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