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第一章 王様と呪い
11、裸が春の風物詩になる世界は世も末
しおりを挟む──今日も王宮のどこかで破裂音が響く。
「……春ですねぇ」
リューイリーゼが、遠い目でポツリと呟いた。
「私、この春が忘れられない季節になるかもしれません」
「同感です」
その隣を歩く王付き騎士であるアーカルドも、似たような表情だ。
「春の風物詩になってしまったらどうします?」
「……なりかねませんね。いつか季語として扱われる日が来てしまうのかもしれません」
ははは、と二人分の乾いた笑い声が響く。
口には出さなかったが、その言葉の最後にはいずれも「全裸が」もしくは「半裸が」という言葉が付く事は明白だった。
きっと口にしたら最後、彼らの王に斬り捨てられるのだろうけれど。
呪いの発覚から三日も経てば、王宮内の人間も呪いに大分慣れた。
どこかから破裂音と悲鳴が聞こえても、「ああ、またか」と思うくらいである。
そんな怪奇現象に順応してしまうのもどうなんだと、複雑な心境もなくはなかったが、こうも頻繁に起こっては、流石に慣れざるを得なかったのだ。
勿論というべきか、ラームニード自身も強制的に服をひん剥かれる日常に慣れた。
初めの頃はあれほど動揺を隠せない様子だったのに、今では呪いが発動しても堂々と胸を張っている。とても嫌すぎる慣れだった。
「そういえば、これをどうするつもりで?」
二人の手に抱えられた大量の衣類やリネン類を指し、アーカルドが問う。
そういえば、何の説明もないまま付いてきてもらったのだったとリューイリーゼは思い至った。
ラームニードに許可を貰ったので、てっきりアーカルドにも説明をした気でいた。
「王宮のあちこちにあらかじめ置いておけたら、色々便利かと思いまして。ちょうど今は陛下は執務中ですし、来客の予定もありません。それに、キリク先輩もいてくださっているので手は足りてますから」
「成程、置く場所はもう決まっているんですか」
ラームニードがよく行き来する執務室、会議室と謁見の間は勿論として、それら全てと彼の私室を繋ぐ導線上にある部屋もいくつかあげれば、アーカルドは「成程、良い案だと思いますよ」と感心したように頷いた。
ラームニードの呪いは、いつどこで発動してもおかしくない代物だ。
発動する度に布を探したり、急いで取りに戻るよりも、あらかじめどこか決まった場所に置いておければ、国王を裸で放置する時間が短くて済む。
つくづく、春になっていて良かったと思った。
これが冬だったら、裸は辛すぎる。
持っていた服やリネン類をあらゆる部屋のチェストなどに仕舞いながら、アーカルドと王宮内を練り歩いた。
一部アーカルドの意見も取り入れて置く場所を増やし、持っていた布類はみるみるうちに無くなっていく。
残ったのは、執務室に置く分だけだ。
「そういえば、もう仕事には慣れましたか?」
執務室へ戻る道中で、ふとそんな事を聞かれた。
リューイリーゼは迷わず頷く。
「ええ、仲間がいるので心強いです」
「……その、仲間って言うの、止めませんか。どうせ頭に例の単語が付くんでしょう」
「どういう呼び方をしようと、意味合い自体はそう変わらないと思いますけど」
「…………ぐうぅ」
アーカルドは唸った。
その表情は苦悶に満ちている。
初めて呪いが発動した際に共に居合わせた事で、リューイリーゼは彼に対して勝手に仲間意識のようなものを抱いていた。いわゆる、全裸仲間である。
それはアーカルドの方も同じようで、リューイリーゼをまるで長い時間共に戦った戦友のように気安く接してくれるのだが、騎士としてのプライドからか、全裸仲間という奇抜な単語だけは認めたくないらしい。
早く開き直ってしまえば楽なのに。
リューイリーゼは悟り切った顔で思った。
「まあ、それは冗談として。本当に楽しいですよ。やりがいもありますし、キリク先輩や騎士様たちも優しいですし」
「リューイリーゼ殿は確か、元々は王妃宮に?」
「そうですよ」
王妃宮とは王宮内の奥まった場所に建てられている、その名の通り王の妃が居住するための宮殿である。
今現在ラームニードには妃はひとりもいないため、その仕事の内容は王妃宮内の掃除や管理が主な仕事である。
とはいえ、誰も住んでいない無人の宮を毎日掃除していれば、そこまで酷い汚れはないし、そこまで仕事も多くない。楽な仕事だと喜んでいる同僚もいたくらいだ。
「やはり人に仕えるのは違いますね。色々と勉強になります」
「そう思えるのは、凄い事だと思いますよ」
満足げなリューイリーゼに、アーカルドは微笑んだ。
前の仕事とは打って変わって、王付きの仕事は少人数なだけあって、覚える事もやる事も多い。しかし、それと同時にとてもやりがいのある仕事だと感じていた。
先輩であるキリクも言葉は少なくともちゃんと仕事を教えてくれるし、騎士たちとの関係も良好。「出来る限りのフォローはするから、辞めないでくれ」と懇願されるほどだ。
……まあ、それはリューイリーゼが辞めればその仕事が騎士たちに皺寄せがいくからだろうが、それは置いておく。
とにかく、リューイリーゼには何の文句もないのだ。そう、驚くほどに。
だからこそ、ひとつの疑問が湧いてくる。
(……陛下も、そこまで悪い方には思えないのだけど)
ラームニード王について、こんな噂がまことしやかに囁かれていた。
傍若無人で唯我独尊。血を流れる事を楽しむ残虐な性格の持ち主。
血が繋がった肉親をもその手に掛け、沢山の屍を踏み越えてその玉座に座った『血染めの王』。
『気分次第で、簡単に首を切っちゃうらしいわよ、怖いわよねぇ。あなたも気を付けなさいよ』
王妃宮の先輩達の心配そうな顔が頭をよぎる。
リューイリーゼだって、初めはその話を信じていた。
しかし、彼と一緒に過ごせば過ごすほど、分からなくなっていく。
確かに、口は悪いだろう。加えて、王族であるとは思えないほどに態度も悪い。
しかし、彼は不敬を働いたリューイリーゼを罰したりはせず、こうして側に仕える事を許してくれている。
宰相に対してだって、そうだ。
軽口を叩く宰相を「クソジジイ」と罵りはしても、本気で処罰しようと考えているようには到底思えなかった。
どうにも、評判と実際の彼が結びつかないような気がする。
──ラームニード王は、本当に噂通りの暴君なのだろうか?
思考の渦に迷い込んだリューイリーゼの耳に、唐突に破裂音が聞こえた。
次いで、聞こえたのは少し野太い悲鳴。
リューイリーゼとアーカルドは顔を見合わせ、迷わず駆け出す。
リューイリーゼは思った。
もしかしたら、ちょっと考え過ぎかもしれないな、と。
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