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第一章 王様と呪い
10、要約すると『全裸を放置するな』
しおりを挟む「リューイリーゼ、貴女には幾つか言っておかねばならない事があります」
「はい、侍女長」
宰相と別れ、そのまま侍女長から王付き侍女としての指導を受ける事になった。
侍女長は、ラームニード王の乳母だった故に彼からの信頼も厚い。
その優しげな表情には似合わないほどまでに厳格な雰囲気を醸し出す彼女を前にすると、いつも自然と背筋が伸びてしまう。
「陛下に付いて回り、身の回りのお世話をする。仕事内容としては通常の側付きと変わりませんが、貴女にはそれ以上に優先して貰いたい事があります」
「優先して貰いたい事、ですか」
「陛下の名誉と威厳を守る事です」
一瞬だけ考えて、理解した。
これは、例の服がハジけ飛ぶ呪いについて言っているのだろう。
「陛下はこの国の王であり、フェルニスにとってかけがえの無い、何よりも尊ばれるべき存在です。その御身が無闇に衆目に晒され、その威光が翳るような事があってはならない。分かりますね?」
「……はい、心得ています」
迂遠な言い回しをしているが、要は『全裸で歩き回る王は馬鹿にされかねないから、注目を集める前にどうにか服を着させろ』という事だろう。
なかなか難しい事を言うなと思いながらも、リューイリーゼは素直に頷いた。
王付き侍女として配属が決まったのだ。ならば、いくら難しくとも王の為に頭を悩ませるのがリューイリーゼの仕事だ。
「良い返事です」
侍女長が満足げな笑みを浮かべたその時、扉のノック音が響いた。
「……来ましたね、入りなさい」
侍女長の返事を待って、扉が開けられる。
入ってきたのは、黒髪の若い男性だった。
ラームニードとはまた違った方向性の、どこか儚げな美しさを持つ美青年だ。
「今いる唯一の王付き侍従であるキリクです。キリク、彼女が新しい王付き侍女のリューイリーゼよ」
「リューイリーゼ・カルムと申します」
「……キリク、です」
侍女長とリューイリーゼに近付いたキリクは、頷いてペコリと頭を下げた。
「彼には、基本的に王の私室の管理や入浴の準備などの内向きの仕事を任せています。……まあ、それの他に任せている仕事もあるから、外に出ている事もあるけれど。だからこそ、貴女に陛下のお側を任せたいのよ」
その理由を、リューイリーゼは何となく察した。
確か、ラームニードには平民出身の従者がいると聞いた事がある。
基本的に通常の王族に使える侍女侍従は貴族出身の者で占められている事が多いので、平民出身で王付き侍従に抜擢されている彼を妬む者は少なくないだろう。
それに、一国の王であるラームニードが連れている側付きが平民だけだと、私的な場でならともかく、公式な場では眉を顰められたり、ラームニードを侮られる可能性もあった。
だからこそ、曲がりなりにも貴族の出であるリューイリーゼを必死になって引き込もうとしている。
納得したリューイリーゼは、侍女長に頷いてみせた。
「はい、承知致しました」
「貴女は常に陛下のお側に控えている事。第三者の目がある場合は特にです。やむを得ず離れなければならない時は、必ずキリク……最低でも王付き騎士が二人はいる事をちゃんと確認しなさい。陛下の安全を確保する者と、陛下の御身体を隠す者が必要ですからね。彼らがいないのであれば、たとえ誰に強要されても断固拒否なさい。良いですね」
「はい」
出された指示に頷いて、キリクの方へ一歩踏み出す。
「キリク先輩ですね、これからよろしくお願いします」
そう右手を差し出すが、一向に手を掴まれる感触がない。
変に思って、目の前のキリクを見上げた。
キリクは差し出された手をじっと見つめている。
……何か、おかしな事をしただろうか。
「あの……握手、お嫌ですか?」
キリクの青い瞳が丸くなる。
「握手しておやりなさいな。このままでは、リューイリーゼが可哀想よ」
苦笑交じりの侍女長の言葉に、キリクはようやくハッとしたようだった。
リューイリーゼと差し出された手を交互に見つめ、恐る恐る握手をする。
「……よろしく、お願いします」
パッと手を離す姿がまるで警戒心の強い猫を見ているかのようで、思わず笑みが溢れてしまう。
──しかし、それも侍女長の言葉を聞くまでだった。
「仲良くやれそうで良かったわ。これなら暫く二人でやっていけそうね」
「二人!?」
驚いて、侍女長の方を見る。
「まさか、私とキリク先輩の二人しかいないんですか?」
「そうですよ。騎士は何人かいますが、侍女侍従としては貴女たちだけです。私も可能な時は手伝うつもりでいますが」
唯一の侍従とは言っていたが、まさかそういう意味だとは思いもしなかった。
「他にも何人か候補はいたのだけど、即断出来たのは貴女だけだったのよ。侍従の方は前々から探してはいたのだけれど……まあ、陛下も気難しいお方ですから、相性がね……」
つまりは、全員合わなかった、という事だろう。
聞き間違いであって欲しいと思った言葉を即座に肯定され、リューイリーゼはガックリ肩を落とした。
宰相が言った『ほぼ全滅』が、まさかここまで酷いとは。宰相や侍女長がやつれる訳だと心底思った。
「出来るだけ早く追加要員を探すつもりでいるから、それまで頑張りなさい」
侍女長には労わるような視線を向けられ、キリクも励ますように頷いてみせる。
二人の優しさが嬉しいと同時に、ほんのり塩っぱく感じた。
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