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第一章 王様と呪い
9、思い切りが良すぎるのもどうかと思う
しおりを挟む「あの……閣下。一つよろしいでしょうか」
一通り喜びを噛み締め終えたリューイリーゼが、不意にそう切り出した。
「引き受けると決めた後でお伺いするのも、我ながらどうかと思うのですが」
「……? はい、どうしました?」
宰相が不思議そうに首を傾げる。
「とても無礼、かつ不敬かもしれない質問である事も念頭に置いていただけると助かるのですが」
「何ですか、その不穏な前置きは。俄然興味が湧いてきたのですが」
どうぞ、と続きを促す宰相の目は実年齢を感じさせない、まるで少年のような輝きに満ちている。
そこまで期待されると話し難いが、それでも聞いておかねばなるまい。
「私はこれから国王陛下に、新しい王付き侍女としてご紹介いただく訳ですよね?」
「まあ……そうですね。そのつもりでしたが、何か問題でも?」
「紹介された瞬間、クビにされたり、最悪不敬だとして斬り捨てられるような事はないでしょうか」
「ブフォッ」
至極神妙な面持ちで訊いたリューイリーゼに、宰相が噴き出した。
「昨日陛下は私がその… …色々目撃した事に物凄くお怒りでしたし、実際に不敬な事は致しましたし。勿論、私がお力になれるのであれば全力を尽くしたいとは思ってはいますが」
頭の中に、真っ赤な顔でこちらを睨み付けるラームニードが思い浮かんだ。
ラームニード王は大変気難しく、彼の機嫌を損ねたせいで王付きを辞めさせられたり、運が悪ければ首を落とされた人間もいるという。
不可抗力ではあるが王の自尊心に傷を付けてしまった自覚はあるので、職を失ったり処断されても文句を言える立場ではないが、もしそうなるのであれば多少の心構えはしておきたい。
リューイリーゼはバカ真面目に頷いた。
「せめて、故郷の家族に手紙を書くお時間を頂ければ嬉しいです」
「待ちなさい! そんな遺書を用意するほど悲壮な覚悟を固めないでもらえますか!?」
大丈夫ですから! と叫ぶ宰相は必死だ。
てっきり遠回しな処刑宣告かと思っていたリューイリーゼは、違うのか、と少し拍子抜けした気分になる。
「いや……確かにその手の心配はするだろうなと予想はしていたのですが、まさかそこまで直球に訊かれた挙句、死の決意まで……。あなた、思い切りが良すぎると言われません?」
「家族からは、もう少し躊躇というものを覚えなさいとよく言われます」
「今すぐにあなたのご家族と酒を飲み交わしたい気分です」
宰相は沈痛な面持ちでこめかみを押さえた。
リューイリーゼの性格を知っていた侍女長は「相変わらずね」と呆れたように苦笑している。
「閣下、言った通りでしょう」
「『正直な性格が長所でもあり、短所でもある』か……。あなたが言った通りですね、侍女長。……これは期待が出来そうだ」
「……期待、ですか」
納得したような呟きに、首を傾げる。
それは何に対するものなのだろうか。
そんなリューイリーゼに宰相は悪戯げに目を細める。
「長く勤めていただくために、ひとつ忠告をしておきましょう。……陛下と話す時は嘘はつかない事です」
その言葉にリューイリーゼの困惑が更に深まる。
主君に忠実である事、誠実である事は仕える者にとって当然の心掛けだと思っていた。しかし、王付きにとっては違うのだろうか。
浮かんだ疑問を察したのか、宰相は「皆が皆、あなたみたいに思ってくれていたのなら良かったのですがね」と苦笑を零す。
「陛下は他者からの感情に聡いお方です。悪意や謀りに関しては特に、です。だからこそ、あのお方には嘘も誤魔化しも通じません。その上、それを許容出来るお方ではないのです」
ほんの少しの嘘や誤魔化しが疑念を生み、それが不信感へと変わる。
それは一般的な人々にもごく普通に起こり得る事ではあるが、ラームニードは特に敏感で、許容範囲が狭いのだと宰相は語る。
「あの方にお仕えするのなら、いっそ何事も正直に伝えてしまった方が良いですよ。まあ、多分物凄ーく嫌な顔をされる事はあると思いますが。是非とも、あなたにはこの調子で接して頂きたい」
「そんな事を言われましても」
この国で最も偉い存在に無礼を働いて、嫌な顔をされるだけで済むものなのだろうか。
宰相からの期待に戸惑いつつ、しばらく考えたリューイリーゼは言った。
「やはり、家族への手紙を書かせていただいても?」
「あっはっはっは、もうそれでもいいです。それで気が済むのであれば、何十枚でもご自由に」
念には念を入れておくべきだろう。
リューイリーゼの切実な訴えに、宰相は大きく笑った。
***
こうして、リューイリーゼは王付き侍女候補として働く事となった。
しばらくは試用期間として働き、問題がなければ正式に採用されるのだという。
ラームニードは案の定、リューイリーゼが侍女となる事を聞いてとても嫌な顔をしたが、事情を話せば納得したようで何も言わなくなった。
やはり、素直に報酬目当てだと口にしたのが良かったのかもしれない。とりあえずはクビや打ち首の心配はないようで、リューイリーゼは心底安堵した。
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