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第一章 王様と呪い
8、下級侍女リューイリーゼ
しおりを挟む「私が王付きに……ですか?」
下級侍女リューイリーゼ・カルム子爵令嬢は、驚いて目を丸くした。
突如宰相に呼び出され、何事かと思えば「王の専属として働いてくれないか」と打診されたのだ。
通常、王の専属である王付き侍女といえば、上級侍女の中でも特に選ばれた者たちが配属される部署だ。
余程の事で無い限り、リューイリーゼのような下級侍女に声が掛かる事はない。
───そう、余程の事がない限りは。
その、余程の事が起こったのだ。
何故なら、昨日ラームニード王に初めて呪いが発動した際、リューイリーゼはその場に居合わせた侍女であるのだから。
「あなたも知っての通り、今現在王宮──特に国王陛下周辺の人手不足が深刻でしてね」
それはそうだろうな、と思った。
実際、リューイリーゼの同僚や先輩が何人も職を辞している。あれ程王の側に仕える事に憧れを持っていた人たちがこぞって逃げ出したのだから、それは人手不足にもなるだろう。
王が人を寄せ付けるのを嫌うため、元々少人数だった王付き侍女ならば、尚更の事だ。
「更には、昨日立て続けに起こった陛下への襲撃事件です! そのせいでただでさえ少なかった王付きがほぼ全滅ですよ、ほぼ全滅!! 陛下もお怒りでしたが、私だって怒りたいですよ、本当に!」
「えっ」
「気持ちは分からなくはないですが、仕事を何だと思ってるんですか、不埒な思いを抱きすぎでしょう、皆!!! まともな感覚を持っている人は呪いが原因で辞めるし……! いや、気持ちはものすご~くよく分かりますけどね!?」
「閣下、気持ちは分かりますが、落ち着いて下さい。話が進みません」
突然早口で怒りをぶちまける宰相に、側に控える侍女長が静かに突っ込む。
それを眺めるリューイリーゼだって、流石に戸惑った。
いつも穏やかな宰相のテンションが明らかにおかしい。
目が血走っているところを見るに、事件の後処理やら何やらであまり眠れていないのかもしれない。
思わず顔を引き攣らせたリューイリーゼを見て冷静になったのか、宰相は「……失礼」と咳払いをした。
「そのため、呪いへの冷静な対処が可能、かつ陛下を恐れず、忠実に職務を全う出来る人間を切実に探していまして。その条件に合致した人物を探した結果、浮かんだのがあなたの名前でした」
宰相の灰色の瞳が、リューイリーゼを真っ直ぐに捉える。
「昨日のあなたの対応は、実に素晴らしかった。動揺を顔に出さず、あまつさえ陛下にマントを巻き付ける余裕さえあった。全裸対応としては、百点満点と言えるでしょう」
宰相の言葉に、思わず塩っぱい気分になった。
「……どうしました?」
「その……お褒めに預かりとても光栄なのですが、いかんせん内容が内容なので、正直どういう顔をすれば良いのか分かりません」
「大丈夫です。私も自分で何を言ってるんだろう、と思いながら話しているので」
ははは、と笑い合う二人の目は虚ろだ。
全裸対応などという奇抜な単語を誕生させたくなかったし、それに対する評価もされたくはなかった。
双方心に微妙なダメージを負いながら、話は続く。
「とにかく昨日の対応を見るに、あなたは即戦力として期待が出来ます。どうか力を貸して頂けると助かるのですが」
「……お言葉はとても嬉しいのですが」
きっかけが全裸とはいえ、自分の働きを評価されるのはとても嬉しい。
けれど、リューイリーゼだって曲がりなりにも年頃の娘だ。
「……やはり、気になるのは外聞ですかね」
「気にならないと言えば、嘘になります」
バツが悪そうな宰相に、リューイリーゼは正直に答えた。
持参金も期待出来ない、特筆するものが何もない領地の娘など貰い手自体いるかどうか分からないため、結婚にあまり期待は持っていなかったが、それでも結婚に差し障りがあるかもしれないという職に就く事に抵抗が無い訳ではない。
迷う様子を見せたリューイリーゼに、宰相は攻め手を変えたようだ。
「……そういえば、四年前カルム子爵領では大雨による農作物の被害に悩まされたでしょう?」
リューイリーゼが生まれ育ったカルム子爵領は、農地と豊かな自然の他には何もないような僻地にある小さな領地で、子爵自らが鍬で畑を耕すような長閑で慎ましい生活を送っていた。
しかし数年前、領を記録的な大雨が襲い、冠水してしまった畑の農作物や農業用施設などの被害は深刻なものとなった。
当時政争とそれに伴う粛清によって国中が混乱していたため、他家からの援助も見込めず、父であるカルム子爵は私財を切り崩して被害が大きかった農民達への補填をし、ともすれば飢え死にしかねなかった彼らの命と生活を守ったのだった。
「その影響で、あなたは貴族学院へ通う事を諦めざるを得なかった」
「……まあ、そうですね。私には弟がいますから」
そのしわ寄せが来てしまったのが、リューイリーゼである。
当時、リューイリーゼは貴族学院への入学を控えていた。
しかし元々そこまで裕福ではない上に、水害の対処に追われたカルム子爵家には、入学するにあたって必要な費用をすぐさま捻出するのは難しい状況だった。
リューイリーゼには、一歳下の弟がいる。婚姻相手を探したり、コネクションを作る重要性を考えれば、跡取りである弟こそが通うべきである。
そうして、リューイリーゼは泣く泣く学院生活を諦め、王宮侍女として出仕する事にしたのだった。
「カルムの後継者は弟です。あの子にはちゃんと勉強をして、領民たちを守っていけるようになってもらわなければいけませんので」
正直に言えば、学院に通えなくなった事は本当に残念だった。その事に未練がない訳ではないけれど、今更言っても仕方がない事だ。
そうハッキリと言い切ったリューイリーゼに、宰相と侍女長がチラリと目配せする。
「私達としても、実に心苦しく思っているのですよ」
「え?」
「あの水害は、政争によって引き起こされたようなものです。もし守護の結界が正常に働いていたのならば、起こる筈がなかった。そうすれば、あなたはちゃんと学院に通えていたでしょう」
話を聞けば、政争の混乱により守護の結界を維持するための儀式が大幅に遅れてしまったのだという。
だからこそ、結界に異常が生じ、大きな損害が出るまでの災害が発生してしまった。
「ですが、政争が落ち着いた後に災害見舞金を頂いています」
「カルム子爵家に対してはそうでしょう。ですが、見舞金があるからといって、あなたが学院に行く機会を奪ってしまった事は事実です。学院に通えてさえいれば、すぐに上級侍女に上がる事も可能だったでしょうに」
確かに学院を卒業した者は簡単な試験のみで上級侍女の資格を得る事が出来ると聞く。
ぐうと黙り込んだリューイリーゼに、ですので、と宰相はニヤリと笑みを浮かべた。
「引き受けてくれるのであれば、特別手当を出します」
なんですと?
リューイリーゼは驚き、宰相をまじまじと見つめた。
そこへ、侍女長も追撃を加える。
「陛下にお仕えする為には、上級侍女の身分が必要です。空いた時間に、上級侍女試験で必要な教育を与える事もお約束しましょうか」
「よろしくお願い致します!!」
貧乏子爵令嬢にとっては考えられないほどの厚遇に、リューイリーゼは嬉々として飛びついた。
がっしりと固い握手を交わし合う宰相とリューイリーゼは、とても良い笑顔だった。相互利益とはこの事である。
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